8話 静電気と急報
その急報が舞い込んだのは、冒険者登録を済ませた翌日、冒険者ギルドの一階で、リック、ディーナと三人で朝食を食べている時だった。
バァンという力一杯扉を叩いたような音の後、一人のギルド職員が転がるようにギルドに入り、大きな声で叫んだ。相当慌てているようで息も絶え絶えな様子だ。
「……っ! はぁはぁ……南の森奥の山岳地帯に岩小鬼! その数、約百五十匹!ウルガ村に向かって進行中です! あと数時間で村に着いてしまいます!」
騒がしかった朝の冒険者ギルドが一瞬にして静まり返った。
「岩小鬼だと!?」
「なんでそんな魔物が南の森に……」
「ウルガ村って鉱山近くの村か!?」
「やべえぞ!ここも狙われてるかもしれねえ」
「荷物まとめろ!逃げるぞ!」
ギルド内に不安の声が広がる。
慌てて準備をしだす冒険者たち。
冒険者ギルドの受付付近は大混乱だ。
(百五十匹!? そんな大軍、俺とリックさんだけで倒さないといけないのか!?)
「静まれえぇぇええい!」
逃げ出そうかな、なんて思っているとぞっとするような威圧感をまとった、ドスの効いた低い声が、慌てふためく冒険者の間に響いた。
叫んだだけのはずなのだが、声が衝撃となって体を打つような錯覚をするぐらい強烈だった。
「ギルドより緊急の依頼じゃ! FやE級の冒険者諸君は、街の防衛に当たってくれ。ワシと一部の冒険者で事の鎮圧にあたる。この規模の数じゃ。恐らく岩小鬼の中でも群れを統率する上位種がいるじゃろう。ワシが居ない間――。皆に街を任せたいのじゃ」
ギルドマスターがそう告げると、周囲からは歓声が上がる。
元Aランク冒険者が出るのならなんとかなるかもしれない――。
冒険者たちは希望と期待が含まれた、そんな視線をアンブリックに向ける。
ボラルスの街、冒険者ギルドのギルドマスター、《豪腕のアンブリック》。
数々の魔物との戦いで鍛え上げられた、筋肉の鎧を纏った巨体と、金剛石で出来た身の丈ほどのハンマーで、全てを粉砕してきた凄腕冒険者だ。
レベルは129。
駆け出しの冒険者と言える、FランクやEランクの冒険者の平均レベルは1〜15レベルほどだ。彼ら百人が一斉に攻撃したとしても、アンブリックには傷一つつけることはできない。
「街の防衛ついてはこの中で一番ランクの高いリックに指揮を任せる。皆指示に従うのじゃ。リック頼むぞ」
急に話を振られて一瞬躊躇うようなそぶりを見せたが、リックは何か意を決したように頷き、声を張り上げる。その眼には力が漲っており、決意が宿っているようにも見える。
「南門の防衛を固めるぞ! 野郎ども急いで準備しろ!」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
街の緊急事態だ。文句を言う空気の読めない冒険者はいない。
冒険者達は急いで準備し、南門へ駆け出し始める。
俺も南門に向かうため、準備をしようと急いで部屋に戻る。
二階へ行く階段へ足を掛けたところで肩に金槌を落としたような強烈な衝撃を感じる。
俺の肩に乗ってるのは巨大な手。不気味な笑顔のアンブリックが後ろに立っていた。
「お主はわしと一緒に来い。レベル44ともなればBランクくらいの実力はあるじゃろうて」
やっぱり俺は行かないといけないのね。
正直言ってめちゃくちゃ断りたい……。
断りたいけど、目の前にいる巨大な老人の威圧感は半端じゃなく、先日戦った岩小鬼の百倍は怖い。
逆らえば最後、引きちぎられるかもしれない。
いや、きっと引きちぎられると思う。
そんな事を考えていると冒険者ギルド裏手にある、訓練場に連れて行かれた。
もしかして、逃げようかなとか考えてたのがバレたか?
