73話 静電気とお金
茜色に色付いた空が足元に映る。
まるで自身が空に浮いたかのような風景に思わず息を飲む。
ソウントレイクにある塩湖に、茜色の夕焼け空が反射してそう見えているのだ。
同じ風景が続く陸と空の境目、地平線に視線を向けると街の灯りを背景に、こちらへ向かってくる人影が見える。
ふらふらと千鳥足になりながら近づいてくる人影はライアだ。
「ベック! そろそろ夕飯にしないか? 私は酒が飲みたくて飲みたくて仕方がないのだ!!」
「昼間っからずっと飲んでたじゃないか……」
フラフラと足取りと共に揺れているライアの双丘。
相変わらずけしからんおっぱいだ。
学生の時は周りの目があるので飲めなかったらしい。
その反動かわからないが、今では浴びるように酒を飲んでいる。
馬車の中でも、寝る前でも、朝でもなんでも、いつでもどこでも、だ。
個人的には、見た目を変えられるなら変身して飲みに行けばいいんじゃ……と言ったのだが、その考えはなかったようで悔しそうな顔をしていた。気が付くだろ普通……。
その逆に俺は訓練ばっかだ。
この世界に来てから、毎日欠かさずに放電と魔力の訓練をして来た。
もう少し暗くなるまで訓練を続けたかったんだが仕方がない。
「お前は毎日、毎日、毎日、毎日、訓練ばっか。ほんっとうに真面目だねえ。酒も飲まない、女もやらない、散財もしない。一体何が楽しくて毎日を生きてるんだい?」
「例外はありますけど、自分で考えて、自分で決めて、自分で行動する。それだけで俺は楽しいんですよ。それにこうやって見たことのない景色も楽しめますしね」
社畜時代の生活サイクルと言ったら、寝て、起きて、仕事行って、家帰っての繰り返しで、寝る前の二時間くらいしか自由な時間はなかった。
それから考えると今の状況はかなり優遇されているし、毎日が充実している。
やりたいこと何でもできるしね。
「カ~ッ。つまんない男だね! そんなんだから童貞のままなんじゃないの?」
「どどどど、ど、童貞ちゃうわ!」
「童貞じゃない男が、あんなにねっとりとした視線で、すれ違う女の子全員の胸や尻を嘗め回すような目で見るわけないと思うんだけどねぇ。私のおっぱいだってずっと見てるじゃない。まるで盛りのついた獣ね」
バ、バレてるー!
盛りのついた獣ってなんだよ。しかたねーじゃねーか。
花ちゃんと一緒になってから、ソロプレイをする機会が全くないんだからな。
かと言って娼館に行く勇気もないし、恋人もいない。
もしかしたら今の花ちゃんの状態なら俺のソロプレイを察知できないのでは?
いや、でも、しかし……。
致したいのは山々だが、そんなリスクを冒すわけにはいかない。
繭の中でも意識があったらたまったもんじゃないしな。
娘にソロプレイを見られる父親。字面だけでも死にたくなるだろ……。
鎧のおかげで、俺の迸るリビドーは外見では判断できないのが唯一の救いだ。
黒光りする飛竜の鱗がしっかりと俺の股間をガードしてくれている。
バルガスのおやっさん、いい仕事してくれるぜ。
「はいはい! ごはん食べましょ!ごはん!」
「じゃあ帰るわよ。 はい、手を握って?」
ライアが右手を出し握るように促してくる。
「え? 一人で歩けないほど酔っぱらってるんですか?」
「違うわよ! 宿屋まで飛ぶから捕まれって言ってんの」
飛ぶ? 何言ってんだこの人。
再度差し出された手を掴むと、ライアの手を中心に渦潮のような魔力の流れが発生する。
「うわああああぁぁぁっぁぁ…………」
その渦に引き込まれるように俺の体は吸い込まれていった。
◇
気が付くと見覚えのある宿屋の一室に立っていた。
ここはソウントレイクで俺が借りている宿屋の一室だ。
ベッド脇に置いてある俺の牛頭人王の外套がそれを証明している。
「今のは!? 転移魔法か!?」
「そんな驚くことかい? あぁそういえば転移魔法も魔術書には残してなかったね。ホイホイ逃げられても困るし、逆に攻めてこられても困っちゃうからねえ」
おいおい、まじかよ。
転移魔法なんて憧れ中の憧れ魔法じゃねーか。
これだったらコスムカバで作ったクソ魔法みたいに威力は関係ないから、魔法創造でパクれるんじゃねーか!?
「どう言う仕組みになってるんだ? その転移魔法は」
「んっ」
ライアが右手を差し出す。
彼女の口元がニヤリと笑う。
教えてくれるのか。
いい奴だな。
差し出された手を握る。
「おい、なんで私の手を握ってるのかな、お前は」
「教えてくれるんじゃないの?」
「金だよ金! 金よこせって言ってんだよ! お前の手なんて握りたいわけじゃないよ! 酒を飲むための金をよこせって言ってんの!」
「いくらほしいの?」
「今日の飲み代!」
やすっ! やっすい女だわ!
冒険者ギルドにある俺の口座には日に日に金が溜まっていってる。
《迷宮発見者》の収入がやばいからな。
金ならいくらでもあるぜ。
普通に冒険者やらなくても全然生活できるんだけど、等級は上げたい。
知名度を上げないとな!知名度を!
王都の冒険者ギルドにいったらA等級昇格試験受けにいこう。