72話 静電気と蛹
魔法都市ソーンナサラムと、フォレスターレ王国の王都であるビギエルヒルとの間にはいくつかの宿場町が存在する。
その中の一つ、馬車を引く馬を休ませる為に、留まっているこの町の名前はソウントレイク。
町の近くには塩分濃度の高い湖があり、この塩湖でとれる塩がこの町の特産品となっている。
大昔、この辺は海だったようで、いまだに地面を掘ると貝殻やサンゴの死骸が出てくるそうだ。
余談だが、フォレスターレ王国の塩の生産量の3割はここソウントレイクらしい。
ムエスマ大森林の途中にあったギベニューの町と同じように宿屋や商店などが存在し、旅の疲れを癒したりこの土地の特産品の塩などを買い付けに来る商人や冒険者で賑わっている。
「はぁ。退屈だわ……」
今のライアの格好は、始めて見た際の黒いドレスではなく、皮鎧を中に着込んでローブを羽織った魔法使いの格好をしている。
エゾットさんがライアを見たときの顔は忘れられない。
まさに「え?誰?」という顔で、咄嗟に「パーティーメンバーです」と誤魔化してようやく同行の許可を得た。
「右に同じく……」
牛乳の入ったコップを口に当て傾ける。
「あと二日ほどで王都につきますよ」
俺達は宿屋についている酒場でぐったりしていた。
魔法都市ソーンナサラムを出発し四日目の今日、昼頃にこのソウントレイクに着いた。
ソウントレイクに着いた当初は物珍しさから塩湖を見に行ったりしてたのだが、流石に何時間も見ていられるほど面白いものではない。
塩湖の周囲には塩を買い付けに来た商人達を相手に、軽食の販売をしている屋台が立ち並んでいるが、それも数軒あるだけ。
それぞれの屋台は、やれオークの串焼きやら、やれオオトカゲの串焼きやらと、ただ肉が屋台によって違うだけだった。
因みに4人の辺境伯とは、魔法学校を出て二日目に滞在した宿場町までは一緒だったのだが、そこを出発する際にそれぞれ別の街道へと別れて行った。
別れ際、ライアがナウソラエ辺境伯の元で何やら話した後めちゃくちゃ睨まれ、更にはアーニャの祖父であるザーラ=ザラ=ズールにもなぜか睨まれた。
俺が何をしたっていうんだ畜生め。
「出発は明日ですよね? だとしたら後3日は掛かるじゃないですかぁ」
余りにも暇すぎて思わず地団駄を踏む。
花ちゃんがいたら「まったくもう!」と言われそうだ。
「私も飽きたぞ~。まだ陽が落ちるまで数時間あるよな? ベック、魔物狩りにでも行こう」
「それはちょっと……。花ちゃんもこんな状態ですし」
俺の隣にいる花ちゃんは自身の蔓でつぼみを包み込んでいる。
まるで芋虫が蝶へ成長するために繭に包まるような状態だ。
魔族であり、原初の魔法使いであるライア=マノスは、年を食っているだけあって魔物の知識にも優れている。
魔界草はある程度成長すると繭のように蔓で包まり、花を咲かせるための準備をするそうだ。
本来ならば敵のいない樹上とかに巻き付きながら花を咲かせるようなのだが、花ちゃんは野良の魔界草ではないので俺が持ち運んでいるということだ。
(なんか初日よりだいぶ大きくなってないかこれ……)
今の花ちゃんの大きさはバランスボールほどの大きさになっている。
三日前に初めてこの状態になった時より二倍ほどの大きさだ。
綺麗な碧色だった花ちゃんの蔓も黒ずんで来ている。
「花ちゃん、ずいぶん大きくなったわねえ。まぁそれでも普通の魔界草の十分の一くらいの大きさしかないけどねぇ」
「魔、魔界草ってそんなにでかいんですか?」
「そりゃあそうよぉ。なんて言ったってドルガレオ大陸の魔物だしねぇ。あそこの魔物はすんごいわよ。ビンビンよ。ビンビン」
腰の前で手を上下に動かし怪しげな動きをしている。
「何がビンビンなんですか……」
「なに想像してるのかな? 魔力に決まってるじゃないのよ。だからどの魔物もおっきくて硬ったいわよぉ~」
言い方言い方……でもちょっと興味があるな。
魔力の多い魔物は旨いっていうしな。
そのうち行ってみたいな。
阿波国にも米と醤油と刺身を求めて行きたいし、旨いもの探しの旅もいいな。
話が逸れてしまった。そんなことより花ちゃんはいつまでこの状態なんだ。
「そうっすか……。ところで、その普通の魔界草ってどのくらいで花が咲くんですかね?」
「確か、咲くまでに二か月くらいかかるんだったかしら。魔界草は蓄えた栄養と魔力で花の色が変わるのよ。赤色から始まって白色に向かって薄くなっていくの。白色に近い魔界草のほうがい~っぱい捕食してるってことだから狂暴なのよ」
「でも花ちゃんどんどん黒ずんできてますけど……。これはどういうことなんですかね?」
「そもそも花ちゃんって変異種なんでしょ? そんなの見たことも聞いたこともないし、どうなるかなんて私にはわからないわ」
まぁそうなんだろうなあ。
《ロテックモイの逆さ塔》の時のような状態異常って訳じゃないし見守るしかない。
日課の訓練、今日は早めに初めて時間を潰すか。




