78話 静電気と力不足
「皮膚の色まではわかりませんが、その吹出物なら治せるかも知れませんよ」
「なっ!それは本当か!?」
ペルシアの顔は驚愕に彩られている。
「おい! そんな奴治療してやる必要ないだろ!! お前だってそいつのせいで投獄されてるんだぞ!?」
隣の牢屋から声が聞こえる。
ノーチェは納得がいかないんだろう。
(いやぁ……俺が投獄されてるのは自業自得です……)
「それでなんですけど、そこの牢屋番の下にある俺のサイドポーチ取ってもらえませんか?」
ノーチェを無視して声を掛けると、騎士たちに緊張が走る。
騎士の緊張を知ってか知らずか、ペルシアは無造作にサイドポーチを取ろうとする。
「姫様! 危険です!」
「お前は!私に!希望を持ってはいけないと言うのか!」
怒声が響き渡る。
それでもなお、騎士が前に立ち塞がる。
「別に武器や毒なんか入ってませんから大丈夫ですよ。それに正直言ってこんなとこ、逃げようと思えば直ぐにでも逃げられますからね。やって見せましょうか?」
(ポーチを取るだけなら《魔力手》伸ばせばすぐだし、この鉄格子だって《雷槍》で簡単に斬り裂ける。さらに言うと《転移》もあるしな)
「なっ!姫様やはりこいつは危険です!客間から居なくなった、こいつの仲間が近くに潜伏しているかも知れません!」
ほれ見たことか、と上級騎士は抜刀し、俺の喉元へと鋭い剣先を向けた。
『客間からいなくなった』つまりは、ライアと花ちゃんは逃げ果せてるってことだな。
良きかな、良きかな。
それにしてもこの騎士「危険です!」しか言わねーな。
語彙力足りなさ過ぎだろ。俺も人のこと言えないけど。
「本当なんだな? この私の醜い顔はなんとかなるんだな!?」
鉄格子に顔がめり込みそうなくらいの勢いで掴みかかってくる。
「多分ですよ、多分……。使ってみないと何とも言えませんし。嫌ならやらなくてもいいです」
「…………」
ペルシア王女は下を向いて、思慮を巡らせているようだ。
暫く逡巡すると、ついぞ決心したのか、力強い目で俺を見据えた。
俺に向ける無言の視線を肯定と見なし、「んじゃそれ取ってください」と、サイドポーチを指さす。
騎士たちが警戒する中、サイドポーチをペルシアから受け取った俺は、試験管のような小瓶に入った《花汁》を取り出し、ペルシアに渡す。
手に持った《花汁》を見たペルシアが、ごくりと喉を鳴らすのが分かる。
(そりゃそうだよな。もしかしたら毒かも、なんて考えるのが当たり前だ)
「まぁ飲んだ方が良いんですけど、心配なら指先にその汁を付けて軽く塗って見たらどうですか? お試しって事で」
ペルシアは手につけていた白い絹のような手袋を外した。
その下から現れた皮膚も、その顔と同様に吹き出物に塗れ、緑色に変色していた。
「いつからですか……?」と、思わず聞いてしまった。
「もう十年前からかしら。昔は普通の人間だったのよ。私も。ある日、右足の甲に小さな小さな、本当に小さな吹出物が一つ出来たのよ。そこから数年かけて全身に廻っていったの」
「今ではこの有様よ」と、目尻の涙を人差し指で拭った。
一国の王女が小鬼病。
彼女がしてきた苦労は俺の想像を遥かに超えたものだろう。
それを少し考えただけで、胸が締め付けられるような気持になってくる。
偽善かも知れないが、「助けてあげたい」と素直にそう思った。
小瓶を持った彼女の手は震えている。
しばし、この石壁の空間に、外からの空気が流れ込む、ひゅうと言う音だけが木霊し響く。
思えばーー彼女のその乱暴な話し方は、彼女自身の気持ちの裏返しなのかも知れない。
病気が治らない事で感じる、自分に良くしてくれる父親への後ろめたさや、奇異な視線を容赦なく浴びせかけてくる眼。
弱っていく心を守るためのベールを、その態度で作りげているのだろう。
彼女は十年もの月日を耐えてきたのだ。
「やめておきますか?」
俺の問いかけに、彼女は小瓶のコルクを抜く事で応えた。
そっと小瓶を傾け、小瓶を持つ手とは反対側の手のひらに中身の液体を数滴垂らした。
「んっ」と小瓶を俺に突き出し、俺はその小瓶を受け取る。
ペルシアはハンドクリームを塗りこむように、満遍なく両手で《花汁》を塗り込んでいく。
(ハンドクリームか……。《花汁》をキズ薬みたいに粘度が高い油分を混ぜるのも良いかも知れないな。だとしたら石鹸と混ぜ合わせて、薬用石鹸とかを作っても良いかも知れない)
新しいアイディアを忘れないうちに何かに書き留めたい衝動を感じていると、《花汁》を塗りこまれたペルシアの両手から、シュウシュウという音を立てて蒸気が上がり始めた。
「見て! マルケル! これを……この私の両手を見てちょうだい!腫れがみるみる消えていくわ!!」
「なんという事だ……。腫れだけではございません!傷も……傷も消えていきます……! これは奇跡か!? ぐっ……うぐっ…………」
マルケルと呼ばれた騎士は、驚愕しペルシアの傷が無くなった両手を大事そうに自身の両手で包み込んだ。
その両手に額を当てると、大粒の涙を流しながら嗚咽を堪えるように泣き始めた。
ペルシアの両手にできた吹き出物は消えたが、しかし残念なことに、その皮膚の色は緑色のままであった。
「駄目ですか……すいません、力不足でした」
《花汁》は怪我は治せるが、病気までは治せないようだ。
だが、吹出物などの皮膚炎が抑えられる事が分かっただけでも進歩と言えるかも知れない。
「そんな事はない。私はこんなに綺麗な自分の肌を見たのは久しぶりだ。それだけで十分だ……」
ペルシアは満足そうな顔をしている。
しかしそれでは俺が納得できなかった。
こうなったら意地でもペルシアの病気を治してやりたい。
「もしかしたら、俺の仲間がもっと詳しい治療法を知っているかも知れません。ですが、この城の客間で別れたのを最後に行方が分からないのです。何かご存知ないですか?」
ライアや《賢者》のおっさんなら、治療法を知っているかも。
問題は2人がどこに行ったかだよな。
「恐らく、お父様だと思うわ。この国には、民も知らない秘密があるのよ……」
そう言ったペルシアの目は暗く光のないものだった。




