94話 勇者と巨乳と試験
王都にある冒険者ギルドの周囲は、先程まで歓声が響き渡っていた。
(ん? 急に静かになったな)
“ドオオォォオォォオオン!!”
急に聞こえなくなった歓声の十数秒後、大きな爆発音が訓練場の外まで響き渡り、もくもくと土煙が空へ向かって登っている。
「やべッ!もう始まってんじゃねーか!」
「おい!お前ら急げよ!」と、白金の鎧を着込んだ男が追随してくる三名の女性を叱責する。
黒い髪に黒い眼。
男も見惚れる端整な顔立ち。
全身を純聖銀製の鎧で包んだその姿は威風堂々。
背中に提げた身の丈ほどの巨大な大剣を振るい、魔物を屠って行くその姿は、まさに勇者の名に相応しい。
白い布地に金糸の刺繍を基調とした水色の髪と優しそうな垂れ目が特徴的な神官服着込んだ巨乳の女、《聖女》マリア。
最早防具と言えるのか疑わしいビキニアーマーを身に付けた、目つきの鋭い紫色の髪をした女戦士風の巨乳の女、《狂戦士》ミランダ。
大きな魔女帽子に地面を引きずる丈の黒ローブ、黒い髪を背後で結った幼い容姿とは相反する巨乳の女、《幼魔女》マァサ。
すれ違う王都の住民の中で、この四人を知らない者はいない。
女に目がない悪名高き色欲魔人、勇者アキラ=ハカマダ率いるS級パーティ、その名も《チーレム》。
そのチーム名の由来は勇者にしか分からないが、このフォレスターレ王国で最も有名なチームである。
「アンタが速すぎるのよ! 少しは私たちのことも考えなさいよ!」
「「そうだ!そうだ!」」
姉御肌である《狂戦士》ミランダが、前を疾走する勇者に制止を求めるものの、スピードを緩めるどころかその驚異的な身体能力を活かし、冒険者ギルドの屋根へと飛び乗る勇者。
「ミランダ……あぁなったアキラ様はもう何を言っても無駄ですわ……待ってもらうより、さっさと先に行かせましょう」
あきらめ顔で《聖女》マリアが走るのをやめ、歩き始めた。
「アキラ君ってたまーに子供っぽくなるよねー」
それに習うように《幼魔女》マァサも歩き始める。
ミランダは、「一番年上の癖に……」と口に出しそうになり、慌ててなぜ勇者アキラが走り出したか、訳を知っていそうな《聖女》に問いかけた。
「それにしてもなんで急にアキラは走り出したんだ?」
「先程、街の衛兵がA等級昇格試験がある事を話していたのを耳にしたようですよ?」
「えぇ? そんな事? 対して珍しい事じゃないじゃん」
「なんでも、ピッタ=アラックスが試験管を務めるのだとか。それで王都は大騒ぎのようです」
「なるほどねぇ」
「アキラ君がいくら言っても手合わせしてもらえない、あのピッタ=アラックスがわざわざ試験管なんてするんだねー」
「まぁ私たちと同じくらい有名ですからね。絵本の主人公様で、子供達からすれば伝説の英雄です」
「私も小さい頃、おかーさんに読んでもらったなぁ。《救国の英雄》なっつかしー」
◇
「ったく。滅多にないチャンス逃したらもったいないぜ」
勇者は観客達の頭上、訓練所にある観客席の屋根からA等級昇格試験を見学していた。
ピッタ=アラックスはここ十年以上手合わせを申し込んでいるが、仏頂面をしながら「貴様に興味はない」と言い俺の相手はしてくれない。
この国最強の冒険者は誰か。
白黒つけるために定期的に決闘を申し込んでいるのだがなかなかうまく行かないものだ。
そんな中、ドルガレオ大陸への遠征から戻ってきた翌日耳にしたのは、今まで俺の決闘申し込みを拒んでいた冒険者ギルドグランドマスターであるピッタ=アラックスが、模擬戦闘を行うと言うではないか。
これを見逃す手はない。
そう思い、この訓練場に駆けつけたのだ。
チームメンバーであり、恋人でもある彼女達はあまり興味がないようなので置いてきた。
そのうち追いついてくるだろう。
訓練場の中心には、いつも通り仏頂面の金髪エルフと、牛頭人の格好をした冒険者が立っている。
(何を話してやがんだぁ……?)
屋根の上に腰を掛け、二人の動きを見逃さないように凝視する。
訓練場の屋根の上からじゃ二人の会話は俺の耳は届かないが、二人の動きは良く見ることができる。
挑戦者である冒険者の背後にある観客席は崩れ、そこに座っていた冒険者達は命からがらと言った感じで席を移動する。
(あのB等級、ピッタの攻撃を避けたのか?)
ピッタの魔力が膨れ上がる。
それと同時に飛び上がったあいつは、器用にも足の裏から風魔法を発動して空を駆けている。
(速いッ!)
思わずピクリと身体を動かす。
飛翔したピッタは冒険者に向かって急降下する。
(これで決まりか……。それにしてもあいつエゲツない動きすんなぁ。俺ですら目で追うのがやっとだ。さすが伝説の英雄様だな)
挑戦者であるB等級冒険者はピッタを見失っている。
あの冒険者も運が悪かったな。
試験官がS等級の伝説の英雄だ。
受かる道理があるわけがない。
まるで隕石が落ちたかのような衝撃の後、土埃が舞い倒れているのは挑戦者であるB等級冒険者だと思った。
しかし、完全に見失っていたはずの冒険者は背後に数歩跳びのき、あまつさえ反撃して見せたようだ。
(B等級があの速さの攻撃を避けた挙句反撃しただと……?)
「アキラ君、なんで屋根にいるんですか?」
「おう、マァサ遅いぞ。他の二人はどうした」
「下でお肉食べてますよ。と言うかここに来れるのは私くらいですから。風魔法でひょいっと」
「俺はジャンプできたけどな!」
「そんな事出来る人は中々いないと思いますが……」
「それよりいまの見てたか? あの冒険者、えらく速い魔法使うぞ。無詠唱だ」
「それだけじゃないですね。彼の周囲に魔力の壁の様なものがあるみたいです」
相変わらず便利な眼を持っているな。
「あっ、何かするみたいですね」
訓練場の屋根だからこそわかる、二人の全体的な動き。
始めに動き始めたのは、B等級冒険者だった。
B等級冒険者の半球状に成形された魔力が、一瞬で観客席と模擬戦闘をしている会場を切り離す。
その直後、その半球状の魔力で覆われた内部は青白い光に包まれた。
「!? そんな!」
マァサが驚きの声を上げる。
光が収まった後、膝をついていたのは伝説の英雄だった。