7話 静電気とテンプレ
やっぱり初めて入った冒険者ギルドでは、新人冒険者は絡まれる運命なんだな。
テンプレって奴だ。
「ほっとけベック。こういうやつらは無視するのに限る」
リックさん良いこと言いますね。
無視しましょう。
「おい!無視してんじゃねーぞ!!」
そうそう、こういう輩は相手にしないに限るよ。
「無視すんじゃねえっていってんだろ!」
何だよコイツ。めちゃくちゃしつこいな!
リーダー格と思われる若い冒険者が大声を上げる。
汚れ一つ無い綺麗な皮の軽鎧を着た、紫色の丸いアフロヘアーの男。
正直顔はイケメンだと思うが、髪型のせいで台無しだ。
紫アフロを見た瞬間、俺はコイツをデスボールと呼ぶことに決めた。
緑の星を征服しに来る、冷凍庫みたいな名前のアイツの指先にしっくりきそうだ。
デスボールはずんずんとガニ股で威嚇するように近づいてくる。
田舎のヤンキーかコイツは。
ッつ!? なん……だと……?
ガニ股だけに飽き足らず、肩で風を切ってやがる!
動きは完全にそっちの筋のお方だ。
何だってコイツはこんなに絡んでくるんだよ。
おっさんが冒険者になっちゃいけないルールでもあんのか!?
くたびれてるけど、夢追いかけたっていいじゃねーか!
確認だ! 確認が必要だ!
「ティリアさん……でしたっけ? 冒険者になるのに年齢制限とかあるんですか?」
「いえ、ありません。冒険者は自由な職業ですからね」
「おい、デスボール。 年齢制限なんて無いみたいだけど?」
「デ、デスボール? 俺の事か? 俺の名前はパコだ!」
あら、可愛い名前。
中学生の時によく着た洋服のブランドを思い出すね。
「お前みたいなおっさんが冒険者になったって、死ぬのが落ちだって言ってやってんだよ!」
何だよコイツ心配してくれてんのか?
意外といいやつじゃねーか!
「アドバイスしてやったんだ。アドバイス料寄越しな。さっき貰ってた金貨二枚でいいぜ?」
前言撤回!
やっぱりクソ野郎じゃねーか!
つーかそっちが狙いかよ。
ケルセイさんに金貨もらった時、後ろで騒ついてたのコイツらだったか。
「おい、いい加減にしねえか。俺たちは忙しいんだよ。ガキはすっこんでな」
リックパイセン、めっちゃかっこいいっす!
歴戦の冒険者はやっぱ違うね。
眼力が違うよ。眼力が。
もっと言ってやってくださいよ。
俺の代わりに。
「お前は関係ねぇだろ! 授業料だ! さっさとよこせって言ってんだろ!」
リックパイセン!逆効果じゃないっすか!
煽りに逆上したデスボールが、殴りかかろうと拳を振り上げる。
冒険者だからか、その動作は素早い。
喧嘩なんて生まれてこの方したことはない俺は、思わず反射的に腕を上げ、目を瞑りそうになる。
咄嗟にあげた俺の掌に、偶然にもその拳が触れる。
体内に蓄えられた電力が俺の手を伝って《接触放電》によりデスボールに放たれる。
それはもはや、静電気とは言えない威力で、強力なスタンガンくらいの威力はありそうだった。
デスボールは一瞬ビクッと痙攣すると、拳を前に突き出した状態のまま、泡を吹いて床に倒れた。
今気がついたが《静電気EX》の“接触により放電する”って人間にも有効なんだな……。
今度から人とすれ違う時とか気を付けよう。
「パコ!?」
「クッソ!卑怯だぞ!不意打ちなんかしやがって!」
「卑怯者!」
急に倒れる仲間に驚きつつも、取り巻き三人が口汚く罵ってくる。
「うるせえ!いきなりいちゃもんつけてきたのはお前らじゃねーか!」
おじさんだんだん腹たってきたぞ。
もう容赦しないもんね。
建物や周囲に被害が出ないよう、魔力膜で俺と三人を包み込む。
どうやら魔力に包まれていることに誰も気がついていないようだ。
ここまできたら、やる事は一つ。
魔力膜の内部で放電する。
内部で放電された電力は魔力膜内で乱反射し、取り巻き三人を貫く。
ちょっとやりすぎちゃったようだ。
三人は口から煙を出してその場で硬直している。
周囲の冒険者やギルド職員が唖然としている。
「今の魔法か?」
「わからん」
「見たことない魔法だな」
「それより詠唱してなかったぞ」
「じゃあ無詠唱か!?」
「やべえ奴が来たな……」
倒れた四人を助けようとするものはいなかった。
◇
「それじゃあちっと個室で報告させてもらってもいいか? あまり聞かれたくないもんでな」
「かしこまりました。今ご用意致しますね」
