53話 静電気と花ちゃんと魔法
「迷惑かけてしまったねぇ。まったく……あたしゃ貴族の子供は好かんのじゃ。あやつらこの魔術学校を勉強の場ではのうて、見栄を張る場所と勘違いしておる。特にナウソラエの所は親子二代でろくでもないさね」
親子二代って一体何をしたんだ……。
オンブリックは生徒五人が出て行った後、右手で頭を押さえながら「まぁ謝るだけ、息子のほうがマシじゃの」とため息をついた。
すっかり怒りが収まったのか、先ほどまでの怒気を孕んだ声色は優しいものになり、オンブリックの顔は元の萎びれた果物のような顔に戻っていた。
「して、話の途中でロッティーが入ってきてしまったからな。お主の特異な魔法の話と、魔法を使えるか使えないかの話だけしかしてなかったの。あの子の手紙には『助けてやってくれ』と書いてあったが、何か目的があってこの魔術学校に来たんじゃろ?」
ロッティー?
状況から言うと教頭先生のことかな。
「魔法を学びたくてこの魔法都市に来たんですけど、俺は魔法使えないんですよね? だからどうしようか、いま迷っている最中です。魔法以外にも学びたいことができたんで、しばらくはこの街に滞在して本でも読もうかと思ってるんですよ」
「なるほどのぉ……。魔物を倒して肉体を強化すれば使えるようになるかもしれんがの。昨日のままだと使えそうにないさね。 んー……。そういえばお主、魔力で物を持てるのさね?」
あぁ紅茶を飲んだ時、何か言いかけてたのはそのことかな?
「あぁ、そうですね。 かなり大きなものも持てますよ」
俺は、校長室に飾られている、アメジストのような大きい水晶を《魔力手》で掴み上げ、目の前のテーブルの上にごとりと置いた。
「ふーむ……。そもそも、それがおかしいのさね。普通は魔力で物を持ち上げることなんてできないのじゃ」
そうなのか?
結構簡単に出来るようになったんだよな。
「でも、さっき校長先生が怒ってる時、身体から漏れる魔力で本とか調度品がカタカタ動いてましたよね? その魔力に指向性持たせれば良いだけじゃないですか?」
「そう簡単な話じゃないさね。お主は吐いた息を動かせるかの? あたしゃには無理さね。体外に出た魔力は空気中に霧散してしまうんじゃ。逆にやり方を教えてほしいくらいさね」
「なるほど……そう言うものなんですねえ」
多分【魔力操作】スキルが関係してるんだろうな。
「魔力だけを使うっていう発想がなかったからのぅ。魔力はあくまでも【属性変換術式】を発動させるための燃料みたいなものじゃ。仕組みについては理解できているかの?」
何だっけ。
え~っと……。
「あ、あはは。た、確か呪文で属性を決めて魔法を放つ術式でしたっけ……? 【知性】が低いと適性がないんですよね。俺の【知性】がGだから何も使えなくて、Fになれば何かしらの属性に適正が出るかもっていうところまでは覚えてます」
「まぁ間違いではないさね。今の魔術師は【属性変換術式】に縛られているといっても過言ではないのぅ。呪文を詠唱しなければ魔法を発動することができないんじゃからな」
「でも、原初の魔法使いが【属性変換術式】が創造する前までは、そんなものがなくても普通に魔法を使えてたんですよね? だとしたら使える可能性があるんじゃないんですか?」
「可能性はあるかもしれないさね。だけど手掛かり一つ掴めてない以上、どうしようもないのじゃ。呪文の詠唱を必要としない、古代の才能溢れる魔術師達はもう既にこの世にいないからのぅ。精霊に愛されている耳長族ですら、スキル無しに無詠唱で魔術を使うことができないのさね」
ふむふむ、なるほど。魔法って色々大変なんだなぁ。
確か花ちゃんの【知性】ってSだったよね。
花ちゃんって魔法使えるのだろうか。
本人に聞いてみるか。
『ねぇねぇ、花ちゃんって魔法使えるの?』
『うん? 花ちゃん魔法使えるよー!』
『マジ!? 何の魔法使えるの?』
『一番簡単なのだったら、全部使えるの!』
『全部ゥ!?』
全部ってもしかして全属性?
