61話 静電気と出頭命令
「魔法を使わないでどうやって魔法の訓練をするの??」
アーニャの顔は完全に惚けており、俺が何を言っているか理解できていない様子だ。
「魔法の訓練をするんじゃなくて、魔力自体を伸ばす訓練するんだよ。魔力をひたすらに動かして訓練する事で、魔力の総量と魔力の練度が上がるんだ」
多分だけどね。
今日まで魔力訓練をしてきた経験則だ。
『属性変換術式は呪い』に対するある程度の答えは頭の中で形になりつつある。
だからそれを確かめる為に、彼女には申し訳ないけど、ちょっとだけ実験に付き合ってもらおう。
俺は指先に魔力を放出し、球体や三角、花ちゃんのような見た目など、様々な形に変化させてみせると「わぁっ!」と感嘆の表情で見つめるアーニャ。
ふっ。基本的にベッドの上で毎日怠惰な生活を送っているお陰で、これだけは上手くなったのだ。
《魔力手》バンザイ!
本当ならば俺の疑問に《賢者》のおっさんがサクッと答えてくれればいいのだけど、花ちゃんに聞いても『お返事がザーッって雨みたいなの』といまいちよく分からないことを言っているので、聞くことを諦めた。
俺がアーニャに「出来る?」と尋ねると、「むむむ」と言いながら眉間に皺を寄せて魔力を動かそうとする。
彼女の指先は眼前にあり、可愛い顔が指先を注視する事で寄り目になっている。
美少女は変な顔になっていたとしても美少女なんだな。
指の魔力を眺めるふりをしながら、アーニャの顔を眺める。
可愛い。
「どうですかっ!? 出来てますか!?」
アーニャの指先に溜まっている魔力はオンブリックの言うような、霧散してしまうような事は起きていない。
俺の予想に確かな手応えを感じている。
最終的な目標は花ちゃんと同じく、魔法名すら発しない、完全なる無詠唱での魔法の発動。
俺の予想が正しければアーニャはきっとそれをできるようになる筈だ。
「毎日欠かさず魔力を意識して動かす練習をする事。くれぐれも【属性変換術式】による魔法詠唱はしちゃ駄目だからね。それとこの秘密の特訓は、他の四人には教えちゃ駄目だからね」
もし、コスムカバが何かしら彼女達に危害を加えようと画策していた場合、腕輪の効力が切れていることがバレるのは避けたい。
だから出来るだけ秘密裏にこの実験を進める必要がある。
俺のお願いを聞いたアーニャはブンブンと首を縦に振った。
こうして、初日の授業が全て終わった。
◇
初日の授業から一週間が経った。
週末の二日間は日本と一緒で授業のない休日のようだ。
今日は日曜日、明日からまた授業が始まる。
相変わらず魔法の授業はつまらないが、変わった事と言えば、授業が終わった放課後は毎日、アーニャが俺の部屋にくる様になった事だ。
魔力の訓練はいつだって、どこでだって一人でできる。
それこそ授業中でも、トイレでも、風呂場でもなんでもだ。
初めは「自室で勝手にやってくれ」と拒否しようと思ったが、教えてあげようと言った手前、「一人でやれ」なんて言うのもひどいなという事で一緒に訓練する事になったのだ。
じゃあ何処でやるかと俺は悩みに悩んだ。
訓練場でアーニャと花ちゃんと三人で訓練をしているのも非常に目立つし、かといって教室で訓練するのも他の目があって気になる。
「じゃあ仕方ないか」と言う事で、渋々俺と花ちゃんの部屋で行う事になった。神に誓ってやましい事は一切ない。
そういえば神様元気かな。
と、そんな事よりも訓練だ訓練。
「じゃあ一週間経ったし、どんな事出来るようになったか見せてもらって良い?」
俺がそう言うと、アーニャは真剣な面持ちで「すーっ、はぁ〜」と深呼吸すると魔力を指先に集中し始めた。
すると、歪ではあるが球体やピラミッド、菱形などの形に魔力を変化させていく。
(思ってた以上だ。放課後、解散した後もしっかりと練習してたんだな)
「師匠! どうでしょうかッ!」
鼻の穴を膨らませているアーニャ。
どうやら会心の出来だったらしい。
「だいぶ出来るようになったけど、師匠はやめてくれないかな……」
「わかりましたっ! 師匠!」
「全然わかってないじゃないか……」
なぜ俺が師匠呼ばわりされているかと言うと、訓練を始めて三日目に「花ちゃんパパの魔法見てみたいですっ!」としつこかったので、俺の部屋の窓から初日に花ちゃんが作り上げた金属製の案山子を《局部破壊放電》で吹き飛ばした事が原因である。
校長先生にめちゃくちゃ怒られたのは記憶に新しい。
「じゃあそろそろ次の段階に――」
――コンコン。
建付けの悪い、ガタが来ている扉を叩く音が聞こえる。
「ベックさん、いますか? ロッティーです」
「教頭先生? こんな時間にどうしたんですか?」
軋みをあげる扉を開ける。
「夕飯時にすまないね。君にお客様だよ。 おや? ズールさんもいるんですね。 ちょうどよかった、貴女にもお客様ですよ」
「お客様? 一体だれでしょう?」
この世界に俺の知り合いなんて両手の指で足りるくらいしかいないような。
「えぇと、申し上げにくいのですが、王宮から出頭命令が来ています……。一体何をしたんですか?」
「師匠……犯罪者だったんですね……」
「おい、俺は身に覚えがないぞ! 犯罪者呼ばわりするな!」
俺たちは教頭先生に連れられるまま、自室を後にした。