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92話 静電気と昇格試験②


グランドマスターが腰にかけた剣に手を掛けた瞬間。


全身の毛が逆立つような嫌な悪寒を感じ、思考速度強化魔法を使う。


(《極限集中状態(オーバークロック)》!)


通常の何十倍にも加速したはずの思考の中で、俺の瞳に映るグランドマスターの動きは、飛竜(ワイバーン)よりも遥かに早い速度で剣を抜き放った。


この魔法を使うと、周囲の風景はまるで時が止まったかのように緩慢な動きになる。

いや、むしろ殆どが動いていないと言っていいほど遅滞する。


現に観客席にいるギャラリーは、俺が思考している現在でさえ、殆ど動きが見られない。


ある者はエールを飲むためにグラスを傾けたまま数ミリ単位で喉仏が動き、行き交う他人とぶつかり、体制を崩す持ち主を尻目に宙を舞う鳥の骨つき肉は、まるで釣り竿で釣っているかのように停止し浮遊している。


その遅滞した風景の中でも()()()()()()()()()()()()()()()動くこの金色の髪をした男の速度が異常なのだ。



俺とグランドマスターとの距離は十五メートル程。


まるで戦闘機が音速の壁を破る時のような、パンッという乾いた破裂音がゆっくりと聞こえ、徐々に衝撃を感じ始める。

その離れた距離から凄じい剣速で抜き放たれたであろう剣撃は、大気を押し出す衝撃波となって一直線にこちらに飛んでくる。


受けるのはマズイ。

《極限集中状態》で反射速度と思考速度を上げているにも関わらず、この男の動きがスローモーションにしかなっていない事実が、この攻撃の危険性を十分に知らせてくれた。


身体を何とか左前方へと踏み込ませると、右側頭部、牛頭人王の外套の頭衣の部分、四本角の内一本をその衝撃がかすめて行った。


《極限集中状態》を解除する。

長時間この強化魔法を使いすぎると、脳に負荷がかかり過ぎてしまう。

毎晩就寝直前に徐々に発動し訓練することで、ようやくLVが5まで上昇し、短時間だけなら軽い頭痛で済むようになった。


避けた衝撃波は背後にある訓練校の壁にぶつかり観客席ごと吹き飛ばした。


「よく避けたな。得意なのは魔法だけかと思っていたぞ」


俺の情報はあっちき筒抜けって事か。


「ちょっと!殺す気ですか!?」


「安心しろ。あそこの席は一般人はいない。自分の欲望にうつつを抜かすような奴らしか座ってなかったからな。丁度いいお灸になっただろう」


いやいやそっちじゃなくて!

いや、そっちも大事だけども、


「今の当たってたら、確実に死んでましたよ!」


「何箇所か骨が砕けるくらいだ。死はせん。それに魔力も込めてないからな。もし込めていたとしたら今頃お前は真っ二つだ」


剣撃に魔力を込めることなんてできるのか。

それとも属性を載せているのか。

何れにせよ、《雷針》を切り払われた時点でこの人の強さは十二分に認識できた。

《極限集中状態》ならば何とか相手の攻撃を躱すことができる。

あくまでこれ以上速度が上がらなければの話だが……。

あとが怖いが、《極限集中状態》を維持しつつ、攻撃を与える手段を考えなくてはいけないだろう。


周囲に《魔障壁》を張り巡らせる。

何度も何度も魔力を圧縮させた高密度の半透明の盾だ。

魔人化した教頭先生の攻撃も凌いだ、俺の最硬の盾。


「どうした? 試験中に考え事か?」


「作戦会議中です」


「そうか、それは怖いな。次はこちらから行くとしよう」




グランドマスターがそう言うと、《探知》により膨れ上がる魔力を感じる。

《極限集中状態》を発動する前に、俺の視界から僅かな土煙だけ残し消える。


《極限集中状態》を再度発動しても目の前には、グランドマスターの姿はない。

《探知》で周囲にもその存在は確認できない。


(どこ行った!?)


平面での《探知》だとこの訓練場の何処にも見つけることはできない。


《平面探知》から《立体探知》へと切り替えた時、頭上から降ってくる物体が確認できた。


(上かッ!!!)


慌てて顔を上げると、金色の流星が空を駆けているのがわかる。


まじかよ……。

あの人空を走ってやがるッ!

慌てて数歩後ろへ飛び退くと、先程まで俺がいたところに金の流星が落ち、ゆっくりと迫る爆発音と共に訓練場の地面が砕け、周囲に砕けた石がゆっくりと散らばって行く。


その石を追い越すように既に体制を立て直し始めているグランドマスターに向かって、《雷針》を飛ばす。


まだ、周囲の飛び散った石たちが地面に落ちる前に引き抜かれた剣がまたしても《雷針》を斬りはらう。


(これどうやって一撃与えればいいんだろう……)


未だ嘗てない強敵。

A等級昇格への道が果てしなく険しい事に、頭を抱えたくなる気分だった。

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