71話 静電気と魔女
眼も開けられない程の強烈な眠気が俺を襲っている。
その眠気を建付けの悪い扉を叩く音が邪魔をする。
眠気を覚ますために、《花汁》を一口煽り何とかして疲労を回復させる。
しばらくすればこの疲労感も抜けるだろう。《花汁》万能薬説。
それこそ造王薬なんかより万能感と多幸感を得ることが出来るぞ。
たぶん得られるのは俺だけだと思うけど。
「はい……。どちら様でしょう……」
「私です。秘書官のエゾットです。ベックさん、お迎えに上がりましたよ」
扉を開けると、昨日よりは幾分か疲れの取れた顔をしている国王陛下の秘書官エゾットが立っていた。
最高級とまではいかないだろうが、高級そうな衣服で身を包んだ金髪おかっぱ頭の文官だ。
「もう出発ですか? 朝食って食べていく時間ってあります?」
「いいですよ。出るまでまだ一時間ほどありますので。今頃食堂の横の別室で辺境伯の皆様も朝食を取っておられますからご一緒にどうですか?」
「何かの嫌がらせですか? 丁重にお断りさせていただきます。朝から偉い人たちと一緒飯を食うなんて精神的に耐えられなさそうですから」
会社員時代、社員食堂で専務やら常務やらが近くに座っただけで、監視されている気がして食欲がなくなったもんだ。
そういうやつらは大体が自分が世界の中心、ぐらいの考え方のやつが多い。
なんで異世界にまできて厄介ごとに巻き込まれそうな場所に行かないといけないんだって話だ。
「あはは。その気持ち私も少しわかる気がします」
エゾットが引き攣った笑顔で答える。
恐らくは相当の心労を抱えているんだろうな。
めちゃくちゃ我儘そうだもんなあいつら。
「どうです? 一緒に朝食でもどうですか?」
王様の話とか愚痴でもいいから何か聞けないかな。
王様の話だったら出来れば喜びそうな御土産とか知りたい。
でも一国の王だし、貰ってる献上品とか最高級だよな。
だとしたら生半可なものだとかえって失礼に当たりそう。
そうなると俺が王様のご機嫌を取れる物ってご所望の石鹸くらいか。
「いえ、お誘いは嬉しいのですが、先程いただいてしまいました」
「そうですか……王様などのお話が聞けたらと思ったのですが」
「王都までは、一週間ほどかかりますので時間はたっぷりありますよ。それでは中央棟の玄関口でお待ちしておりますね」
エゾットは会釈をすると「では、失礼します」と言いその場を後にした。
ふぅ……。そろそろ準備しないとな。
花ちゃんはまだ起きないかな。
優しく声を掛けてみるか。
『花ちゃ~ん。起きたかなぁ?』
『…………』
うーん、花ちゃんからの反応はないな。
まぁ寝たのが朝方だからまだ仕方ないか。
《花汁》のおかげで目は醒めたが、次は腹が減った。
諸々の準備をしたら食堂で飯を食うかな。
◇
朝食はゴロゴロにカットされた野菜を煮込んだスープと、硬いパン、細切れになったベーコンと玉ねぎのようなものをスライスしたサラダで腹を満たした。
スープは塩味でさっぱりしたものだが、大きめにカットされた野菜がホクホクで非常に腹に溜るものだった。
齧るのには若干顎が疲れる硬いパンではあるが、スープに浸すことで多少はましになり、サラダと交互に食べることで物足りない気分も収まっていく。
死ぬ前の世界ではガッツリと肉なんか食べると胃もたれを起こしていたが、こっちの世界に来て肉体が強化されたせいか、朝にその不快感が残ることはなく、寧ろ朝から肉でもいいかなという気になってくる。
さっぱりとした朝食もいいが、ガッツリと肉を食いたくなる事すらもある。
一日一食でも問題なかったんだけどなぁ。
腹は満たされた。そろそろ時間だ。
中央棟の玄関口へと向かおうとした時、見知らぬ美女に声を掛けられた。
「ちょっとぉ!私を置いていくつもり!?」
「いや、どちら様ですか……?」
柔らかな風がふわりと靡く。
まず目に入った濡れるような漆黒の頭髪は、後ろでふわりと緩く三つ編みにされている。
透き通るような白い肌に力強い双眸から覗く黒目は意志の強さが伝わってくる。
クールビューティーという言葉がよく似合う目鼻立ちがはっきりとした絶世の美女。
纏った黒いドレスのスカート部分には見たことのない鳥の刺繍が施してあり、非常に高級そうなものだ。
こんな美女が一体俺に何の用だろうか。
「私よ。さっき一緒に行くって言ったでしょ?」
「いや、だからどちら様ですか? お目にかかったことないと思うんですけど……」
正直言ってめちゃくちゃ好み。
ゲキマブ。俺のハートにドストライク。
思わず見惚れてしまう。
「何を呆けた顔をしてるのよ。私よ私。ライアよ」
「顔と身長が全く違うんだけど。それにバインバインだし……」
「あらぁ? 発情しちゃった? 若い男に求められるのは悪い気はしないけど、昼間からじゃ節操がないわよ」
「そっそんなんじゃねぇし! ちょっと外見が変わりすぎて驚いただけだし!」
「学生のライアと同じ顔で出て行くわけにはいかないでしょうが」
ライアは俺の耳元に濡れた唇を寄せると「私くらいの魔法使いになると顔も身長も思いのままなのよ」と小声で囁き、最後にふぅっと耳に息を吹きかけた。




