91話 静電気と昇格試験①
王都冒険者ギルド、その建物の裏手にある訓練場は熱気に包まれていた。
普段より観客の多い訓練場には、伝説の英雄が戦う、そのことを聞きつけた街中の冒険者や野次馬で溢れかえっていたのだ。
「冷たいエールはいりませんかぁ? ポップチキンの骨つき肉グリルもありますよー」
「おーいねぇちゃん!こっちこっち!こっちに二人前くれー!」
「はぁい!只今向いますぅ〜!」
「賭けってまだ参加できるのか!?」
「今日の元締めはオージーだ。あいつんとこ行ってこいよ!」
「すまねえ!ちょっくら行ってくらあ!」
「さぁてあのあまちゃんが昇格できるか見ものだねぇ。あ、おねーちゃんこっちにもエールとポップチキンくれ!」
「少々お待ちくださいませぇ〜!」
「あってめえ!俺の上にエール零してんじゃねぇ!」
「パパ〜!僕もチキン食べたい〜!」
「お、出て来たぞ!」
「来たか!? そろそろ始まっぞ!」
多くの観客がA等級昇格試験の模擬戦闘の開始を今か今かと待つ中、商魂逞しいこのギルドに備え付けられている酒場の従業員が忙しなく、軽食の販売に勤しんでいた。
まるでお祭り気分の彼らの興味はただ一つだけ。
運悪く伝説の英雄が試験官となってしまったB等級の冒険者が、どんなに無様な醜態を晒すのか。
そして普段は素性の知れない、伝説の英雄の実力は果たして本物なのか。
ただそれだけが観衆の興味を引いている。
◇
冒険者ギルドの受付カウンターから右側、二階へ上がる階段の横を通り過ぎ、試験会場である訓練場へと向かう。
ボラルスの街にあった訓練場よりも広く、それでいてしっかりと整備された訓練場だ。
欠けた壁やへこんだ床はなく、観客席の上には木造の屋根まで付いている。
王都冒険者ギルド、その頂点に立つ男、グランドマスターであり、今回のA等級昇格試験の試験官であるピッタ=アラックスが一歩訓練場に踏み出すと、その男の入場を待ってましたと言わんばかりに、すり鉢状になった訓練場の観客席から歓声が爆発する。
身体を叩く声の衝撃を感じながら、グランドマスターに続いて俺も訓練場に入る。
あまりの歓声に周囲を見回すと大勢の観客がいるのがわかる。
人、人、人、どこを見ても人。
昇給試験ってこんなに盛り上がるものなのだろうか。
訓練場の中央には、筆記試験の時の受付嬢が立っている。
「おーい、そこの牛野郎頑張れよぉ〜!」
「ねぇパパ!あの人、英雄相手に一秒くらいは持つかな!?」
「ハッハッハー!ジョージ!いくらなんでも彼に失礼さ!二秒くらいじゃないかな!」
「オラァ!ベックぅ〜!そんな奴に負けたら花ちゃんに合わせる顔がないゾォ〜」
「金貨十枚賭けてんだ!ぜってー昇格しろよ!!」
なんか知らない親子にめっちゃ煽られてるんだが……。
ライアのやつ観客席で完全に酔っ払ってんじゃねーか。
一緒になって野次を飛ばすなっつうの!
ノーチェのやつに至っては、なに賭け事なんかしてんだよ。
「余所見するとは随分と余裕だな」
目の前にいる男の金色の髪が風に靡く。
試験官である王都冒険者ギルドのマスターだ。
「試験ってこんなに盛り上がるんですね……。ちょっとびっくりしてキョロキョロしちゃいました」
「普段は試験官なんぞやらんのだがな。物珍しくて見にきているんだろう」
「さっきの話なんですけど、本当に一発でも攻撃を当てられたら合格でいいんですね?」
「構わん。ここ数百年の間で痛みを感じたのは、慣れない料理で指を切った時くらいだからな」
なにそれおちゃめ。
めちゃくちゃ親近感湧いて来たんだけど。
でもこれって言外に馬鹿にされているような気が……。
「そろそろ始めるが、準備はいいか?」
俺は無言で頷く。
「サラ、合図を頼む」
グランドマスターがそういうと、サラと呼ばれた受付嬢が手に持ったマイクのような細長い棒に向かって宣言する。
『それではこれより、A等級昇格試験の模擬戦闘試験を行います!』
細長い棒から何倍にも大きくなった声が訓練場全体に響くと会場全体が一瞬にして静まり返った。
一拍置いて開始の合図が放たれた。
『始めッ!』
先手必勝!
(《雷針》!)
手をだらりと下げたまま殆どの予備動作無しに、一瞬の放電音だけを発生させ放たれた高電圧の極細の雷の針が、対象を戦闘不能にすべく襲いかかる。
グランドマスターはその澄んだ碧眼を驚いたように見開くと、流れるような動作で腰の剣を抜き放ち一閃した。
(まじかよ……。《雷針》を切り落とされたぞ……)
「随分な挨拶だな」
「ははっまさか切り落とされるとは思いませんでした」
そう言いつつも、次は細く伸ばし右に回り込ませた《魔力手》から再度《雷針》を放つが、またしても剣で切り防がれた。
「魔力の扱いが上手いようだな。器用な使い方をする」
何事も無かったかのように佇む金髪の男は、開始してから一歩も動いていない。
「お褒めに預かり光栄です」
なんとか虚勢をはって、顔に出さないように会話を返したが、内心めちゃくちゃビビってた。
まさか二回も防がれるとは思っていなかったから。
「受けるばかりは性に合わないのでな、こちらからも攻撃させてもらうぞ」
いつのまにか鞘に収まっていた剣は、まるで居合いのような動作で引き抜かれた。




