5話 静電気と街
洋也のレベルは44。
この世界の冒険者に照らし合わせるとレベルだけはB等級に当たる。
特に敏捷のステータスAは、ランクAの冒険者にも匹敵する早さだ。
先程、洋也は死にかけたと自身では思っているが、現在の洋也の身体は岩小鬼に噛まれたくらいでは多少皮膚から血が出る程度で致命傷にはならない。
そのくらいアルマを吸収した事によるレベルアップの恩恵は凄まじい。
(倒せた……)
《雷槍》をすぐさま解除する。
このスキルを使っている間は常に電力と魔力を消費するので凄く疲れる。
周囲に魔物がいないか《探知》で確認し、呆然と立ち尽くす剣士に声をかける。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられ一瞬怯えたような表情をするものの、ハッと自身の背後にいた二人のことを思い出したかのように駆け出した。
「ディーナ大丈夫か!?」
剣士は急いで腰に巻きつけているポーチから、試験官のようなガラス瓶に入った緑色の液体を出し、女性の負傷している脇腹にかける。
すると、しゅわしゅわと音を立てて傷口が塞がっていく。
「脇腹の傷以外は軽傷です。傷の方も幸いなことに内臓には達していないので、いずれ眼を覚ますでしょう。ただし血をかなり流しているので絶対安静です」
女性は気絶しているようで、替わりに今まで手当てしていた、ターバンを巻いた男が答える。
剣士はホッとしたように座り込むと、思い出したかのように立ち上がりこちらへ近づいて来た。
「助かった! 俺はリック。そしてこちらは俺の依頼主のケルセイさんだ」
「どうもケルセイです。助かりました。もうダメかと思いましたよ」
ケルセイはちらっとリックの方に視線を飛ばす。
頭をポリポリ掻きながら、リックと名乗る剣士が答える。
「普通ならこんなところに岩小鬼はいねえ。本来もっと山奥のダンジョンなんかにいる魔物だ」
異常だ。ギルドに伝えないとな。とつぶやいている。
あれはロックゴブリンって言うのか。
普通のゴブリンって緑色の皮膚だよなってずっと思ってたんだよな…。
「それで、珍しい恰好をしている貴方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか? 命の恩人です。お礼をさせていただきたい」
「確かに変な格好をしてるな。それに見たことない魔法だった」
そうか、やっぱりスーツはまずいな。
早めに何とかしないと。
それにしても雷の魔法は珍しいのか。
下手に怪しまれても困るし、あまり言わないようがいいかもしれないな。
魔法については聞こえないふりをし、名前だけは別に答えても損はしないので正直に答える。
「別宮と言います。 襲われているのを見かけたのでつい」
「ベックさん、本当にありがとうございました。このお礼は街についた際、是非させてください」
ケルセイが俺の手を握りながらお礼を言う。
なんか発音が違う!
訂正するのも面倒くさいし、気にしないでおくか。
お礼って何もらえるんだろ、魚も飽きてきたし、おいしいご飯が食べたいなあ。
「本当に助かったぜ! 街までの護衛任務だったんだがな。この辺はウルフしか魔物が確認されてないから楽勝だったはずなんだが、まさか岩小鬼の集団に襲われるとはな。アイツらは皮膚が硬えから本来ならば魔法で仕留めるんだ。だが、俺もディーナも剣しか使えねえ。三匹まではなんとかなったんだがディーナはやられ、剣も折れちまった」
悔しがっているリックに、他にも山の麓に岩小鬼が居たことを伝える。
「山でも降ってきたか? 近くに巣があるかも知れねえな」
警戒感を表すリックを余所に、ケルセイは冷静に状況を分析する。
「とりあえず、ディーナさんの件もあります。早くここを移動しましょう。ベックさん、どちらに向かう予定ですか? もしボラルスの街へ向かうのでしたらご一緒にいかがですか? 護衛依頼です。報酬はお支払いします」
「何があるかわからねえ。アンタくらいの腕の立つ冒険者が居てくれると助かるぜ」
よっしゃ! 願ったり叶ったりだぜ!