花ちゃんは蔓を上に挙げうねうねと不思議な動きをしている。俺の魔力が削られて……いやこれ以上言うのはやめよう。
俺たちの会話は念話によるものなので、校長先生には聞こえていない。
急に花ちゃんが魔力を削るような動きをしたからか、校長先生の身体が一瞬だけビクッと跳ねた。校長先生は高齢だ。気をつけないと心臓が止まっちゃうかも。
「何かのぉ、いま失礼な事を考えたじゃろ」
ゆっくりと起き上がったオンブリックはジト目で俺を見据えた。
「いえいえ! 今、花ちゃんが面白い事してくれるみたいですよ!」
俺は両腕をブンブンと大きく振り「ほら見てください!」と慌てて誤魔化す。
『ちょっとやってみてくれる? 威力は最低限で!』
『まっかせてー!』
花ちゃんは六本の蔓をテーブルの上に突き出した。
丸く可愛らしい六本の蔓先には、微量の魔力が少しずつ、少しずつ集まっていく。恐らく威力を抑えるために魔力を抑えているのだろう。
(一応魔力でガードしておくか……)
俺も何があってもいいよう魔力で周囲を覆い、不測の事態が起きても対処できるように備える。
校長先生は何が始まるのかワクワクした様子だ。
萎びた双眸を大きく開き、その干しぶどうのような小さな眼を輝かせながら、花ちゃんの丸みを帯びた蔓先に視線を飛ばしている。
魔力の流れが止まる。どうやら準備ができたようだ。
花ちゃんは一言も発さないまま、魔力の溜まった蔓先から各属性の魔法を発動させた。
火属性魔法 《ファイヤーボール》 ボウッ
水属性魔法 《ウォーターボール》 チャプッ
土属性魔法 《アースニードル》 ガガッ
風属性魔法 《ウィンドカッター》 ヒュンッ
光属性魔法 《フラッシュヒール》 リーン
闇属性魔法 《ダークボール》 ヴゥン
オンブリックは驚きの余り「な、なん、何じゃとぉ!!!!」と大声で叫んだ後、ソファーごと後ろにひっくり返った。
さすが花ちゃん。六属性同時に出すとは……。
お父さん鼻が高いぜ!
「うお! 花ちゃんスゲーな!」
『花ちゃん、凄い〜?』
「めちゃくちゃ凄いよ! そういえば、花ちゃん? 今って呪文の詠唱してた?」
『呪文? ってなぁに?』
「一人で何をブツクサ言っておるんじゃ! その子は呪文の詠唱をしておらんのか!? えぇい! ワシもその子と話をさせい!!」
干しぶどうが近づいてくる。
念話だから俺たちにしかわからないのに、驚きすぎて声に出しちゃってたな。それにしても興奮しすぎだろ。
オンブリックはずいっとテーブルの上に上半身を乗り出し、「どうすれば話せるんじゃ!?」と、待ちきれない様子だ。
「花ちゃんの蔓を握ってください。それで話せますよ」
その後は二時間みっちりと質面責めにあった。
本来魔法は、ある程度の魔力と具体的なイメージがあれば発動できるらしい。
俺が出来ないのはイメージする力が足りないのかもしれない。
それに《賢者》のおっさんは【属性変換術式】は【呪い】だと言っているようで、花ちゃんを通しての会話になるのだが、花ちゃんも良くわかっていないようで、ユニークスキルの《賢者》のおっさんが言ってることが、うまく此方に伝わらないようだ。まだ生後二ヶ月くらいだからね。こればっかりは仕方ないね。
流石に花ちゃんも疲れてきた様なので、オンブリックに研究材料にされる前に、「花ちゃんがお腹空いたそうなので」と逃げるように校長室を後にした。
『おっ花ちゃん! フレアリザードの串焼きだってよ! 食べてみる!?』
『おいしそう! 花ちゃん食べてみたい!』
ようやく解放された俺たちは夕食を摂るため、賑やかな夜の屋台街を徘徊する。
暗くなり始めた空に目を向けると今宵は曇り空だ。
陽が出てるわけでも、月が出てるわけでもないのだが、魔法都市ソーンナサラムの夜はとても明るい。
昼間は気が付かなかったが、地球にあったような街灯が、道の両端に等間隔に立っている。
『花ちゃん、あの光っている柱は何? ボラルスにはなかったよね』
『魔導灯って言うみたいだよ! 魔魂石が取り付けられているみたい! その魔魂石が空気中の魔力を吸収して夜になると発光するみたいだよ!』
『科学みたいだなぁ。って言っても地球では魔力ではなく電気で光るんだけどな』
『カガクってなに?』
『うーんとね。花ちゃんが教えてくれた魔導灯みたいな仕組みのことだよ』
『そうなんだー! 魔工学みたいなものなんだね!』
魔工学ってこの魔導灯の仕組みの事かな?
そういえば、宿屋の明かりも火ではなかったな。
あのランタンも魔工学だったってことか。
『魔工学で出来てるものって他に何があるの?』
『お水が出る物とか、お料理するときの火が出る物とか!』
なるほどねえ。
工房みたいな所とかあるのかな。
もしあるのなら見学してみたいものだ。
それにしても知らないこと、知りたいことが多すぎる。
花ちゃんがどこまで魔法できるかも確認したいし、明日は冒険者ギルドと図書館に行ってみようかな。




