70話 静電気とお荷物
古びた学生寮の窓に眩しい朝日が差し込む。
あと数時間もすれば俺と花ちゃんは王都へと向かわなくてはならない。
だがしかし、今もまだ目の前にいるのは教頭先生とその主人のライア。
とりあえずこの暗い雰囲気、どうにかならないかな。
「あの……。俺、少しは寝たいんだけど……」
「「……」」
「用がないなら帰ってくれないかな? 【属性変換術式】についても言いふらしたりしないしさ。寧ろもっと魔法について教えてもらいたいんだけど。ねぇ? ライア……もとい《原初の魔法使い》さん? あぁそれともロッティー先生のお祖母ーー」
「んん゛ッ!!」
ライアは咳払いで誤魔化そうとする。
「……? 最後何を言おうとしてたんです?」
「ん? 何か言ったか?」
教頭先生の聞き返しに対してとぼけているライア。
あれ? 言っちゃいけなかった系かな。
ライアの背後から怒気がまるで蜃気楼のように見える……気がする。
うん、めっちゃ怒ってる。これは死んだかも。
「おい、お前。ちょっとこっち来い」
ライアは俺の首に腕を掛け、部屋の隅に連れて行く。
あ、いたい!いたい! ボディーブローやめて!
訝しげな目で見る教頭先生を他所に小声で会話を始める俺たち。
「え? もしかして教頭先生知らないの? 教頭先生の母ちゃんってライアの娘だよね?」
「私は夫も、娘二人も守れなかった。 今更名乗り出る資格なんてないのよ……」
「え? でも薬、二本も渡してたよね? 教頭先生死ぬところだったよ?」
「そ、それは、どうせ怖気付いて、魔物学の教室にいる魔物に使うと思ってたのよ!」
「え? 見通し甘すぎでしょ。 現に使っちゃってるし、あの薬危険なんで魔物以外に使わない方がいいですよ」
「お前……私の事、本っ当に馬鹿にしてるでしょ」
これ以上、睡眠不足の仕返しをするのはやめとくか。
このままからからかい続けると後が怖そうだ。
「まぁ冗談ですよ。それで、これからも復讐……続けるんですか? 街を壊す、人族を虐殺するって言うなら、残念ですけど対立せざるを得なくなりますが」
「……そうか、お前は異世界人だったな。異世界人は無駄に正義感に溢れた奴が多い。特に《勇者》と呼ばれるような連中達はな」
「いや、正義感じゃなくて、街が壊れたり人が死んだりしたら観光や美味しいもの食べたりできなくなるし、未来のお嫁さんが死んじゃうかも知れないじゃないですか」
ていうか、なんで異世界人だってバレてるんだ。
聞いてみたら、《遠耳》という魔法があるらしい。
風属性の魔法だそうで、校長との会話を盗み聞きしてたようだ。
「お前は随分と変わってるんだな。まぁ敵対しないというなら、こちらも構わないでいてやる。それにお前を殺すのはなかなか骨が折れそうだ」
「いや、死にたくないんで、出来るだけそういう気持ちにならないでいて欲しいんですけど。それで、これからどうするんですか? この学校出て行くんですか?」
「いや、私もロッティーもここから出て行くつもりはないよ。そもそも私らのことを魔族だと知ってるのはお前だけだしな。お前がうっかり漏らさない限りはここにいるつもりだ」
「漏らさないですって。それともまだ【属性変換術式】の布教活動でもするんですか? 正直、もう既に世界の理レベルに布教されてると思うんですけど」
校長先生ですら、信じて止まないみたいだしな。
「それもそうか。じゃあ監視ついでに私もお前の後について行くとするかな。そうと決まれば早速準備に取り掛かるとするか!」
そう言うとライアは急いで部屋を飛び出していった。
俺まだ、同行していいよって許可出してないんだけど。
急に飛び出していったライアを見て教頭先生が理由を聞いてくる。
「なんか監視のために俺と行動を共にするみたいです。かなーり迷惑ですけどね」
「そうですか……。一体私はどうしたらいいのでしょう?」
「普通に教頭先生を続ければいいんじゃないですか? 復讐だのなんだの言ったって、大事なんでしょ? 生徒達のこと。本気で心配してないとあんな顔できないでしょうしね」
思い出されるのは、生徒達の安否が確認された時の心底ホッとしたような顔だ。
あんな顔をできる人が無差別に人を襲うことなんてできるだろうか。
教頭先生にそれはできないだろうと思う。
俺は襲われたけどね。薬のせいだね。きっと薬のせい。
なんたって万能感と多幸感だからね。