6話 静電気と冒険者ギルド
「皆さん見てください!ボラルスの街に着きますよ!」
城壁に近づくにつれて、その大きさがわかってくる。
ボラルスの街は高さ八メートルほどの石造りの壁に囲まれている。
街の四方には大きく重厚な門が建っているそうだ。
城壁の上には衛兵が立っており、せわしなく周囲を監視している。
木と鉄でできた重厚な門の付近には、数人の衛兵が馬車の積み荷のチェックや、通行人のチェックなどをしている。どうやら街の中に入るには身分を証明しないといけないようで、商人風の人や冒険者のような風貌の人々が並んで待っている。
しばらく並び、ようやく順番が回ってきた。
「よう、リック! リックじゃないか!」
長槍を持った甲冑姿の筋肉質な兵士が走って近づいてくる。
「リック! 久しぶりだな! ディーナはどうした?」
「バラン! お前も元気そうだな! ディーナは今馬車の中だ。護衛の依頼できたんだが、途中で岩小鬼に襲われちまってな。今は大丈夫だが、危ないところだった」
「なに? 岩小鬼だと? ダンジョンにでも潜ったのか?」
「ダンジョンじゃないぞ。ここに向かう途中、街道で襲われたんだ」
「お前何言ってるんだ? しばらく見ないうちにボケちまったか? この辺の魔物はウルフくらいしかいないってお前ならわかるだろ」
「信じてねえな、お前。じゃあこれを見てみろよ。とれたてホヤホヤだぞ」
リックは信じようとしない兵士に向かって、鞄の中から討伐証明である、岩小鬼の耳を出しバランに見せる。
「おいおい、冗談だろ……。こりゃ探索と討伐依頼が出るぞ。領主様に報告しなくては!」
「俺も後で冒険者ギルドに報告する。ところで通行審査を頼んでもいいか? 早くしないと後ろの迷惑になっちまう」
後方では他の通行審査待ちの商人らしき人がイライラしながらこちらを見ている。
おぉそうだった、といってバランと呼ばれる兵士は審査を始める。
リックとディーナ、ケルセイの三人は認識票の様なものを見せて通行した。
俺の順番になったが、もちろん身分を証明できるものなんて持ってないので正直に言う。
「次! ん? 見かけない顔だな。街に来るのは初めてか?」
「はい。リックさんたちの様に首から下げているやつとか持ってないんですが」
「リックの知り合いか。認識票がないってことは、冒険者でも商人でもないんだな? 身分を証明できるものがない時は、通行料として1銀貨とるが金は持ってるか?」
まじかよ。
ただ街に入るだけで金取られるのか。
金なんて持ってないぞ……。
財布の中にもこの世界の金は入ってない。
やばいよ、やばいよ。
どうしよう。
俺が慌てふためいていると、なかなか来ないことに心配したのか、ケルセイさんがやって来た。
神様! ケルセイ様!
「ベックさん、どうかしましたか?」
ケルセイに、一文無しということを伝える。
「そうでしたか、じゃあここは私が払っておきます。報酬の護衛料からひいておきますから気にしないでください。」
そういってケルセイは懐から出した麻袋から銀貨一枚を取り出しバランに渡す。
ケルセイ様、まじイケメン。
見た目は中年のおっさんだけど……。
街についてからだいぶ時間が経った気がするが、ようやく街に入ることができた。
重厚な門をくぐり中に入ると、目の前には西洋風の、石畳の道や石造りの建物が立ち並んでいる。
それはまるで、中世ヨーロッパの様な光景だ。
街の中央から、東西南北それぞれの方角には十字状に大通りが伸びており、街の中央には正にファンタジーのような大きな城が建っている。
城の周囲は市場になっており、活気のある声がそこかしこから聞こえる。
人通りは賑やかで、人間の他にも猫耳、犬耳、トカゲ男と様々な人種がそこかしこに歩いている。
そこには夢にまで見た、異世界に来たことを実感できるような光景が広がっていた。
その光景に呆気にとられていると、リックが声をかけてくる。
「どうした? そんなに獣人たちが珍しいか?」
俺の目線を追うようにリックが周囲に目を向ける。
「阿波国にだって獣人くらいいるだろ? 昔行ったときは普通に見かけたぞ。それより俺たちは依頼達成の報告と岩小鬼の報告をするのに、今から冒険者ギルドに向かうが、ベックはどうする?」
“冒険者ギルド”その言葉を聞いてハッと意識を引き戻す。
いかんいかん。
今の俺は、金も地位もない。
そんな男のところに美女はやって来ない。
かわいい獣耳もやってこない。
つまり、いつまでたっても童貞を卒業することはできないって事だ。
冒険者として成功すれば地位も名誉も手に入るはず!
異世界に来たからには冒険者以外の選択肢はないっしょ!
そうと決まればやる事は一つ!
活躍して名を上げる!
そして美人のお嫁さんをもらうのだ!
