66話 静電気と歴史②
「先生……貴方は何者なのですか?」
夕方まで一緒にいた教頭先生とは別人だった。
皮膚は白く血色がなくなり、唇は紫色。
紅く怪しく光る双眸の根元には隈が出来ている。
「そう言えば貴方とは、しっかりとした自己紹介はしていませんでしたね。私の名前はロッティー=タイム。フォレスターレ王国の七爵ある貴族の内、第六席である男爵家、タイム家の長男です」
肩を下げため息をつきながら「まぁ、正確に言うと、だった、と言う方が正しいでしょう。四百年前に没落しましたからね」と寂しそうに言葉を続けた。
「何処からお話しましょうか。そうですね……先程、私は魔族と人族の混血児と言いましたね? 魔族はこのオレガルド大陸に住んでいる耳長族と一緒で長命なんです。長耳族は我々魔族程ではないにしろ、魔力との親和性が高い。なので他の種族よりも長命なのが特徴ですね。我々魔族は純血種で千五百歳、人族との半魔だと千歳程でしょうか。他にも獣人族との半魔ですと短くなる傾向はありますが三百歳は生きるでしょう。まぁ獣人族は元々短命ですからね」
「それを踏まえた上でお聞きください」と、教頭先生の口から魔族と人族の歴史が語られ始めた。
私の母は魔族の純血種でした。
今から私が語らせて頂くのは、母が物心ついた時から死ぬまでつけていた日記に書かれていた事です。
なので、六百年以上前のお話になります。
人魔戦争と呼ばれる、魔族と人族の争いが起こるまでは魔族も人族との交流があり、オレガルド大陸の中で魔族を見かけることはさして珍しい事では無かったようです。
魔族の住む大陸ドルガレオにも当時は《マノス》と言う王国が栄えていました。栄えていたと言っても極貧国だったそうですが。
ご存知かも知れませんが、ドルガレオ大陸は資源に乏しい大陸でした。
大気中や地中に含まれる魔力濃度が濃い為、作物は育ちにくく、周囲をうろついている魔物達は非常に強力な魔物が多かったのです。逆に魔鉱石などは純度の高い素晴らしいものを採鉱する事ができたようですが。
魔力が多いという事の弊害はそれだけではありません。
鉱山都市アイアンフォードにある《地獄の門》や、海洋都市ブリッジポートにある《海底神殿》など比較にならないほどの超級難度の迷宮が数多く存在し、間引く間もないほど魔物は迷宮内で増殖を続けています。魔物災害の話を聞かない日はないと言うくらいの魔物が跋扈する死の大地と化していたそうです。
魔族はその境遇と生来の子供の出来にくさも相まって、人口をどんどん減らしていきました。
「このままでは魔族が滅んでしまう」
当時のマノス王国国王はこの危機を脱する為、唯一ドルガレオ大陸と陸地でつながっていたオレガルド大陸の国、フォレスターレ王国に物資の支援要請をお願いしたのです。
「物資の支援の代わりに何を差し出せるのだ」
フォレスターレ王国は見返りを要求してきました。
もちろんこれは当然のことと言えるでしょう。
要求にはそれ相応の対価を求めなくてはいけません。
マノス国王もなんの見返りも無しに、支援を受けられるとは思っていませんでした。
魔族はその豊富な魔力を持つ人材と、強力な魔物から手に入る魔石、純度の高い魔鉱石、そしてその魔石と魔鉱石を利用して貧しい境遇をなんとかしようと研鑽してきた魔工学の技術供与を見返りとしました。
この都市の夜間の明るさを担う魔灯を見た事があるはずです。
魔石を燃料とし、夜間でも街を明るく照らす魔鉱石で出来た魔灯はその当時王都やこの魔法都市に入ってきた魔族がもたらした技術でした。
当然交易が開始されるとお互いの国へ人が行き来するようになりました。ドルガレオ大陸は、その物資で生活が安定し繁殖力の強い人族との交わる事で着実にその人口を増やしていきました。
しかしながらある者は魔族の大陸へ、ある者は人族の大陸へと人の往来が多くなるにつれさまざまな問題が起き始めました。
魔族を恐れるオレガルド大陸の人々が現れ始めたのです。
魔族はその土地柄、圧倒的な魔力量と戦闘経験を持つ方々も少なくありませんでした。その強さ故、マノス王国へ往来する為の護衛として雇われた魔族側の戦士は、次第にフォレスターレ王国にとって危険視されていく存在になりつつありました。
そこからはあっという間に魔族は恐ろしいという風評がオレガルド大陸を席巻したと書いてありました。
しかし魔族側は一切、人族やその他の種族を傷つけたり貶したりする事はありませんでした。
問題を内包しながらも交易が始まり二百年ほど経ちました。
マノス王国の国王は変わらず壮健でしたが、フォレスターレ王国の国王は五代変わり、その頃になり始めると、フォレスターレ王国側の態度が変わり始め、魔族側を差別的に扱うようになり、国家間の往来の禁止が言い渡されました。
流石にこれにはマノス王国側は猛反発をしましたが聞き入れてもらえず、商売に出たまま、旅行に出たまま、自国へ帰れない人々が溢れかえったようです。
マノス王国側は人族の往来を禁止はしなかったので、フォレスターレ王国に帰ることはできましたが、フォレスターレ王国側からマノス王国へと帰ろうとする魔族は捕らえられ、酷い時には厳罰に処されました。フォレスターレ王国は魔工学からもたらされる恩恵を手放したくなかったのです。
特に酷い扱いを受けていたのは魔工学技師と呼ばれる技術職の方々で、彼らは技術開発の為に奴隷のような扱いを受け、昼夜問わず働かされていました。
「何故我々魔族だけがこのような辛酸を舐めねばいけないのか」
我々魔族はマノス国王より、「力のある我々は人族や他の種族に危害を加えてはいけない」と厳命されていました。
しかし余りにも目に余る扱いに、遂に魔族側でも不満が爆発しました。
明日の投稿は所用によりお休みします。
すいません。
月曜日より投稿いたします。




