76話 静電気と謁見②
「くっくくく……。あーっはっはっはっは!」
白亜の石柱が立ち並ぶ謁見の間に、国王陛下の天井が震えるような笑い声が響く。
王様を囲む文官たちの顔は、かなり引き攣っている。
「そうか、気に入らないか!」
「はい。すいませんが、ちょっと……」
笑顔の為、柔和だった王様の顔が、一瞬にして憤怒の表情へと変わる。
「そうかそうか……。それでは仕方ない。衛兵!こいつを牢屋にぶち込んでおけ!」
「はっ!? ちょっと待ってください!」
あっという間に大勢の騎士達に囲まれてしまった。
騎士達は剣と盾を構えて今にも切りかかって来そうだ。
「どういうことですか!?」
「《黙って跪け》」
赤い絨毯に膝を付いてしまう。
なっ、なんだよこれ……。
身体が言うことを聞かない。
口を動かそうとしても動かない。
「《抵抗するな》」
更に《力のある言葉》を重ねられる。
動けない俺は騎士達に拘束されてしまった。
自分の意志とは別に、俺の身体は騎士の指示に従ってしまう。
(糞ッ!なんだこれ!なにかの魔法か!?)
「……ったい俺が何を!」
二度目の威圧の後、声が出るようになった。
何をって……めちゃくちゃディスったなそういえば。
《転移》で逃げられるし、おとなしく捕まっておくか。
「貴様は国家反逆罪だ。早く連れていけ」
「「「「ハッ!」」」」
◇
前後左右、騎士に囲まれ、暗い石壁の通路を歩く。
壁に掛かる松明が、この通路を照らす唯一の灯り。
牢屋番だろうか、木製の机に椅子。
肩肘をついて寝こけている衛兵。
「おい、起きろ」
騎士の一人が寝こけている衛兵の脛を蹴る。
ガタリと机から肘を落とし、口元の涎を拭く牢屋番。
「これはこれは! じょ、上級騎士様! 失礼致しました!」
「国家反逆罪の重罪人だ。しっかり見張れよ」
「はっはいい!」
装備をすべて脱がされ、鉄の格子が嵌められた一室に閉じ込められた。
地下室の淀んだ空気が、陰鬱な気持ちを増長させる。
(はぁ……さて、どうするか……)
あの王様の力は厄介だな。強制的に命令を聞かされてしまう。
今は身体が言うことをきかないと言った不調はない。
効果範囲でもあるのだろうか。
『――平和ボケしているお前に、この違和感はわからないか。精々足元を掬われないように気をつけるんだな』
ライアに言われたとおりだったな。
注告、聞かなかったからこうなっちまったのかな。
そういや、ライアと花ちゃんどうなったんだろ……。
行動起こすなら牢屋番がまた寝始めた今だな。
(《探知》)
謁見の間はここ……か、今は誰もいないみたいだな。
と、すると、確かこっちが客間のはず。
うーん、客間にはライアも花ちゃんも居ないな。
ライアが連れていってくれたのだろうか。
それとも捕まった?
ーー……てるか?
うーん、何処にもいないな。
この分だと無事に逃げられてそうだ。
ーー……聞こえてるか?
俺の装備はどこ行った?
牢屋入る前に脱がされたから、そこら辺にあるかな。
お、あったあった。
牢屋番の足元の箱の中か。
ーーおーい、聞こえるか? 国家反逆罪
「国家反逆罪じゃねーよ!」
「なんだよ、聞こえてるんじゃねーか。お前は何して国家反逆罪になったんだ?」
隣の牢屋から聞こえる声の主は比較的若い声だ。
顔は確認できないけど、男……だよな?
中性的な声だけど低い部分もある。
「石鹸作っただけだよ。いや……国で作ってる石鹸はクソって文句も言ったか。そういうアンタは何してそこに入ってるんだ?」
「かーっ!国営の仕事に手をつけたのかよ!その上喧嘩まで売るとか、怖いもの知らずだねぇ。俺っちも似たようなもんだ。ちっとしくじっちまってな。気がついたらここにいたんだよ」
隣の牢屋からは「はぁ」と言うため息が聞こえる。
「そういや自己紹介がまだだったな!俺っちはノーチェ=ビラだ!一応A等級の冒険者なんだぜ!《蹴兎》って聞いたことないか!?」
《蹴兎》聞いたことないなぁ。
「聞いたことないね。俺はB等級冒険者のベックだ。宜しく」
「B等級のベックって《ブラッディローズ》か?」
「まぁそう呼ばれたりはするけど……」
「二人組って聞いた気がするけど、相方はどうした?」
「それが、ちょっと前まで客間に居たはずなんだけど、いなくなっちゃったんだよね。俺がここに連れて来られるまでは、まだいたはずなんだけど……」
「……お前もか」
「お前もか? って事はノーチェも誰かと一緒だったのか?」
「あぁ、妹がいたんだ。俺が冒険者ギルドの依頼を受けている間に、なぜか王宮に連れていかれたって聞いてな。急いで王宮に来たんだが、妹が聞こえないんだよ。んでどういうことだ!って暴れたらこの通りってわけさ。国家反逆罪仲間だな!」
妹が聞こえない? 不思議な言い回しだな。
ここから出るのは簡単だけど、問題はその後なんだよなぁ。
花ちゃんもライアも何処にいるのかわからない以上、迂闊に動かないほうがいい。
「それにしてもーー」
「しっ!誰か来るぞ!」
ノーチェに会話を制止されると、
ガチャリ、ガチャリと鎧が擦れる音が聞こえ始めた。
次第に近づいて来る音は、俺の牢の前で止まった。
牢屋の前に立っていたのは、ふんだんにフリルをあしらわれた、ピンク色のドレスを来た金髪ドリルだった。
「貴方があの石鹸を作った冒険者ね!」
めちゃくちゃブサイクだった。




