89話 蹴兎と賭け事
ベックをA等級昇格試験に送り出した後、騒つく冒険者ギルド内では最早恒例となった賭け事が始まろうとしていた。
無論賭けの対象は、無謀にもA等級になる為に挑戦してきた新入りのB等級の冒険者であるベックが無事にA等級に昇格できるかどうか、それが賭け事の対象だ。
最も昇格できるのは年に数人しか居らず、賭け事が大好きな連中がこれまた酒の肴にと、面白おかしく場を盛り上げる為のもので、そこで稼ごうなんていう馬鹿はいない。
毎年百人以上が挑戦し、数人だけしか合格しない為、受かる方に賭ける人間がいないのだ。
なのでしばしば成立しないことがあるのだが、じゃあ俺が!と、身内の人間が受かる方に賭ける事も少なからずある為、こうして毎回開催されるといったところだ。
「よぉ〜《蹴兎》、さっきの冒険者はお前の知り合いか?」
「ん? 知り合いかって聞かれると微妙だな。依頼主って言う方がしっくりくるかも知れない」
「依頼主? 冒険者が冒険者に依頼だなんてどんな内容なんだよ?」
「守秘義務って奴だ。依頼内容の開示はご法度だろうが。俺っちの口から言えることは何にもねーな!」
「けっ! そうかいそうかい。じゃあそろそろ恒例の受かるか受からないか! いってみっか!!」
眼帯の大剣使いが元締めとなり、進行役を務めるようだ。
あれよあれよと言う間に「不合格に金貨一枚!」「じゃあ俺は大穴だ!筆記試験で落ちるに金貨一枚!」「じゃあ実技で逃げ出すに金貨三枚だ!」などというベックにとって不名誉な声が集まって行く。
皆一様に受からないと思っている為言いたい放題だがこういった空気は嫌いじゃない。
まさに自由に生きる冒険者といった気分になれる。
「おいおい! これじゃ賭けが成立しねーぞ! お前はどうすんだ? 依頼主が出てるんだぞ。そっちに掛けてみても良いんじゃねーか!?」
大笑いしながら俺っちを乗せようとするこの賭けの元締めの話に乗り、金貨一枚くらいなら賭けても良いかなと少しばかり思ってしまう。
そもそもあのB等級冒険者がAになってもらわないと、目的であるドルガレオ大陸に行けないのだ。
「よ〜し、いっちょ俺っちも参加するとすっか! 受かる方に金貨十枚だ!」
「「「「「おぉおおおぉおぉおお!」」」」」
冒険者ギルド内に歓声が上がる。
「よぉ〜し! 受かるに一人! しかも金貨十枚だぞ! これで今夜の飲み会分は稼げたな!」
「おいおい! なんで受からない前提なんだよ。俺っちの時みたいに昇格できっかも知んねーだろ!?」
「あん時はお前にいっぱい食わされたからな! まさか自分に賭けるなんて思ってもみなかったぜ。お陰で大損こいちまったが、良い酒の肴にはなったな」
「あん時の飯はマジで美味かったぜ。あんがとよ! んで今回の試験、模擬戦闘の相手は誰なんだ? 最近までサンドラさんがやってたよなぁ。今回もそうか?」
ベックのやつも戦闘訓練はしなくて平気だと言ってたし、それなりに自身はあるんだろうが、こと戦闘に関しては相性で大きく左右されやすいからな。
不得意な相手が模擬戦闘の試験官だと不合格も十分あり得る。
後衛ばっかりやってきた魔導師タイプは速度の早い盗賊タイプは苦手だ。潜り込まれれば迂闊に魔法は撃てないし、最悪自分の魔法に巻き込まれて自爆だってあり得てしまう。
一方で盗賊タイプは全身鎧を着込んだ盾職には火力が足らない分厳しい。そして当たれば一発で逆転される可能性がある分こっちがきつい。
逆に魔導師タイプは足の遅いガッチガチの盾職とは相性がいいと言えるだろう。近寄られそうになったら距離をとって魔法で迎撃できるからな。
サンドラは何でもこなす器用貧乏な試験管だ。
何をさせても可もなく不可もなく、特出したところはない。だけども全てが高次元で纏まっている。経験もある素晴らしい冒険者だとは思う。
どんなタイプが来てもある程度対応出来る分、試験官としても優秀だが、何か一つに特化した戦闘スタイルなら突破口は無いわけでもない。
要は何事もやり方次第だ。
俺っちの時はスピードで撹乱し蹴りまくった。
近寄っては蹴っ飛ばし、離れてはタイミングを伺い徐々に徐々に手数……いや、脚数を増やして何とか合格をもぎ取った。
勿論無傷で合格したわけではない。
身体中傷だらけだったし薄氷の勝利って奴だ。
そん時の試験官がベテランA等級冒険者のサンドラだったってわけ。
「サンドラは今怪我してっから試験官じゃねぇぞ」
「え? じゃあカーティスか?」
「あいつはもう歳だからな。先月引退したよ」
「じゃあ誰だって言うんだよ?」
「グランドマスターだよ」
「は? マスター?」
「あぁ、今は私だが」
カウンターから顔を覗かせるマスターを見て、金貨十枚などと大見得を切った自分をぶん殴ってやりたい気持ちになった。
(あぁこりゃあ受かんねぇな……)




