75話 静電気と謁見①
謁見の間へと続く荘厳な扉を、甲冑を着た衛兵が開く。
高い天井に、純白の巨大な柱。
この国の紋章だろうか。
左右の窓際には鷲の様な紋様のタペストリーが飾られている。
床に敷かれた、金糸で刺繍がなされた赤い絨毯が、如何にも、と言った感じの豪華な椅子まで続いており、エゾットと共に一歩踏み出すと、靴越しではあるが柔らな絨毯の感触が足の裏に伝わる。
「こちらでお待ちください」
エゾットに促され、玉座から少し離れた位置で立って待つ。
(王様きたら跪かないといけないのかな……)
作法がわからなくてドキドキする。
心臓の鼓動が周囲にも聞こえているんじゃ無いか、そんな感覚になるくらい脈拍が早くなっているのがわかる。
無礼働いたら打ち首とかって無いよな……?
やばい、この状況、怖すぎる。
周囲には、俺に奇異な視線を浴びせかける、文官と思わしき格好をした人物達が、主人の登場を待ちわびる様に立ち並んでいた。
(まぁ確かに、この状況にこの格好だと注目は浴びるか……)
俺の格好は頭付き牛頭人王の外套に、黒光りする飛竜の鱗鎧。
いかにも冒険者といった格好をしている。
周囲はローブや燕尾服のような服装をした文官ばかりだ。
ガチャリと扉が開く音が聞こえる。
立ち並んでいた文官達が一斉に膝をつき、首を垂れた。
「冒険者!貴様も膝をつけ!」
何処からか怒声が聞こえる。
慌ててしゃがみこもうとしたが、背後から肩を叩かれ中断する。
「よい。貴族ならともかく、一介の冒険者に作法なぞ求めておらん」
「で、ですが陛下……」
「聞こえんのか? よいと言っているのだ」
陛下と呼ばれた男の声には力があった。
発する言葉一つ一つに威圧感があり、その立ち振る舞いは威風堂々。
首礼をしその後姿を見送る。
オールバックにされた蓬髪の上には黄金の冠。
背中に羽織った赤い外套は金糸で竜の刺繍が施されている。
身に纏った竜の装飾のなされた黄金の鎧は物語の中の王様のイメージにぴったりだ。
バサッと外套をはためかせ、玉座へと腰を掛ける。
「面を上げよ」
「「「「はっ!」」」」
俺も上げていいのかな?
チラッと視線を上にあげて周囲を確認する。
すべての視線が俺に注がれている。
恐る恐る前を向く。齢六十程だろうか、顔に刻まれた深い皺はその男の厳格さを言外に表している。
「お主はB等級冒険者、ベックで相違ないな?」
「は、はい。そうです」
ずっと黙っていたせいか、はたまた緊張から来る喉の渇きのせいか、口から出た声は掠れてしまっていた。
「お主には石鹸の密造の咎が報告されているが誠か?」
「……」
やべえ。これめちゃくちゃ怒ってるのか?
顔がいかつ過ぎて、表情じゃ判断できねぇ。
なんて返事するのが正解なんだよこれ。
「さっさと答えんか!!」
先程も俺を罵倒した文官が声を荒げる。
変に嘘ついてもしょうがない。
正直に言おう。
「……知らなかったんです」
「売って儲けるために密造のしたのか?」
王様が表情のない顔で俺に問いかける。
「いえ、どの町に売ってる石鹸も納得のいくものがなくてですね……。えーっと……いっその事自分で作ってしまおうと思いまして……」
「ほほう……。国で作られた石鹸が粗悪品と申すのか?」
「そういうわけでは……」
「では、一体どういうわけなのだ? 申してみよ」
ええい、ままよ!
思ってることを言っちゃれ!
「正直に言わせてもらうと、ですね……。この世界で普及している石鹸はですね、泡立ちも悪いし香りもない。洗い終わりのすっきり感も、しっとり感も全くないんです。その点、俺が作った石鹸はですね。泡立ちも最高で、きめ細かい泡が肌を包み込むことで肌についた油汚れをも浮かせ、しっかりと汚れを落とすことができるんですよ。まぁかなり控えめに言っても、国で作ってる石鹸の三倍は泡立ちがいいですね。俺が作ったその石鹸で体を洗えばしっとりすべすべ。顔だって、頭だって、脚だって、腕だって、どこでだって綺麗にできるんですよ。香りも三種類あって、毎日気分に合わせて、違う香りの石鹸を楽しめますよ。それにですね、石鹸の性能が上がるってことは衛生面でもいい面がありましてね。普段から手を洗ったり清潔にしておけば、疫病等の伝染病の蔓延も防げるんですよ。更に石鹸繋がりで不満を言わせてもらうとですね。風呂についても不満がありますね。聞いた話によりますと、風呂があるのは金持ちの貴族様たちの家だけらしいですね? ご存知かどうかわかりませんが、一般家庭にあるのは水の魔鉱石を使ったシャワーだけなのですよ。各街に公衆浴場の建設はできないんですか? ついでに提案させてもらうと、その公衆浴場を国営にしてみたらどうですか? 何といっても一日の疲れを癒すのは風呂ですよ。暖かい湯船にゆっくりと浸かって、心も体も癒したほうが明日への活力に繋がると思うんですよ。そうすれば商人も、冒険者も、その町に定住している住民の皆さんも元気になると、俺は断言できますね。つまり、初期投資こそかかりますが、公衆浴場を市民が使えるくらいの金額で運営することで税収が見込めます。更には、民が元気になることで生産性も上がり、経済が周ります。そう考えると総合的に見て、税収が上がると思うんですよ。いかがです? 公衆浴場の建設。いやむしろお願いですから建設してください」
言ったぞ!俺は言ってやったぞ!
この世界に来てから風呂だけは不満だったんだ。
もっと気軽に湯船に浸かりたいんだ俺は。
魔術学校はシャワーだけだったんだよ。
「「「「……」」」」
「えっと……ベックさん?」
エゾットの顔が完全に引き攣り、若干言葉に怒気が含まれている。
周囲の文官は完全に凍り付き、国王陛下の顔色を伏し目がちに窺っている。
当の王様は、額に手を当て、うつむきながら全身をプルプル震わせている。
これめっちゃ怒ってるんじゃねぇの……。
やっちまったか俺……。
「くっくくく……。あーっはっはっはっは!!」
謁見の間に王様の笑い声が響き渡った。