気持ち悪いニヤケ面をしながら、『金がないから仕事をしたい』という建前の元、どうやったら冒険者になれるか聞くと、若干引かれながら教えてくれた。
「冒険者ギルドにいけば、誰でもなれるぞ」
そんなの常識だろ、と言わんばかりの顔をされる。
「冒険者ギルドや商業ギルドの発行している等級タグは身分証明にもなるから、持ってないなら登録しておくと便利だぞ」
認識票を指ではじきながら説明してくれた。
「それにしても、アンタはあんなに強いのに本当に冒険者じゃないんだな」
心底驚いた表情でこちらを見る。
そりゃあそうですよ。
一昨日この世界に来たばかりですからね。
「冒険者ギルドもない田舎で、魔物相手に狩りをしていたもので……」
こういう時は誤魔化すに限る。
相当なド田舎だな、と大声で笑われた。
大通りを通ると、香ばしい蠱惑的な香りを漂わせる屋台や、見たこともない魚や肉が並んだ商店などが軒を連ねている。思わず足を止めて買い食いしたい気持ちになるがグッと我慢する。金が入るまで我慢だ。
石畳の大通りを街の中央へしばらく進むと、これまた西洋風の大きな城が見えてきた。
「ここがボラルスの街と、その周辺の地域の領主様の城。それとその横にある首のないドラゴンの紋章が見えるか? そのタペストリーがかかってる建物が冒険者ギルドだ」
冒険者ギルドは、領主の城よりは小さいが、相当な樹齢であろう太い木で出来た、立派な門構の建物だった。入口の左右には、赤い布地に首のない黒いドラゴンと交差する剣と盾が背景に描かれた、立派なタペストリーが飾られている。
中へ入ると咽返るような酒の香りがし、すぐ目の前には五名ほどの同じ制服を着た職員が、カウンター越しに強面の人達と何やら話している。
カウンターから少し離れたところでは、冒険者達が大声で話しながらウェイトレスと思わしき、猫耳少女に何やら注文し、酒と食事を楽しんでいる様だ。
珍しい格好だからか、他の冒険者達の視線を感じながらも列に並び、しばらくすると順番が回ってきた。
「リックさんお久しぶりですね。今日はどういった御用件でしょうか?」
「ティリア、久しぶりだな。今日は護衛依頼の達成報告と、こいつの冒険者登録を頼む。あと俺が出くわした、ちぃとばかし厄介な魔物の報告がある」
肩までの長さの綺麗なブロンドの髪を片耳にかけた、スレンダーだが出ているところは出ている見目麗しい受付嬢は、ティリアというらしい。色白で、黒縁眼鏡をかけたその姿はまさに冒険者ギルド職員といった風貌だ。
服装は統一されているのか、白いシャツに黒のネクタイ。緑色のベストに膝下十五センチほどのベストと同色のスカートをはいている。
ちらりと横目で俺を見ると、
「かしこまりました。では先にリックさんの依頼達成報告の方から始めさせていただきますね」
と机の上に書類を広げ、サインをしたり、割り印をしたりと、事務処理を始めた。
無事護衛の達成報告が終了し、俺はケルセイさんから個別に金貨二枚を貰う。
只の護衛に金貨二枚は破格のようで、後ろにいた冒険者たちはどよめいていた。
これからケルセイさんは、商品の買い付けをするみたいだ。
冒険者ギルドを出て行ったケルセイさんの背中は人ごみに紛れてすぐに見えなくなった。
心なしかその後ろ姿は、とても安心しているように見えた。
「それでリックさん、厄介な報告とはどう言ったことでしょうか?」
「それより先にベックの冒険者登録を頼む。今回の報告にこいつも関係しているからな」
ティリアは一瞬、不思議そうな顔をしたが、では先に登録させていただきます、とカウンターの上に紫色に光る四角い板を取り出した。
「では、この魔魂板の上に手を置いてください」
十五秒ほど手を置き、しばらくすると登録が終わったようで、鉄色の認識票を持って受付嬢がとことこと歩いてくる。
「驚きました。ベックさんは冒険者でもないのに、どうしてこんなにレベルが高いんですか?」
やべえ。レベルが分かってしまうってことはスキルとかも見えちゃうのか?
「あー…、冒険者ギルドのない田舎で狩りをして生活していたもので……。それよりもその板すごいですね。どこまでわかるんですか?」
「この魔魂板は、ソウルストーンという特殊な鉱石で出来ています。この鉱石はこの世の生物全てに与えられているアルマに反応し、その情報を引き出します。とは言いましても、その方の名前と性別、それに年齢とレベルしかわかりませんけどね」
と、にこやかに話してくれた。
あぶねー!
見えるのがそれだけでよかった。
静電気なんて名前のスキル、恥ずかしくて見せられない。
正直言うとレベルだけって微妙だなと思ったが、レベルがわかるということは結構重要なことらしい。
例えば簡単な依頼は低レベルの冒険者へ、強力な魔物の討伐などの難しい依頼は、高レベルの冒険者しか受注できない。
冒険者の等級以外での一種の物差しのような役目をしているらしい。
「等級はF級になります。これがその証明の認識票です。なくすと再発行にお金がかかりますから、首にかけたりして肌身離さず持っていてくださいね」
認識票を受け取り、首にかけると、背後から人を馬鹿にするようなクスクスという笑い声が聞こえる。
「おいおい! おっさん! その歳で冒険者始めるのか!?」
「畑仕事のほうが似合ってるんじゃないの?」
「ひょろっちい格好しやがって! 鍬のほうがお似合いだな!」
「ちげえねえ! ギャッはっはっは!」
「黙ってないで何とか言ってみろよ!」
後ろで順番待ちをしていた、十八歳くらいだろうか、若い冒険者達が絡んできた。
これがよくある冒険者ギルドのテンプレってやつか……。
しっかし、おっさんとは失礼な奴らだ。
くたびれてるけど、俺はまだ二十七歳だぞ!
とりあえず穏便に済まそう。
俺は痛いのは嫌いなんだ。
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