母ちゃん、もうすぐ僕もそちらに行きます。
「昨日の話は聞いたぞ。ずいぶん暴れた様じゃが、まだお主を測りかねておる。じゃからお主の実力を知りたい。お主は何ができるんじゃ? もちろん知り得た内容はギルドマスターの名にかけて秘匿することを約束しよう」
引きちぎられる事はなさそうだが、昨日の件について、俺は悪くないだろ……。
カツアゲされそうになったから抵抗しただけで正当防衛だ。
まぁそうはいっても俺のことはレベルくらいしかわかってないみたいだな。
スキルまではわからないみたいだし、お互いに何ができるか確認しておく事は確かに大事だ。
引退しても元Aランクの冒険者、百五十匹の大群でもしっかりと作戦を立てればいけるのかもしれない。
「俺は雷魔法を使います。今使える魔法は《探知》《雷銃》《雷槍》の3種類です」
「雷魔法じゃと? ワシが知っている魔法は、火、水、土、風、光、闇の6属性じゃ。わしは魔法についてそれほど詳しいわけではないが、お主の魔法はどれも聞いた事ない魔法じゃな」
名前はオリジナルで付けたから、聞いたことないのは当然だな。
取り敢えず、指先からチチチチと電力を放電する。
指先から放電した電力を、蛇のように動かしてみたり、球体に成型してみたりと、様々な形に変えて実演する。
「なんと……」
なんかすごく驚いてるな。
リックさんも見たことないって言ってたから、本当に珍しい魔法なのかも。
今やったのは魔法じゃなくて只の静電気を放電しただけど……。
「俺の魔法は、こうやって全身に静電気を纏ったり、体の一部から放出したりする魔法です。《探知》は半径百メートルほどの範囲で地形や魔物の存在がわかります」
やっぱり全身に纏うのはまだうまく出来ないね。
やる度に裾が燃えて短くなっちゃうし、電力がガリガリ削れていくのがわかる。
その内四肢の生地が燃え切って『短パンタンクトップ』になっちゃいそうだ。
公衆の面前や、戦闘中に裸になるなんてそんな羞恥には耐えられない。
完全に制御できるようになるまで、 緊急時の防御位にしか使うつもりはない。
一番最初に襲われた時は岩小鬼が武器ではなく、直接噛み付こうとしたから感電させることができて助かったけど、武器で攻撃されたらひとたまりもないと思う。
静電気で剣などの物理的な攻撃を防げるとは思えない。
相手は触れたら感電するかもしれないけど、振りかぶられた勢いそのままに俺がバッサリ、なんてことになりかねないからな。
実際に岩小鬼が投げたこん棒が額に当たって怪我をしている。
いつまでもスーツじゃなくてしっかりした防具が欲しいところだ。
「《探知》という魔法は便利じゃな。索敵はお主に任せるとしよう。他の雷魔法とやらを見せてもらっても良いかの」
まずは《雷銃》を訓練場に立っている、鎧姿の案山子に向かって撃つことにした。
「行きますよ!ボルトバレット!」
指先に普段より大きい魔法陣が展開され、轟音と共に青白い稲光が訓練場を駆ける。
魔力で高密度に圧縮された、ソフトボールサイズの雷の銃弾は、案山子の胴体に大穴を開けた後、訓練場の壁に当たり、壁を粉々に破壊して消えていった。
(やべっ。ちょっと良いところを見せようとはりきりすぎちゃった)
てへぺろ。
何か言われる前に《雷槍》を発動する。
「次行きます!サンダーランス!」
雷で出来た長い円錐形の突撃槍が、右手の掌に展開されている魔法陣より出現する。
雷の突撃槍をしっかりと握り、隣の案山子を勢いよく突き刺した。
右手に持たれた雷槍は案山子を鎧ごと貫き、藁で出来た案山子が一瞬で燃え上がる。
「こんな感じですけど……壁壊しちゃいました……すいません……」
とりあえず怒られる前に壁については謝っておく。
アンブリックはフサフサのあご髭を撫でながら、何やら信じられないものを見た、というような顔をしてこちらを見ている。
「ここは訓練場じゃ。壁の事は気にせんで良い。それよりも一つ聞きたいのじゃが、魔法を発動するのに詠唱は必要ないのかの」
「詠唱?」
なんのことですかね。
強いて言うなら、魔法の名前が詠唱かな?
無詠唱も何度か試してみたが、うまく発動しなかった。
「魔法は本来ならば詠唱が必要なんじゃが……無詠唱でその威力は大したもんじゃ。しかし槍捌きはてんで素人じゃのお」
そりゃ二日前まで平和な世界にいたからね。
戦闘経験なんてゲームでしか体験した事ないから!
