60話 静電気と呪い
「花ちゃんすっごいね! どうやったらあんなに凄い魔法が撃てるの!?」
俺の右肩に乗っている花ちゃんに興奮しながら顔を寄せて話しかけるのは、同じ土魔法学科のアイドルであるアーニャ=ザラ=ズール。
花ちゃんに近いと言うことは、俺の顔にも近いということであり、もみあげからうなじにかけてまでが見えるわけで、それはつまり距離的に言うといい匂いがするわけで。
俺のリビドーがエクスプロージョンする前に、俺は肩から花ちゃんを下ろし、訓練場の地面に立たせる。
童貞には女性のいい匂いと、首筋の輝きは眩しすぎるのだ。
「込める魔力で魔法の威力が変わるのは知ってるよね? 魔力の増減で魔法の威力は変わってくるんだよ」
アーニャのあまりの勢いにタジタジになっている花ちゃんに変わって回答する。
「そっかぁ〜! じゃあ花ちゃんは魔力が多いんだねっ!」
「花ちゃんの魔力はそんなに多くないよ。確か【魔力】Dだったと思う」
「えっ! じゃあ私と一緒だよ〜。なんでこんなに違うのかなぁ。未だに魔法も使えないし……」
さっき見た感じだと、肩口辺りから魔力が何かに邪魔されるように全く動いてないんだよな。
それも辺境伯の娘たち全員が全員そんな感じだった。
それさえ取り除ければ普通に使えるようになると思うんだけど。
「君達は最初から魔法が使えなかったの?」
「んーん? 最初は魔力を感じる事も出来たし、指先だけだけど魔力を集める事も出来てたよ〜。それが入学してすぐに使えなくなっちゃった」
魔力を集めることができた?
校長先生でも出来ないのに、魔法を使えないこの子にできるのか?
「入学してすぐ? 魔力は使えても、魔法は使えなかったのか……。よく魔法も使えないのにコスムカバと一緒に《ロテックモイの逆さ塔》に入ろうと思ったね」
「ライアちゃんが『コスムカバ一人で大丈夫』言ってたからついて行っちゃった」
たはは、じゃないよ。たはは、じゃ。
駄目だ。この子の頭の中も空っぽだ。
名家の跡取りがこんなんで大丈夫なのか?
それとも、他に跡取りになる様な兄弟がいたりするのだろうか。
『花ちゃん、何で彼女たちが魔法使えないか分かる?』
『《賢者》さんが腕輪をはずしなさいって言ってるよー!』
腕輪を外せ? あの紫色の丸い石が付いたやつかな。
「ア、アーナ、ニャちゅわん」
やばい。噛んじまった。さっきの匂いにやられたか。
めちゃくちゃ「?」って顔でこっち見てるし。
美少女の名前を呼ぶなんて俺には難易度が高すぎ。
『パパ? 何今の!』
「んん゛!」
とりあえず咳払いでごまかす。
花ちゃんが何か言ってたが気にしない。
「君のその右腕に付けてる腕輪。それはどこで手に入れたの?」
「これ? コスムカバ君がみんなにくれたんだよ。『入学祝いだー』って私たち全員にね!」
「それ取って、魔法詠唱してみてくれない?」
「それがピッタリはまって取れないんだよね〜。お風呂の時外そうかと思ったけど外れなくてっ」
まるで呪いの腕輪みたいだな。
何が目的でコスムカバはこの腕輪をみんなにあげたんだ?
みんなで名を上げるためだったら、一人でも多く魔法を使えた方がいいだろうに。
わざわざ魔法が使えなくなる腕輪をあげる意味がわからない。
それとも辺境伯家の中で自分一人だけ名をあげたかったのか。
だから呪いの腕輪で魔法を使えなくした……とか。
でもそれなら迷宮に彼女達を連れて行く意味がないか。
『この腕輪を外す方法ってあるのかな?』
『光魔法の《解呪》で出来るってー! 花ちゃんやってみてもいーい?』
『え? 花ちゃんそんな事も出来るの?』
『花ちゃんなら出来るって!《賢者》さんが!』
まじなんなん?
《賢者》のおっさん、花ちゃんの好感度あげようとし過ぎでしょ。
花ちゃんがアーニャの手を持って《解呪》を唱えると、白く淡い光がアーニャの手を包み込んだ。
「あれぇっ!? 腕輪が何だか緩くなったよっ!」
「腕輪取れる? その腕輪を外した状態で魔力を動かしてみてくれない?」
「わぁっ! 魔力が分かるようになったよ!」
今まで肩口までだった魔力が、しっかりと腕まで巡っているのが分かる。どうやら上手くいったようだな。
今光っていたのは誰も気がついていないようだ。
「一つ質問してもいいかな? 『入学する迄魔法使える人は殆どいない』ってお昼休みの時言ってたけど、その理由は知ってる?」
「えっとねっ。じぃじに聞いたことあるんだけど、魔法学校に入学出来る年齢までに魔法を使っちゃうと、魔力が成長しなくなっちゃうんだって」
『そうなの? 花ちゃん?』
『そんな事はないみたいだよ。魔力は使えば使うほど成長するって《賢者》さんが言ってる。しかも小さい時の方が伸び代があるんだって!』
この世界で言われている常識と《賢者》のおっさんの常識はどっちが正しいんだ?
『この世界の魔法はどんどん衰退して行っている』とオンブリックが言っていたけど、こういう認識の違いがそれを加速させてるんじゃないのかな。
少なくとも俺は《賢者》のおっさんが言っていることが間違ってるとは思えない。
現に使えば使うほど俺の魔力は増えていっているし、熟練度もどんどん上がっていっている。
【属性変換術式】は【呪い】って言う《賢者》のおっさんの言ってる事も気になる。
「なるほどねえ。それはそうと、どうかな? 魔法撃てそう?」
「撃てる気がする! 『静かなる大地の精霊たちよーー』」
「わーー! ちょっと待って! 撃たないで!」
「えー! なんでよっ! 私も花ちゃんみたいにかっこよく魔法撃ちたい!」
「だったら尚更撃っちゃ駄目だよ! 実はね、花ちゃんは特別な術式を使っているんだ。だからあんなに凄い魔法の威力なんだよ」
『パパ? 花ちゃんそんな術式なんて使ってないよ?』
『良いからちょっと話し合わせて!』
「そうなのっ!? 私にも教えて!」
「教えて上げるには条件があるんだ。 それはねーー」
魔法を使わないんでほしいんだ。




