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52話 フィオルターレ王国と四大辺境伯

 

(国王陛下~早く来てください~……)



 あぁ今日も胃が痛い。陛下の頼む事は大体厄介ごとだ……。

 この国を代表する大貴族が今私の目の前に四人もいらっしゃる。

 もうかれこれ一時間以上も前からこの会議室に閉じ込められ、非常に機嫌が悪そうだ。



 国王陛下の秘書官――それが私の官職だ。物凄く聞こえの良い官職だが実際のところはただの雑用。

 私の仕事は王宮や諸外国において行われた会議の議事録を作成したり、それに伴う契約書の作成、その他国王陛下のお申しつけになられる雑務をこなすこと。

 そして今回もいつものように、この会議の議事録の作成と、雑務としてこの四名の大貴族様のお相手をしなくてはいけないのだが、如何せんもう間が持ちそうにない。



「おい、秘書官。王はまだ来られないのか」

「我らが王に失礼じゃぞ。赤いの」

「爺さん、そりゃあないぜ。俺らはもう一時間は待たされているんだからな」

「…………ハァ」


「もう間もなくかと……」


 本日、何回目のこのセリフだろう……。

 フィオルターレ王国の王城に数多くある会議室の中でも、一際豪華で煌びやかな一室に四人の【辺境伯】が集結していた。



 フィオルターレ王国は貴族制度を採用しています。

 王国爵位の序列は、【王】から始まり、【公爵】【侯爵】【辺境伯】【伯爵】【子爵】【男爵】【騎士爵】の順となっており、これら七つの爵位を総じて【七爵】と言うのです。

 また、貴族は大きく分けると二種類存在し、代々爵位を受け次ぐ永代爵位と、一代限りの名誉貴族となります。大きな武功を立てた冒険者の方などが【名誉騎士爵】といった名誉貴族になられることが多い印象です。



 爵位の序列は、その貴族の持つ軍事力であったり財力であったりと様々な要因で序列が決まるのですが、中でも【侯爵】に次ぐ爵位である【辺境伯】の爵位はこの国においてとても重要な意味を持つものであり、その爵位を代々受け継ぐ方々はとても重要な人物達と言えるでしょう。



 彼らの領地は東西南北に分かれており、国境沿いの隣接する様々な《敵》からの侵略に備えるため軍事指揮官の権限を有して居ます。

 一般の伯爵よりも軍事力と財力を備え広大な領地を持ち、特に武に秀でた大貴族様達でございます。



 先程、私に「王はまだか」とお声掛けいただいたお方は、《終わりの守護者》ウロヤミゴ=ナウソラエ様。

 フォレスターレ王国の北部にある、魔族の住む領域《ドルガレオ大陸》と唯一陸地で繋がっている場所《世界の終わり》を含む広大な領地を支配する大貴族様です。

 燃える様な紅の頭髪に、整ったお顔立ち、細身ながら鍛え上げられたお身体は、齢五十とは思えない、同性の私から見ても惚れ惚れする様な気品と美しさがあります。ここ数百年、魔族の侵攻はございませんが、いつ魔族が攻めてくるかもわからないこの土地を代々守護している名家でございます。彼の一族の皆様はその燃える様な色合いの頭髪に似た、火魔術に秀でた人物を多く輩出しているようです。



 続いて、ナウソラエ様を「赤いの」とお呼びになったお方、《竜殺し》ザーラ=ザラ=ズール様。

 ムエスマ大森林の更に東、砂漠国家ティラガードに隣接した山脈《竜の巣》の周辺を領地とする大貴族様です。

 歳のせいか頭頂部は確りと禿げ上がってしまい、側頭部に申し訳程度に生えた白髪とたっぷりの顎鬚を蓄えた老人ですが、齢八十を超えるようには見えないその強靭な肉体は、背丈の倍ほどもある国宝級の大戦斧パラシュラーマを操る様でございます。その大戦斧の一振りは、ドラゴンの首を一刀で切り落としたという逸話があり、《竜殺し》と呼ばれていらっしゃる豪傑でございます。



 そんなズール様を「爺さん」呼ばわりするこの方は、《冒険王》サイラス=カロボトム様。

 フォレスターレ王国の西部、高難易度迷宮《地獄の門》がある、デドステア山脈麓の鉱山都市アイアンフォードの領主様です。

 爵位を賜った初代様が冒険者だったそうで、カロボトム家は代々冒険者として名を残すような目覚ましい功績を挙げていらっしゃいます。先代の当主様が《地獄の門》八十階層でお亡くなりになり、僅かその二か月後にはサイラス様が率いる冒険者パーティ「白剣」が八十階層を踏破、現在は九十階層到達に向けて準備なされているとか……。

 非常に豪胆な性格と言われており、短く刈り込まれつんと上を向いた黒い頭髪、その傷だらけの分厚い身体からはパーティ名の由来でもある、二メートルほどの大きさの、輝く純白の大魔剣《白剣》を軽々と振り回す膂力を感じられます。



