82話 静電気とコロちゃん
その場にいたら魔力を搾り取られそうな、そんな危険な香りがフィーから漂ってくる。
何かされる前に逃げよう、そう思い、入り口に身体を向けた時だった。
目の前に見たことのある小さな魔力の渦が発生する。
《転移》の魔法を使った時に現れるものだ。
俺の知る限りこの転移魔法を使う事ができるのは一人しかいない。
魔力の渦から這い出る様に、その偉大な魔法使いは現れた。
「ライア!ったくどこ言ってたんだよ。心配したじゃないか。花ちゃんは一緒じゃないのか?」
ライアは花ちゃんとは一緒ではなかった。
《探知》で探しても花ちゃんがいない事がわかる。
突然のライアの登場に、ペルシアは少し驚いているが、フィーグーは微動だにしていない。
彼女達の反応から察するに《転移》での登場は見られていないようだ。
もし《転移》を見られていたとしたら、もっと大変な騒ぎになっているはず。
「おや? お前こそ牢屋にいたんじゃなかったのか?」
「質問を質問で返すなよ。花ちゃんはどこに行ったんだ?」
俺はわざと語気を強める。
花ちゃんに何かあってみろ。
事と次第によってはただではおかないからな。
「安心しろ。あの魔界草なら安全な所において来た」
ライアは小声で囁いた。
「安全な所? 安全な所ってどこだよ」
「どこってドルガレオ大陸にある私の別荘だが」
それだけ言い、ライアは周囲を見渡すそぶりをみせると、
「フィー!久しぶりだな」と腕を上げて挨拶をした。
その光景を見た俺は、文句を言いたくなるのをぐっと堪え、浮かんだ疑問を解消する為に声をかけた。
「知り合いなの?」「お知り合いですか?」
俺とペルシアはほぼ同時に口を開いた。
どうやらペルシアも同じ事を思った様だ。
俺は、ライアとフィーの関係を見て尋ね、ペルシアは恐らくだが、会話をしている俺とライアの関係と、ライアとフィーの関係を見てそう尋ねたのだろう。
「昔ちょっとな」とライアが言った。
フィーは苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
これで納得した。
彼女も魔族だ。
普通の人族よりも遥かに多い魔力。
先程、黒かった瞳が一瞬だけ紅く見えたのは、気のせいではなかったようだ。
「魔吸虫か。随分とまぁ悪趣味な魔物を飼っているんだな。昔はこんな虫いなかったはずだが、それにしても……成長しすぎじゃないか?」
このダンゴムシはマキュウチュウ?と言うのか。
ライアは覗き込む様に、フィーグーの背後にいる巨大なダンゴムシを見た。
「うちのコロちゃんに向かって悪趣味とは失礼な。今やこの王都は彼女に支えられているようなものなのだからな!」
コロちゃんってダンゴムシみたいに転がるのかな。
しかも彼女って……こいつはメスなのか。
見た目は完全にダンゴムシだからなぁ。
入れには外見からじゃ判断できん。
「お前も気をつけろよベック。この魔吸虫と言う魔物は厄介でな。細くて長い触手をいつのまにか伸ばして魔力を吸い取ってくるからな。魔法使いにとっては天敵のような魔物だ」
「何それ怖い……」
反射的に俺の身体を覆う様に《魔障壁》を張る。
なるほど、“魔力を吸収する虫”で魔吸虫ね。
触手プレイはされてるのを見るのは好きだが、されたくはない。ついつい足を後ろに下げ距離を取ってしまう。
「野生の魔吸虫じゃあるまいし!うちのコロちゃんはそんな節操のない事はしないよ!」
俺の《魔障壁》の魔力に反応したのか、飼い主の言葉とは裏腹にしゅるりと黄色で半透明な触手が伸びて来た。
「あっ!こら!コロちゃん!ダメだってば!」
俺へと伸びる触手と阻止しようと、フィーが触手に手を伸ばすと黄色い半透明の触手はフィーを巻き取った。
めちゃくちゃ節操ないじゃねーか!
幼女が触手に巻き取られると、まるで熱せられたアスファルトから揺らめく蜃気楼の様な、目に見えるほどの濃い魔力が触手に吸い込まれていくのがわかる。
フィーグーは「あぁん、コロちゃんっ。そんなに吸っちゃダメェ!」と顔を赤らめ、息を荒くしている。
そうそう、こういうのは見る方が断然良い。
これでヌルヌルしてたら完璧だったんだけどね。
一方でコロちゃんはと言うと「ギィイィィ」と薄気味悪い声を上げている。
フィーグーを掴んでいない触手がぶんぶんと振られている事からきっと喜んでいるのだろう。
「ほらな、まったくもって恐ろしい魔物だ。野生の魔吸虫はもっと小さいんだが、このサイズになるとどれだけ吸われるかわかったもんじゃないな」
「お前もあんな風になりたくないなら気をつけるんだな」と言い呆れ顔でフィーを見ている。
「ゴホン! そちらのお方が貴方がお探しになっていたお仲間ですか?」
冷たい目で静観していたペルシアが空気を変えた。
「あぁそうです、ペルシア様。パーティメンバーのライアです。どうやらフィーさんと知り合いだったようですね」
「無事合流できた様で良かったです。後は兎人族の妹さんですね」
「確か診療所にいるかもしれないんですよね?ちょっと行って見ても良いですか?」
「そうですね、行きましょう」
コロちゃんの触手に吊られ「あぁん」と艶めかしい喘ぎ声をあげる、見た目が幼女のフィーグーを放置し、診療所に向かう。
魔工学研究所の扉を開けると、地下にいるのにかかわらず陽の光を感じ、風が流れ、空気も澄んでいる。
足元に敷き詰められている土の匂いも、鼻で感じられるくらい本物にそっくりだ。
そんなことを考えながら診療所へと足を向ける。
診療所までの道すがら、小鬼病の治療法をライアに聞いてみるとするか。