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96話 静電気と新しい二つ名


歓声と賭けの半券が飛び交う訓練所の屋根の上。

一人の魔法使いと勇者が、興奮冷めやらぬ様子で試験が終わった二人の成り行きを見守っていた。


「ピッタの奴大丈夫かね。身体から煙出てるぞ」

「そんな事よりアキラ君、あの冒険者は何者ですか?」


マァサは真剣な面持ちで訓練所の中心を見つめている。

この世界の常識ではあり得ない事が起きていたのだから、試験を受けた冒険者に興味津々といった様子だ。


それにしてもピッタは大丈夫だろうか。

前世で電撃傷はとてつもない痛みを伴うと聞いたことがある。

高電圧の電流が流れた部位は炭化し、骨まで見えていたそうだ。

なにせ全身を焼かれるのと一緒だからな。

出の早さも考えると、相手にしたくない強力な魔法だ。

見たところ意識もある様だし、この世界は治癒魔法があるので平気だとは思うが。


「いや、俺も良く知らねーよ。しっかしあれ雷だよな? 雷魔法ってないんじゃなかったっけ? ギンガデインとかに憧れてたのに使えないって知った時は悲しい気持ちになったっけなぁ」

「ギンガデイン? 何ですそれ」


マァサは顎に人差し指を当て首を傾げた。


「伝説の勇者が使える最強魔法だよ」

「じゃあそのギンガデインを使えないアキラ君は、伝説の勇者じゃなくてただの脳筋勇者ですね」

「それに関しては自覚があるぜ。身体強化魔法以外は一切使えないしな! で、問題なのはアイツがどうやって雷魔法を使っているのかってところだな?」

「うーん……。雷自体は火と風と水の属性を合わせれば出来ないことはないですが、一人では無理ですね……それに出来ると言っても雷雲を発生させられるってだけで、雷属性の魔法ではないですから」


ただの自然現象として発生させることはできるのか。


「じゃあ何でアイツは雷属性の魔法を使えてるんだ?」

「さぁ? 私が知りたいくらいですよ」

「ちょっと会って話してみてーな」

「あれ? アキラ君って男の人にも興味あったんですか? てっきり巨乳にしか興味がないと思ってました」

「あん!? ピッタにだって興味持ってるじゃねーか!」

「あの人は別ですよ!エルフっていう種族は男性でも女性でもみーんな綺麗な顔してるじゃないですか。まったくもって羨ましい限りですよ!」


マァサはフン!と可愛らしく鼻息を荒くしている。


「確かに……ギベニューのギルドマスターもエルフで別嬪だからな」

「そうやって目移りばっかりして、私を蔑ろにしないでくださいね?」

「安心しろ!俺は巨乳にしか興味がない!」


そんなこと言う奴はこうしてやる!

俺は目の前で主張している、その身体にはそぐわない程の立派な双丘に手を伸ばした。


「やんっ!どこ揉んでいるんですか?今は外なんですよ?」

「いいじゃないか、いいじゃないか。近うよれ、近うよれ。ほっほっほ」

「えっ!? ここでするんですか!?」

「ここは屋根の上だ。誰の気が付きやしないよ」


俺は優しくマァサを抱き寄せた。


勇者アキラ=ハカマダ。

王都で彼を知らないものはいない。

チームメンバーは全員が巨乳、彼は無類の巨乳好き。

いつでもどこでも盛る彼は、色欲魔人と呼ばれ国王陛下も頭を抱える問題児であった。









「大丈夫ですか?」


やべッ!

ちょっとやりすぎちゃったかな……。


慌ててマジックバッグから《花汁》を取り出し、身体から煙を出して膝をつくグランドマスターに振りかける。


「これは……」


見る見るうちに電撃傷で火傷した皮膚や四肢が、ボコボコと音を立てながら元の透き通った白い肌に戻って行く。


「すいません。ちょっとやりすぎました」


「いや、これはA等級に上がるだけの実力があるか見るための試験だ。私が試し、そしてお前はそれに見事答えた。ただそれだけだ」


グランドマスターは「サラ!」と叫ぶと、A等級に昇格する手続きをする様に言いつけ、冒険者ギルドに戻っていった。


「ベック! お前そんなに強かったのかよ!」


観客席から駆け寄ってきたノーチェは、ホクホク顔で俺の肩に手をかけてくる。


後で聞いたところによると、今回の昇格試験の中で俺がA等級に昇格する方にかけていたのはノーチェだけらしく、その賭けによって金貨十枚が三百枚ほどに化けた様だった。


観客席を見渡すと依然ざわざわと騒がしく、興奮冷めやらぬと言ったところだった。


「これでドルガレオ大陸に行く準備は整ったか」


「そうだね。あとは大陸へ行く為の申請をしないと」


あぁ早く花ちゃんに逢いたい。

ライアから話は聞いているが、しっかりと自分の目で見て安心したいところだ。


それに命の危険はないが、少しでも早くペルシア姫の小鬼病を治してあげたいとも思う。


偽善と言われてもいい。

困っている人を助けたい。

この世界で俺にしかできない事をしたいんだ。







「おい!聞いたか!?」

「聞いたって何だよ?」

「《雷帝》の話だよ!」

「《雷帝》?何だそりゃ」

「この間のA等級昇格試験お前見にいってないのか!?」

「あぁその話か……。行きたかったんだけどよ、依頼で行けなかったんだよ。グランドマスターが膝をついたんだろ?」

「そうそう、凄かったんだよ。まぁ俺の目には全くなにが起こってるかわからなかったんだけどな」


ガッハッハと宿屋の食堂に男の笑い声が響く。


「いま、王都はその話ばっかりだな」

「そりゃあそうだろ!冒険者になって二ヶ月でA等級だぞ!? 世界最速記録だぜ!興奮しないほうがおかしいってもんだ。それにあのエロ勇者も手合わせの申し入れしてるって話だからな!」

「はっは!モテモテだな《雷帝》!」

「あぁ《雷帝》ベック。これからの活躍が楽しみだな!」


A等級昇格試験から一週間、新しいA等級冒険者の誕生は国中に響き渡り、グランドマスターに土をつけた冒険者の名前は加速度的に広がっていった。


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