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86話 静電気と正座


冷たく、薄暗い牢屋の中で、幾度となく繰り返されて来た問答が響く。

二人の声以外には、牢屋番の大きな寝息だけが、何もないこの寂しい空間を埋める唯一の緩衝材だ。


「よぉ〜。本当に俺っちの妹は無事だったんだろうな!?」


「しつこいなぁ。何回目だよそれ聞くの」


本日何度目の質問だろうか。

通算で五十回は同じ事を聞かれている気がする。


俺が地下街から戻り、牢屋に入り直してから二日目。


地下街への入り口を警護していた扉番のロッソが、地下街から出て行く俺を見て貧民に変装した貴族が視察に来ていたと勘違いしたらしく、「先程は失礼致しましたぁッ!ご無礼をお許しください!どうかお命だけは!!」と懇願して来た。


それだけ生きてここを出て行く人間は少ない様だ。


その反応が面白いのでそのままにしてしばらく冷たい目で観察をしていたところ、それを見かねたペルシア姫が「その方は貴族ではなく、冒険者ですよ」と教えると、ばっと抱きついていた俺の足を離し「旦那!人が悪いですよ!」と心底安心した様子で地面に尻をつけた。


ロッソを揶揄った後は何食わぬ顔で牢屋に戻ると、ノーチェがすかさず鉄格子にしがみつき、先程の質問をしつこく繰り返して来たのであった。


「んで、俺の提案に乗ってもらえるのかな?」


「ドルガレオ大陸に行くって話か? ニエヴェが行くって言うなら俺っちが行かないわけにはいかんだろ」


昨日この提案をした際には、少し考えさせてくれと静かになったが、どうやら腹は決まったようだ。


俺はてっきり、可愛い妹にそんな危険な真似はさせない!みたいな感じで、即断わられると思っていたので意外だった。


「じゃあ後はペルシア姫が吉報を持って来てくれるのを待つしかないな」


「噂をすれば何とやらってやつみたいだぞ」


ガシャリガシャリと鎧同士が擦れる金属音が響く。

先頭を歩くのは金髪縦ロールが特徴的な、この国の王女であるペルシア姫だ。


数時間前、地下街から全身を布地で覆った小鬼病の住人を連れ出し、俺から受け取った《花汁》を手に、国家反逆罪を取り消してもらえるように、国王陛下に交渉に向かってもらったのだ。


「ここではあれなので、また下に向かいますわ。マルケル、またお願いね?」


「はっ!」


騎士達は寝ていた牢屋番を叩き起こし、今しがた入って来た方向へ戻っていった。


「今度は貴方もご一緒にどうぞ。今回はそこにおいてある装備もしっかりと着用してくださいね」


ペルシアはそう言うと、俺とノーチェの牢屋の鍵を開け、先日と同じように奥へ奥へと進んでいった。


俺とノーチェはそそくさと着替え、先を行く全身を布地で覆った数名の後ろからついて行くと、前方から驚きの声が上がるのが聞こえた。


「姫様! ご病気が良くなったんですかい!? それにお前達も!こいつはたまげた!!」


この甲高い声の主は、昨日俺がいじめたロッソの声だ。


話の内容から察するに、おそらく今回は《花汁》を塗るのではなく飲んだのだろう。


ペルシア姫に遅れて到着した俺も、詰所の灯りに照らされた王女様達の姿を見て驚いた。


相変わらず緑色の肌は変わっていないが、全身が吹出物で覆われていたその皮膚は、腫れが引き綺麗に治っていたのだ。

恐らくだが《花汁》を飲んだのだろう。

全身を布地で覆っていた他の小鬼病の人達も、その皮膚は綺麗に治っていた。


「貴方が貴族だと勘違いした冒険者の方のお陰ですよ」


「やっぱりあんたは凄いやつだったんだな!」


完全武装した俺の姿に驚きつつも、ガハハと豪快に笑い、またしても肩を組んで来る。


重厚な扉を抜け、地下街の診療所へとやってきた。

既にノーチェは俺の隣には居ない。


診療所から百メートル程手前で、「ニエヴェの声がする!」と言って先に走り出したのだ。


流石は兎人族。

優秀な聴覚と俊敏な脚力はその名に恥じないものだった。


「まったくもう!兄さんは本当にせっかちなんだから!」


「面目無い……」


一足遅れて到着した俺たちが見たものは、悠々とテーブルに座り紅茶を啜るライアの姿と、ニエヴェに説教されて、地面で正座をしているノーチェの姿だった。


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