64話 静電気とジョ、ジョウジ
暗い暗い、古びた学生寮の一室。
数百年もの間、慣れ親しんだ部屋。
名前を変え、性別を変え、姿を変えて、私はここにあり続けてきた。
時には生徒として、時には教師として、魔族以外の全ての種族に復讐する為だけに生きてきた。
愛する人を奪われた悲しみを、復讐という名の業火に変えて、全てを焼き尽くす為に牙を研いで来たのだ。
しかしその永きに渡る努力が無駄になろうとしている。
間抜けな面をした、たった一人の冒険者のせいで。
「六百年だ。六百年も待った。永遠とも思えるような永い時間、ただひたすら待ち続けた。人を騙し、世界を騙し、時には自分さえ騙して生きてきた。もう間もなくこの苦痛の日々も終わると思っていたのに……何故邪魔をするんだ!!!」
胃を撫でられるような、不快感を伴う焦りの気持ちが募る。
あの冒険者は【属性変換術式】に込められた呪いに気がつこうとしている。
アーニャに渡した腕輪の効果に気がついた今、もしかしたら既に気がついているのかもしれない。
だとしたらこのまま、あの冒険者を放って置くわけには行かない。なんとかして消しさらなければ、この計画が全て無駄になってしまう。
今代の勇者と行動を共にする仲間の中に【賢者】はいない。
百年以上その存在を確認出来ていない今こそ、勇者を打ち倒しこの恵みの大地オレガルドを、我々魔族の手中に納めるための好機なのだ。
「……そこにいるか」
「はっ、我が君」
「あの冒険者は迷宮で始末するはずではなかったのか?」
「申し訳御座いません、我が君。まさかあそこまでの手練れとは……」
「言い訳は聞きたくない。このままあの冒険者に王都に行かれては困る。勇者が王都にいる以上、迂闊に手を出せなくなってしまうからな。今夜中に仕留めろ。いいな?」
「この命に変えましても、成し遂げてみせます」
「……そうだ、これをくれてやろう。スウマーから貰ったものだ」
「もしやこれがスウマー様が造られたという……造王薬ですか……」
小瓶にはいっているのは赤黒い血液のような液体。
「魔物には効果があるようだが、人族に使うとどうなるのだろうな?」
「それは……どう言う……いえ、なんでもございません。必ずや御意志に沿う結果を出してご覧に入れましょう」
「良い報告を期待しているぞ」
「お任せください。ライア様」
◇
(それにしても、めちゃくちゃ疲れたなぁ……まさか王様にお呼ばれしちゃうなんて思ってもみなかったよ)
話を終えて応接室を出た俺と花ちゃんは、中央棟の一階、大食堂で夕食をとり自室へと戻ってきていた。
因みに夕食はオーク肉のソテーだった。
岩塩と粗く挽いた胡椒が振りかけてあるだけのシンプルなものだったが、噛めば噛むほど滲み出るオーク肉の脂の甘みと、アイアンフォードで採れるミネラルが豊富なピンク色の岩塩のコラボレーションは暴力的な旨さだった。
他にもコカトリスのチキンカツや、空飛ぶイカ、スカイスクイッドのイカリングなど魅力的なラインナップだったが、胡椒の持つ食欲をそそる香りには勝てなかった。
いや、でもタルタルソースがあったらイカリングに軍配が上がっていたかもしれない。単純に塩しかなかったんだよな。
食文化にあまりタレと言う概念が無く、味付けは専ら塩ばっかだ。
マヨネーズやソース、ケチャップが恋しくなってくる。
それに、この世界の主食は基本的にパンなのだが、そろそろ米が食いたいと思い始めてしまっている。なにせ一ヶ月以上米を口にしていないのだ。魔法都市で勉学に花ちゃんが満足したら、阿波国に行って見るのも良いかもしれない。
この学校の教員より《賢者》のおっさんの方が優秀なので、正直言ってここに残る意味は、アーニャに協力してもらっている【属性変換術式】の実験意外に意味はないかもしれないな。
『花ちゃん、今晩も魔法の訓練をしようか』
『うん! 花ちゃんは土魔法の練習する!』
『じゃあパパは新魔法の作成でもするかな』
《ロテックモイの逆さ塔》で階層主と戦闘した時に痛感した防御力の低さをカバーする為の魔法の作成だ。
いくら装備が優秀でも、醜怪な双頭の巨人の一撃のような装備は無傷だが、身体が耐えられない衝撃を受けてしまうと内臓や骨に致命傷を受ける可能性がある。
そこで俺が考えたのは、高密度の魔力による防御壁だ。
魔力を厚さ十cm程の板に成型し、魔力を継ぎ足しながら圧縮と拡張を繰り返す。
そうする事で出来上がる魔力の壁は俺の最大火力魔法《局部破壊放電》をもってしても、貫くことの出来ない最硬の盾となる。
これを常に展開しておけば、この間のような不意打ちは受けないで済むだろうと思う。
まぁそもそも油断をしていた俺が悪いのだが……。
(探知は常時発動していないと駄目だな。何かあってからじゃ遅いんだ)
「《探知》」
《探知》を発動すると多くの情報が頭の中に入ってくる。
その情報量の多さの為、街中では使わないようにしているのだが、今は深夜だ、皆寝静まっている時間だろうからそこまでの情報量はないだろう。
中央棟の客間には辺境伯達がいるんだな。
流石に子供達とは一緒じゃないか。
孫溺愛じじいもアーニャとは一緒じゃないようだ。
話が終わりさて解散、とアーニャが部屋を出て行くときのザーラ=ザラ=ズールの顔はこの世の終わりかのような顔をしていた。孫が好きすぎだろ。
ん?職員室にはまだ二人いるな。
こんな時間まで仕事かぁ。
そういえば試験が近いって言ってたな。
問題作成でもしてるのか……?
いや、それにしては二人の距離が近いな。
火魔法学科のアリシア先生とうちの担任のカツラ先生だ。
ちょっと待って!なんか絡み合い始めたんですけど!
そう言う関係だったのかよ。
………………
…………
……
人間だもんね。仕方ないね。
行為中に慌ててカツラを拾う姿は笑ったけど、アリシア先生は気がついているみたいだな。思い切ってスキンヘッドにしちゃえば良いのに。袋小路きも麻呂みたいな髪型なんだよな。正直にあってない。
ん?学生寮にも怪しげな部屋があんな。
ここってライアの部屋じゃねぇか?
部屋にいるのは……?
教頭先生!?
真面目そうな顔してやりますねぇ。
でも流石にそれはまずいんじゃないですかね……。
これ以上は俺の精神衛生上悪いな。
《探知》を解除しておく。
俺も彼女欲しいなぁ〜。