無暗に一人で歩くより、ずっといいな。
街の場所もわからないし、こっちの世界のお金も持っていないので快く同行させてもらおう。
その後なんとか三人で馬車を起こしたのは良いが、馬は逃げてしまっていた。
《探知》で周囲を探ると探知範囲ギリギリの百メートルほど離れたところ発見したので、ちょっと周囲を探してくると伝え、捕まえに行く。
もちろん都会育ちの俺は馬に近寄るのも初めてで、ビクビクしながら手綱を持っていたのだが、顔を摺り寄せてくるような、非常に人懐っこい馬だったのでよかった。
馬を馬車まで引っ張ってくると、ケルセイさんは目に涙を浮かべて喜んだ。
どうやらお礼をするとは言ったものの、街で馬を買ってしまうと、買い付けしようとしていた商品が買えなくなり、破産寸前でお礼どころではなくなってしまいそうだったみたいだ。
もう一つ借りができてしまいましたねと、苦笑いしながらケルセイさんは御者として馬を走らせる。
こうして一行はボラルスの街を目指しゆっくりと進んでいく。
◇
「それにしても、その黒い髪も服装もこの辺じゃ見かけないな。どこからきたんだ?」
かなり遠いところです、と適当に答える。
まさか違う世界からきました! なんて言えるはずもないしね。
「遠方っつうと海の向こう側か。じゃあ阿波国らへんか? あそこには一回行ったことあるが、アンタみたいな黒髪のやつが多かったな」
リックは飯がうまかったなあ、と懐かしそうに語る。
どうやら刺身や醤油などの文化があるそうで、魚を生で食べるんだそうだ。
是非一度行ってみたいな。
刺身や醤油もあるならきっと米も味噌もあるはず。
まだ異世界に来て2日目だが、すでに米が恋しくて仕方がない……。
そんな話をしていると、気絶していた女性が目を覚ましたようだ。
「ディーナ! 目を覚ましたか!」
「リック! ケルセイさんは!? それに岩小鬼はどう……なった……の……?」
ディーナという女性と目が合い、軽く会釈しておく。
「ディーナ、俺たちは大丈夫だ。岩小鬼はそこにいるベックが倒してくれた。ほら見てみろ。討伐証明の耳だ」
岩小鬼七匹分の切り取った耳を見せると、ディーナは一瞬疑うような目つきでこちらを見るも、『そうですか、ありがとうございました』とお礼を言った。
「見た目は変だが、腕は確かだ。岩小鬼を一瞬で4匹も倒しちまうんだからな」
「あの岩小鬼を一瞬で? 見たところ武器も何も持ってないようだけど」
再度疑うようにこちらを見る。
「魔法で倒したんですよ。どんな魔法かは内緒ですけどね」
「一瞬で岩小鬼の頭が吹き飛んだし、手に持ってたあの雷みたいな槍? あれはなんだ? 魔剣かなんかか?」
「まぁなんにせよ、助かったから良いじゃないですか」
あまり聞かれたくないので話を濁す。
「冒険者同士、手の内はさらしたくねえよな。おまんまのタネを聞くなんて野暮なことしちまった。すまんな。なにせ初めて見る魔法だったもんでな」
がっはっはと豪快に笑うリック。
悪い人ではなさそうだ。
俺は冒険者じゃないけどね。
日も落ちてきて、今晩は街道沿いの空きスペースに馬車を止め、野営することになった。
「ボラルスの街までは、もう少しです。明日の昼には到着できると思いますよ」
ターバンを外しながら、ケルセイが言う。
「ベックさん、食事はどうしますか? 生憎、私たちは人数分しかないのですが……」
「大丈夫です。自分の分は自分で用意できますから」
そう言って、飯を取り出すと、食欲をそそる香ばしい香りと、湯気が立ち昇る。
昨日焼いた魚をマジックバッグに入れておいたのだが、どうやらマジックバッグの中は時間が経過しないようだ。
焼きたての魚を掴み、頬張りながら改めてその便利さを再認識した。
「べべべべべべベックさん!? どこでそんな魔道具を!」
若干気持ち悪い顔でケルセイが近づいてくる。
やめて!
おじさんに近寄られてもうれしくないのよ!
適当にはぐらかしながら、ケルセイが落ち着くのを待つ。
神様にもらったなんて言えないもんなあ……。
「マジックバッグなんて王族くらいしか持ってないと思ってましたよ。私を含め、欲しがる人は大勢います。あまり人前で出さないほうがいいですよ」
計り知れない価値ですよ……、と忠告してくれた。
「ベックくんってお金持ちなの? 変な格好だけど、高級そうな生地の服着てるし」
「やっぱり変ですか?」
この世界にスーツなんてないんだな。まぁ当たり前か。
ところどころ焦げてるし、何とかしないと目立ってしょうがないな。
何より、自分だけ違う姿って恥ずかしい。
「そうね、こっちでは見ないかっこね。街だと目立っちゃうかも。あっ!そうだ、助けてくれたお礼にこのマントあげるわね。たぶんもう使わないしね」
そう言ってディーナはフード付きのマントをくれた。
クンカクンカ。
女性の甘い良い匂いがする。
めちゃくちゃいい匂いだ。
もう一度嗅ぐ。
クンカクンカ。
それにしても、もう使わないってどういう事だ?
もしかしてと、ある程度想像しながら思い切って二人に尋ねる。
「お二人はそういう関係ですか?」
「俺らか? 冒険者仲間で、夫婦だな」
最近結婚したらしい。
クンカクンカ。
ディーナが顔を赤くする。
そんな感じしたんだよなぁ……。
リア充爆発しろ。
俺にも素敵なお嫁さんが来る時があるのだろうか……。
「長年二人で冒険者やってたんだがC級止まりでな、そろそろ引退して故郷のボラルスでディーナと宿屋でもやろうかと思ってよ」
なるほど、吊り橋効果か。
冒険者は危険な稼業のようだし、そういったこともありそうだ。
じゃないとこんな毛むくじゃらのいかついおっさんに、美人でナイスバディのディーナさんが惚れるわけがない。
惚れるわけないんだから!
しばらくすると辺りは暗くなり、夜はリックさんと順番に見張りをすることになった。
目を覚ましたと言っても、ディーナさんはまだ体調が万全じゃないからな。
俺が先に見張りをすることになった。
《探知》スキルを発動し周囲を探る。
ケルセイさんたちを助けてから定期的に《探知》を使ってたんだが、生き物の気配が全くない。
山付近では、魔物がいない時でも小動物の反応はあったんだけど……。
リックさんが言うように何か異変が起きているのかもしれない。
魔法の練習をしながら、見張りをしているとリックさんが起きてきた。
「交代の時間だ。今日は本当に助かった。後は俺に任せてゆっくり休んでくれ」
まぁなにかあったら起こすが、と豪快に笑う。
お言葉に甘えて休むことにした。
今日は色々あってかなり疲れたからか、近くの木に寄りかかるとすぐに睡魔に襲われた。
気がついたら朝になっており、ディーナさんが朝食を作っていた。
それぞれ朝食をとり、支度を終える。
ターバンをギュッと締め直したケルセイさんが、馬車を走らせる。
しばらくして、街を囲むように石材を積み上げて作られた城壁のようなものが見え始めた。
「皆さん見てください! 街が見え始めましたよ!」
御者席からケルセイさんが叫ぶ。
異世界に来て初めて、大きな都市であるボラルスの街へ到着したのであった。
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