リックは誰が聞いてるかわからねえ、と小声で伝える。
やっぱり、岩小鬼はこの辺にいない魔物らしいから、周りが混乱しない様に配慮しているのかな。
「ではこちらへどうぞ」
そう言って奥の個室に案内される。
豪華とは言い難いが、ふかふかのソファや調度品などが揃えられている。
恐らく応接室か何かだろう。
「早速だが、これを見てくれ」
リックが手に持った袋をひっくり返すと、中からロックゴブリンの耳が出てくる。
「7匹分……岩小鬼の討伐証明ですね。でもこれでしたらさほど珍しくはありませんよね?」
「確かに珍しくはねえ。山奥のダンジョンに行けばいくらでもいるからな。問題はコイツが、この街から、たった数時間しか離れてない街道沿いの場所で遭遇したって事だ」
驚愕の表情と共に、ゴクリ、と受付嬢の喉が鳴る。
「もう既に、山の麓や近隣の村に被害が出てるかも知れねえ。すぐにでも早馬を出して無事かどうか確認するべきだ」
「わかりました。すぐにでもギルドマスターにお伝えします。ですが、この件とベックさんにどの様な関係が?」
「俺はこいつに助けられた。7匹のうち4匹はベックが倒した。それに山の麓でもロックゴブリンに遭遇したそうだ。場所がわかればあいつらが潜んでいる場所がわかるかも知れねえ」
「リックさんが助けられた? 先程冒険者になったばかり……ですが――」
先ほどの様子でしたらありえない話ではないですね、と一人で納得した様子だ。
俺はロックゴブリンに遭遇した場所と近くに洞窟があった事、そしてそこがもう崩れてしまっている事を話した。
「あの山は鉱山です。一箇所入口が崩れていても、他の出入り口があっても不思議ではありません。鉱山に住み着いている可能性も大いにあり得ます。では、ギルドマスターに報告してまいりますので少々お待ちください」
そう言ってティリアは足早に立ち去っていった。
「今回の依頼で引退しようと思ってたんだがな。最後にもう一仕事ありそうだ」
フラグを立てるのやめてください。
立ちそうになるフラグを折るべく、話題を変える。
「リックさんはC級冒険者ですよね?ランクを上げるにはどうしたらいいですか?」
「そうだな、ランクを上げるにはまず依頼を達成させることだ。採取系から始まり、人探しや、今回みたいな護衛任務、あとは魔物の討伐依頼なんかもある。依頼をこなしてギルドに貢献するとそれに応じた評価を貰える。それが等級となって還ってくる感じだな」
「じゃあ依頼をこなさないとダメですね」
F級は薬草採取から始めるのが妥当らしい。
いきなり魔物討伐に行って帰ってこない新人冒険者も少なくないのだそうだ。
他にもウルフなどの低級魔物の討伐などもあるらしいので、依頼が張り付いているギルドボードを後で確認してみるか。
◇
リックさんと話しながら待っていると、どんどんと、ドアをまるで丸太で突くような音が聞こえた。
直後、ぬうっと禿げ上がった頭部がドアを潜る様に入ってくる。
(あっ……ノックの音だったのか……)
そう思ったのも束の間、まるでサンタクロースのような、立派な髭を携えた、二メートルは軽く超える筋骨隆々の巨大な老人が応接室に入ってくる。
身に着けている服は今にもはち切れんばかり。
そしてなによりでかい。
思わず見上げてしまう。
続いて入ってきたティリアが子供の様に見えてしまう。
「リック、元気にしとったか」
「ギルドマスター、お久しぶりです」
「話はティリアから聞いた。今回の件じゃが、先程、周囲の村に職員を派遣した。直に詳細がわかるじゃろう」
このでかい、髭もじゃの爺さんがギルドマスターか。
めちゃくちゃでけえ。
腰掛けたソファがミシミシと悲鳴を上げる
2人がけのソファのはずだが、まるで普通の椅子のように見える。
「して、お主がベックか。情報提供感謝するぞ」
じろりと見据えられ、思わずたじろぐ。
「なかなかのレベルだそうじゃな。先程冒険者登録をしたとか。将来が楽しみじゃ」
「ありがとうございます」
思わずお礼を言ってしまった。
「詳細が分かり次第、討伐依頼が出されるじゃろう。しかしな、今この街にいる冒険者はFからEくらいしかおらん。奴らじゃ岩小鬼は倒せんじゃろう。つまりは、じゃ。リック頼めんかの」
フラグは折れていなかったみたいだ。
「俺だって魔術師とパーティを組んでやっと安全に倒せる魔物だぜ?」
嫌な予感がする。
