98話 静電気と理由
「おい、お前ら本当にドルガレオ大陸行くのか?」
右目に眼帯を掛けた老年の男性が声を掛けてきた。
「悪い事は言わねえ。行かねぇ方が身の為だぜ」
「ベネット爺さん、ドルガレオ大陸に行ったことあんのか?」
興味深そうにノーチェが尋ねる。
どうやら良くこの冒険者ギルドの酒場で飲んでいる老人のようだ。
元冒険者のようで、時折こう行ったアドバイスやお節介を焼いてくるらしい。
そのおかげで命拾いした冒険者も少なくないようで、親しみを込めて、ベネット爺さんと呼ばれているようだ。
「あぁ……若い頃にな。そのせいでこのザマだ」
ベネット爺さんがおもむろに挙げた左腕は、手首から先がなくなっていた。
その手首は、そこから先が最初からなかったかの様に綺麗な切断面をしていた。
そう、まるで鋭利な刃物で一刀両断されたかのようだった。
「ドルガレオ大陸に渡航して一時間で仲間は全滅。ワシだけが生き残っちまった…」
しばらくの沈黙の後「眼と左手をあっちにおいてきた」と言いある方向をじっと見つめていた。
その方向は王都の北、ドルガレオ大陸だとすぐに気がついた。
「そうだったのか……。一体、どんな魔物にやられたんだ?」
「魔物? この左手はそうじゃねぇんだ。ドルガレオ大陸の真の恐ろしさは強い魔物じゃねえ。いや、もちろん魔物も恐ろしいんだがな……」
「それって一体どういう……」
ノーチェがその先を尋ねようとしたところで、サラとグランドマスターがカウンターの奥から現れた。
「執務室で話を聞こう」
もう少し話しを聞いてみたい気もしたがグランドマスターを待たせるわけにはいかない。
じゃあまたと、ベネット爺さんに挨拶をし執務室へと向かった。
「死ぬなよ。若いの」
賑やかな酒場の片隅で元A等級冒険者、ベネット=クライスは呟いた。
二人の後ろ姿を残った眼で見送りながら、呟かれたその言葉は酒場の喧騒にかき消され、ついぞ二人の耳に届く事はなかった。
◇
王都冒険者ギルドの天辺。
グランドマスターの執務室に案内された。
壁には、彼が腰にぶら下げているカタナや、ファルシオン、ロングソードなど、数多くの刀剣がかけられており、時折刀剣が震えているように見える、魔力をビシビシと感じる剣も中にはあるようだ。
コレクションだろうか。
特殊なのはそのくらいで、他には本棚や執務机など、高級感溢れる木製の家具が並んでいる。
「さて、訳を聞こうか」
目の前には巨大な蛇の皮のような黒い光沢のある鱗で覆われたソファが、白い大理石でできたテーブルを挟むように二脚並んでいる。
そのソファーに深く腰かけたエルフ、全冒険者ギルドを統括するグランドマスターであるピッタ=アラックスが、がっしりと腕を組み、その力強い双眸から発せられる並々ならぬ威圧感をこちらに向けて放ってくる。
その威圧感に当てられたノーチェは完全のビビっているようだ。
尻についた真っ白なもふもふが小刻みに震えている。
「俺は娘に逢いに」
開口一番、目的を告げる。
「む、娘……?」
会った時から仏頂面が殆どだったグランドマスターが、驚いた顔で聴き直してくる。
《雷針》で攻撃した試験の時よりびっくりしてる。
ゴホン、と場を誤魔化すように咳き込むと、グランドマスターは「子持ちだったのか……」と一人呟いている。
「後は、ペルシア姫の病気を治療する為に、血清の素材として必要な魔吸虫を捕まえに行くつもりです」
「お前が行く理由はわかった。ノーチェ、お前ら兄妹が行く理由は何だ?」
グランドマスターの目付きが鋭くなる。
ドルガレオ大陸への渡航は生死に関わるもの、と言うのがこの世界の常識だ。
グランドマスターが慎重になるのもわかる。
「俺は……。俺はあんたを越えるために行くんだ。昨日の昇格試験を見て思ったんだよ。このままじゃダメだって。いつまでもあんたに憧れているだけじゃ俺は成長できねぇ」
「だから俺は行くんだ」ノーチェは淡々と、そして力強く宣言した。
「ニエヴェは俺が血清を作ってもらう為に誘ったんです。彼女もA等級冒険者だ。十分資格はありますよね?」
考えるように視線を落とすグランドマスターに畳み掛けるように口を挟む。
「……あそこはほぼ大陸全体が高難易度迷宮の最下層並みの難易度だ。俺も含めて、ドルガレオ大陸のどこにどのような生物が生息しているのか把握しているものはいないだろう。しっかりと準備するんだぞ」
「! じゃあ許可してくれるんですね!?」
「あぁ、ノーチェ、俺を超えてみせろ。そして必ず生きて帰ってこい」
「よし! ありがとう師匠!」
「そうと決まれば、早速準備に取り掛かろう」
「勇者を頼れ。あいつは何度もドルガレオ大陸へ行って無事に帰ってきている。魔吸虫の情報も持っているかも知れん」
ライアがいるからその辺は大丈夫だと思うが……。
王都のきた理由の中には勇者アキラ=ハカマダに会うって言う目的もあった。
これを機会に会いに行ってもいいかも知れない。
幸か不幸か、ドルガレオ大陸への渡航準備を進めていた数日後、勇者アキラ=ハカマダから手合わせの申し込みがあったのであった。




