77話 静電気と小鬼姫
ガシャリ、ガシャリと鎧の音。
その金属同士がぶつかり合う音が、石壁で出来たこの牢屋の中ではよく響く。
その音が俺の居る牢屋の前で止まると、鉄の格子越しに声をかけて来る人物がいた。
フリルのついたピンク色のドレスを身に纏った女性だ。
特筆すべきはそのブロンドの髪色と、縦に巻かれたドリルのような髪型だろうか。
騎士たちの背後にある松明の灯りが逆光になり、女性の顔は窺い知れなかった、が。
当の本人が松明を持ったことでその顔が露わになった。
「貴方があの石鹸を作った冒険者ね!」
活発そうな声の主は、あらゆる音が反響する石壁で出来たこの部屋には、些か大きすぎるであろう声量で話しかけて来た。
彼女は騎士から受け取った松明を突き出した。
その灯りに照らされた容姿は、お世辞にも美人とは言えなかった。
いや、むしろ化け物だった。
顔は吹き出物に塗れ、腫れ上がっている。
元の素顔がわからないほどに、だ。
更によく見ると、肌の色が変質しているのがわかる。
肌色ではなく、緑色なのだ。
「え、えぇ。どの石鹸かはわかりませんが、石鹸は作りました」
思わず悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪え、言葉少なめに返事をする。
「私の顔を見て、そんな反応だけなの? もっと『ヒッ!』とか『ゲェッ!』とか言わないのかしら」
「いえ、特には……」
「そう……。ッそれより貴方が作った石鹸には感謝しているわ。おかげで肌荒れが少なくなった気がするもの! それにとってもいい香りね! 荒んだ心が癒されていきそうだわ」
彼女の顔は、思春期でニキビがひどい小鬼みたいな顔だ。
「さっきからその反応……本当に私のこと知らないの? この街の大体の人間は私の事を見ると、そそくさと逃げるか完全に服従するか、のどちらかなのに」
「すいません。まったく知らないで――」
「おい!小鬼姫!!俺の妹をどこへやった!!」
隣の牢屋で聞き耳を立てていたであろうノーチェが激昂する。
鉄格子に掴みかかったようで、牢屋唯一の出入り口がギシギシと悲鳴を上げている。
流石はA等級の冒険者といったところか。
「おい!静かにしろ!」
騎士達は格子の隙間から出たノーチェの腕を剣の鞘で叩き伏せる。
その痛みからだろうか「グゥウッ」と呻き声を上げるも、「俺っちの妹を返せ!」と、威勢良く大声をあげた。
「妹? 一体なんのことだ? 私はそんなもの知らないぞ」
小鬼姫と呼ばれた女は眉を顰めている。
「とぼけるな! 俺っちの耳は確りと聞いたんだ! 一昨日兎人族の薬師の女を捕まえたと!」
「それと私が何の関係があるというのよ」
「大ありだろう! お前はその汚い面を治療するために俺の妹を誘拐したんだろ!?」
ノーチェはまたしても鉄格子に掴みかかり抗議するが、小鬼姫の側仕えをしている騎士に先ほどと同様に打ち据えられた。
「そんなの私は知らないわよ。この小鬼病はね、この国のどんな治癒師でも、治る事はないと言われた病気なの! たかが兎人族の薬師一人なんて、私が攫うわけないじゃない!」
「小鬼病……」
緑色の肌に、膿の出た腫れ物。
なるほど、そう言う病気なのか。
どうりで、どうりで。
「そう……私は小鬼病なのよ……。この国の王女たる私が小鬼病。ほんっとうに笑えるわね。でもね、お父様はこんな私を見捨てず、必死になって治療法を探してくれたわ。石鹸も私の顔にできる吹出物治療の為に作られた物なのよ。だからその製造は、厳しく管理され、密造は取り締まられるの」
それを俺が馬鹿にしまくったことが逆鱗に触れちまったってことか……。
「国王様の石鹸ディスってすいませんでした……」
「ディス……なに? よくわからないけど、まぁそう言う事だから。私は攫ってないし、貴方の妹のことなんて知らないわ。知っているとしたら、お父様か秘書官のエゾットでしょうね」
ノーチェは「クソッ」と言い牢屋の奥に引っ込んだ。
「小鬼姫……様? ちっとお顔を見せてもらってもよろしいですか?」
石壁に寄り掛かり座っていた俺は、立ち上がって鉄格子に近寄る。
「貴様!それ以上近づくな!」
俺が危害を加えると思ったのか騎士が声を荒げる。
小鬼姫は「よい」と言って騎士を制止する。
「私の名前は小鬼姫じゃないわ。ペルシアよ。ペルシア=フォレスターレ」
「ペルシア様。ちっと失礼しますね」
近寄って顔を見せてもらう。
あーまじゴブリン。
このニキビ痛そうだなぁ。
皮膚が突っ張ってる。
笑ったりするのもキツそうだ。
髪の毛の匂いはいい匂い。
多分俺の金木犀の石鹸だなこれは。
(この吹出物って傷扱いなのかなぁ)
もし、彼女の肌にできた大きなニキビが骨折や切創と一緒の扱いだった場合、《花汁》でなんとかならないだろうか。
牢屋番の机の下にマジックバッグあるんだけど、取らしてもらえないよなぁ。
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