ちらりとこっちを見ながら禿げ巨人が言う。
「何も一人とは言っておらん。そこのベックとやらは岩小鬼を倒せるのじゃろ?」
「ベックは俺より強いからな」
「じゃあ決まりじゃな。職員が戻り次第、状況を確認して、出発してもらう」
強引に岩小鬼討伐依頼を受けさせられてしまった。
出発は早くとも明後日になるそうだ。
「お主らもう宿は決まっておるのか?良かったらギルドの二階を使うがいい。金はいらん。好きに使え」
このやり取りの後は解散となり、リックさんはディーナさんを連れ、治療院に向かった。傷は塞がっているが、神官に治療してもらうそうだ。ヒーラーとかいるのかな。
俺はお金もないのでお言葉に甘えてギルドの二階を使わせてもらうことにした。
(とりあえず腹減ったな……)
マジックバッグの中にある焼き魚を取り出し頬張る。もうそろそろ焼き魚もなくなる。
ここにくるまでにあった肉の串焼きの屋台やハンバーガーの様な屋台の食欲をそそる香りを思い出した。非常に心揺さぶられるが、金がない。
手持ちの資金はケルセイさんに貰った金貨二枚だ。
この資金で装備や食料のやり繰りしつつ、依頼をこなさないと。
金がない男はモテないのだ。
それにいつまでもスーツ姿だと目立って仕方がない。
一階に降り、ギルドボードを確認する。
見たことない文字だが、意味はわかる。
リックさん達とも普通に会話できるし《異世界言語》のおかげかな。
なになに?
☆薬草採取
薬草一株につき 銅貨10枚
☆サボンの村 ウルフ退治
近頃村の周囲にウルフの群れが住み着いた。
退治してほしい。報酬 銀貨20枚
☆火の魔鉱石採掘
あるだけ買い取るぞ!
キロ単価 金貨2枚 質によって上乗せあり。
魔鉱石ってなんだ?
もしかしてあの洞窟で手に入れたやつの中に入ってるかな?
そんなことを考えているとティリアさんが話しかけてきた。
「ベックさん、何か気になる依頼でもありましたか?」
「先程お話しした洞窟で色々鉱石を見つけたので、何か納品できるものはないかと思いまして」
「なるほど。火の魔鉱石の採掘依頼が出てましたね。今お持ちでしたら、鑑定しましょうか?」
自分が持っている鉱石が何かわからないため、鑑定してもらうことにした。
カウンターに移動し、次々と大きさも色も大小様々な鉱石を積み上げていく。
「ちょちょちょ! どこからこんなにいっぱい……えっ? もしかしてその袋って……んぐっ」
ティリアさんの口を慌てて手で塞ぐ。
危ない。
迂闊だった。
マジックバッグの事は知られない様にしないといけないんだった。
パシパシと腕を叩く感触を感じ、慌ててティリアさんの口から手を離す。
ティリアの唇に触れた手には生暖かい吐息と柔らかい唇の感覚が残っている。
おっと、これはもう手を洗うことはできないな。
この手にキスしたら間接キスじゃね?
グヘヘ。
苦しかったのか、ティリアは顔を赤くしながら恨めしそうにこちらを見る。
その姿が非常に可愛らしい。
平静を装う。
「すいません。これは内緒でお願いします」
「もう、急に抑えるからびっくりしちゃったじゃないですか」
未だ頬は赤く、唇をアヒルの様に突き出して怒っている。
めちゃくちゃ可愛い。
少し見惚れてしまい、それを誤魔化す様に尋ねる。
「この中に依頼にあった火の魔鉱石はあります? あまり詳しくなくて……」
「そうですね、この赤い色をした鉱石が火の魔鉱石です。でもこんなに大きなサイズなかなか見かけませんよ。それこそデドステア山脈の奥深くで取れる様なものじゃないでしょうか」
取り敢えずいいものってことかな。
あるだけ納品してみるか。
「じゃあこれの納品をお願いします」
「わかりました。依頼主様とギルドで査定させて頂いたのち、報酬をお支払いしますね」
10キロ分はあったから金貨20枚くらいにはなるかな。
ティリアさんに挨拶し、部屋に戻る。
寝るまでにはまだ時間があるな。
慣れた手つきで放電した電力を魔力操作によって形態変化させる。
しばらく手遊びの様に放電していたが、なれない旅で疲れが出たようだ。
急激な眠気を感じ眠るようにそのまま意識を落としていった。
誤字脱字、感想などお待ちしております。
面白いと思って頂けたら評価、ブックマークよろしくお願いします。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。