80話 静電気と最奥
重厚な石壁がゴゴゴと音を立てて横に開く。
その奥には地下へと続く階段がぽっかりと口を開けていた。
一歩、ペルシアが足を踏み入れると、壁に掛かった、魔工具の洋燈が次々と順序良く点灯し、暗い階段を奥まで照らす。
「魔力があるところから……? でもオレガルド大陸は、魔力に乏しいんですよね?」
「私は行ったことありませんが、ドルガレオ大陸と比べてしまうと、そう感じてしまうのかも知れないですね。ですが空気中に漂っている魔力だけが、魔工具の動力源と言うわけでは無いのですよ」
一歩、また一歩と階段を降りて行く。
「あ、地下に魔力溜まりがある、とかですか? それだったらこの都市全体が魔工具で溢れてても大丈夫そうですよね」
「ここがそんな土地だったら良かったのですけどね。残念ながらそう言った稀有な土地ではなかったので、こうするしかなかったそうです」
階段を降り切ると、目の前には俺の背丈の三倍はある金属で出来た扉が鎮座していた。
その脇にある詰所の様な所には、全身鎧を着た騎士が二人控えており、その内の一人が声を掛けてきた。
「姫様直々に新しい住民を連れて来られるとは珍しいですなぁ」
随分と特徴のある甲高い声だ。
「随分立派になったわね。ロッソ。街の端で死にかけてた孤児が良く出世したものだわ」
「それは言わないでくださいよ!いやぁ、初めて来た時はびっくりしましたが、よっぽど外の世界より良い生活が出来てますよ。自由はありませんが、ここは自由ですからね」
「それは何よりね。お父様も助けた甲斐があった事でしょう。そういえば子供が生まれたらしいじゃない。今度抱かせてちょうだいな」
「是非とも抱いてやってください! おっといけねぇ。足を止めさせちまってすいませんでした! 兄ちゃん元気出せよ。この中なら生活に困る事はないからな! 第二の人生だと思って楽しく過ごそうぜ!」
そう言うと、ロッソと呼ばれた全身鎧の兵士は「ガッハッハ」と、笑いながら俺の肩をバンバンと叩いた。
「あ、はい……」と挨拶だけして、先を歩くペルシアを追いかける。
地下牢からの石壁の様に、巨大な金属で出来た扉が、ペルシアの手が触れただけで、まるで自動ドアの様に独りでに開いた。
「何ですか……ここは……」
「これがこの国の秘密よ」
目に飛び込んできたのは、太陽の様な明るい陽の光。
肌に感じる暖かな陽の光と、広大な土地に広がる草花の絨毯。
まるで家の外が草原になったかの様な光景に思わず息を飲む。
その草原の先には、何軒もの家々が建ち並び、様々な種族が生活を営んでいる様だった。
ここが王城の地下だなんて誰が信じるだろうか。
「地下に……地下に街があるんですか?」
「言ったじゃない。魔力が無いなら、魔力があるところから奪えば良いって。ここは、この街に住む人々から魔力を奪う為の街。死ぬまで一生魔力を搾取し続けるの。それがこの地下街とここで暮らす住人の役割なのよ」
街の中に入ると、すれ違う住民が全員、ペルシアに向かって明るく挨拶してくる。
地下街の街並みも、地上の住宅地区に負けず劣らずの建造物が建ち並び、物の売り買いさえされている様だった。
「さっきの兵士が言ってた自由はないけど自由って……。一体どう言う事なんですか……?」
何と無く想像はつくが、聞かずにはいられなかった。
『自由はないけど自由』恐らくこの都市に貧民街がないのも、きっとこの地下街があるからなのだろう。
「一生、ここで生活することになるわね。だから自由がない。ここで生まれた子供も同様に、ここで育ち、ここで死んでいくわ。外に出る事は許されないの。あぁでも死ねば外に出られるわね。牢屋に入っていた囚人が死んだ、と言う名目になるのだけど」
「その……住民からは不満は出ないんですか? 魔力が少なくなれば体調不良だって起こすはずです。それを奪い続けるなんて、それこそ直ぐに死んでしまうんじゃ……」
「この地下街では、魔力を提供する事と引き換えに、必要最低限度の衣食住、それに仕事だって、何もかもが全て提供されるのです。それに、ここにいる方々は皆、孤児だったり、自力で生活できなかったり、それをサポートする為に呼ばれた人達ばかりなのですよ」
この地下街に入った時から《探知》を使っているが住民の人数は千人ほどだろうか。
頭痛を堪えながら探知を広げるが、花ちゃんやライアはいないようだ。代わりに巨大な魔力が二つ、この地下街の入り口とは反対側、その一番奥のまるで工場の様な建物の中にいるのがわかる。
(一つは随分と小柄だが人……だな。もう一つは馬鹿でかい半球体の様な形だ)
「着きました。ここが地下街の最重要施設。魔工学研究所ですわ」