動きが素人なのは許してちょんまげ。
「《雷銃》じゃったか? それは何発くらい撃てるのかの。その威力じゃ、そんなに撃てないと思うが……」
「回数ですか? 気にした事ないですけど百発は軽く撃てると思いますよ。魔力の消費を感じるのは新しい魔法を作ったときくらいですからね」
《魔法創造》の効果だと思うが《雷銃》を撃っても電力、魔力共にさほど疲れを感じない。
動けば動くほど電力は体内に蓄積されるし、常時《雷槍》を使わない限りはいくらでも撃てそうだ。
「なんじゃと? 回数にも驚きじゃが……お主、今、魔法を作ると言ったか?」
今日一番の驚きっぷりだ。
「《雷銃》も《雷槍》も自分で作った魔法ですからね」
「……お主はワシが思ってる以上の傑物かもしれんのお。今この世に存在する魔法は、大昔に“原初の魔法使い”が創り出した六属性しかないはずじゃからの」
原初の魔法使いは、数百年前に六属性の魔法と言う概念を作り上げた天才だったそうだ。原初の魔法使いが作り上げた魔法は、今も数多く存在するが、その反面、時の流れとともに失伝してしまった魔法も多いらしい。
作戦会議は大事だけど、こんなゆっくりしてていいのかなあと思っていると、《探知》に訓練場に近づいてくる数人の人影がある事に気が付いた。
「アンブリック殿!岩小鬼の大軍がこちらに向かってると聞いたが本当なのか!」
衛兵を引き連れて、茶色い髪をオールバックにまとめたダンディズムに溢れる初老の紳士が慌てて駆け寄ってくる。
「アーウィン殿、お聞きになられましたか」
「あぁ今しがた聞いたばかりだ。居ても立っても居られなくてな。状況を確認しに来た」
どうやらアーウィンはボラルスの領主様らしい。
何やら今回の件についてアンブリックと話し合っている。
「わかった。こちら側は住民の避難を進めよう。残った衛兵は防衛に回す。しかし魔物は百五十匹以上いるのであろう? 其方だけで大丈夫なのか?」
「ワシもまだまだ死ぬつもりはありませんからの。それにワシ以外にも戦える冒険者はおります」
アンブリックはちらりとこっちを見た後、ふぉっふぉっと笑いながらボディビルダーのようなポーズをとり、上腕二頭筋に力こぶを作って答える。
(何あれ、力こぶの大きさがボウリングの球以上なんだけど、半端ねえな……)
「そうか、では武運を祈る」
そのポーズを見ても真顔のアーウィンは、防衛のための準備をしに街へと戻っていった。
「お主も準備が必要じゃろう。三十分後に南門に集合じゃ」
正直言って行きたくないが、黙って頷くしかなかった。
だって凄い威圧感なんだもん。
断れる雰囲気じゃないよな。
それにしても、しっかりとした準備ができるほど、金も時間もないな。
それに何を準備して良いかもわからないし、ゆっくりと南門に向かうかな。
あっ、でもリックが持ってた緑色の液体は欲しい。
たぶんあれは回復薬だよなぁ。どこかで手に入れたい。
備えあれば憂いなしだもんな。
訓練場を抜け、冒険者ギルド一階に戻ると、冒険者もギルド職員もほとんどいなかった。
きっと南門の防衛の方に回っているのだろう。
ゆっくりと歩いて南門のに向かう。
昨日までは賑わっていた商店は軒並み締まっており、人気がない大通りはとても寂しいものだ。
どうやら住民の多くは、ボラルス中央の避難所に集合しているようだった。
南門に着くと冒険者や衛兵が忙しなく準備をしている。
木材でバリケードを作ったりしているが、使われることがない事を祈ろう。
使われるってことは、俺とギルドマスターが失敗するっていうことで……。
つまり、俺は死んじゃうってことなので……。
祈ろう。
とにかく祈ろう。
異世界に来てまだ二日目。
”野望”のためにもまだこんなところで死ぬわけにはいかない。
二十分ほどかけて南門に到着する。
俺がついて数分もしないうちに巨大な鉄塊を肩に担いだアンブリックが、ギルド職員が御者をする馬車に乗って近づいてきた。
「さぁ乗るのじゃ、調子に乗った岩小鬼を懲らしめに行くかの」
アンブリックの手をつかみ乗り込む。
馬車は勢い良く南門を抜け、俺にとって初めての戦場に繰り出してく。
街から聴こえる声援は段々と遠ざかり、次第に聞こえなくなっていった。
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