 最後に悩まし気なため息をついているお方。四大辺境伯の中の紅一点。《水龍》フレデリカ=ナーナイル様。

 フォレスターレ王国の南部、高難易度迷宮《海底神殿》のある死海の海洋都市ブリッジポートの領主様でございます。

 腰まで伸ばした美しい青い髪に、どこまでも透き通った青い瞳。

 見目麗しいお顔立ちに、起伏にとんだ妖艶な肢体。

 白磁のような白い滑らかな肌は、見る者を魅了する魔力があります。

 水魔法を得意としており、最上級魔法《水龍(アクアタイヌーン)》はナーナイル様しか使えない魔法と言われております。

 ナーナイル様の領地、海洋都市ブリッジポートはどこまでも続く青い海《死海》に面しており、死海は名前にある死のイメージとは無縁の非常に綺麗な透明度の高い美しい海でございます。

 漁業が盛んに行われており、観光名所としても有名です。



 あぁでもない、こうでもないと雑談を交わす四名の【辺境伯】様達でしたが、扉の外から聞こえる金属同士が擦れる音を耳にした途端、示し合わせたように雑談を止め、金属で出来た扉のほうへ熱い視線を向けております。



 扉を開けて入ってきたのは我が主、フォレスターレ王国国王であるアレクサンドロス=カンチパサクレア3世でございます。



 オールバックにされた蓬髪の上には代々受け継がれてきた黄金の冠。

 竜の装飾が施された黄金の甲冑鎧を着込み、背中に羽織った赤いマントは金糸で竜の刺繍が施されており、ズール様にも負けず劣らずのその巨躯には、数多の戦場を駆け抜けた証拠である刀傷が鎧の隙間から見えております。



「国王陛下っ!やっといらしてくれたんですね!!」


「待たせたなエゾット。何も問題なかったか?」



 私は、問題しかありませんでしたよ!と大声で叫びたい気持ちをググっと堪え、「皆様が首を長くしてお待ちです」と、上座である豪華な椅子までご案内します。



「面を上げよ」



 いつの間にか片膝をついて頭を垂れていた四人の【辺境伯】様達は、一様に声を揃え「はっ!」と姿勢を正し席へと足を運びました。



「国王陛下、発言を許可していただけるでしょうか?」


 と、ナウソラエ様が立ち上がり問いかけました。


「うむ、許す」


「今回はどのようなご用件で我々を招集されたのでしょうか」


「近頃、魔物の動きが活発になってきておる。ボラルスの魔物災害やギベニュ―の町が飛竜に襲われたのは聞いておるか? その件について王都の冒険者ギルドにある情報が入った」


「おぉ! その話だったらアイアンフォードの冒険者ギルドにも届いてたぜ!」



 豪胆無比な態度で返事をするのはカロボトム様。

 相変わらずひやひやする話し方でございます。



「ワシが聞いた話じゃとギベニューには密猟者がいたっていう話だと思ったがの。ムエスマ大森林の山岳地帯に飛竜の巣があったっちゅう話を聞いてワシが片っ端から探して回ったんじゃが一匹もいなかったわい」



「エゾット、報告せい」



 あれ? 私が話すのですか?

 いつも私に押し付けるんですから!



「えーとですね。元A等級冒険者《業風》の話によりますと、どうやら密猟者ではなかったようなのですね。ギベニューに飛竜を持ち込んだ密猟者の中の一人が《アースニードル》で幼竜を殺した後、『これで俺の仕事は終わりだ』と言ったそうです」


「…………なにか別の目的があったって事なのかしら?」


「それはわかりません……。この件と関りがあるかはわかりませんが、ボラルスで発見された《岩山の迷宮》の未発見階層の奥に魔族がいたという報告もございます。識者の話になりますが、魔王崇拝者達の動きが活発になってきているのではないかと報告が来ております」


「《終わりの守護者》ナウソラエ辺境伯よ。お主はこれをどう考える?」


 国王陛下がナウソラエ辺境伯にお尋ねしました。


「……人魔戦争で魔王が勇者に敗れて以降、ここ数百年は、魔族の存在は確認されておりません。ですが人魔戦争以前に交流のあった魔族の子孫が、このオレガルド大陸に紛れているというのも事実。そういった輩が団結し、反旗を翻す可能性もない話ではないかと思われます」


「《岩山の迷宮》にいた魔族についてはどうだ?」


「冒険者の戯れ言でしょう。もし本当に魔族に会っていたとしたら生きてるはずがございません」


「なんでそんな事分かるんだ!? まるで会ったことがあるような言い方だな!」


「若いのはちっと黙っておれ。でもまぁ確かにそういう風に聞こえたような気がしたのぅ」


「馬鹿馬鹿しい。《竜殺し》、そう言う貴方だってしっかりと本来の仕事をしていれば、ギベニューが襲われることもなかったのでは?」


「なんじゃと? 小僧、貴様はワシに喧嘩を売ってるのか?」



 あわわ。大変です。

 この人達は寄れば触れば喧嘩ばっかりで困りますね。

 ここは新しい情報で場を納めるとしましょう。



「御二方そこまでです。国王陛下の御前ですよ? それにここだけの話ですが、《岩山の迷宮》の話には続きがあります」


「…………続きって何かしら?」


「小鬼王に引き続き、牛頭人王の存在が確認されています。その冒険者の話によると、魔族が牛頭人を何かしらの薬品で王種へと変異させたようなのです」


「馬鹿な……」

「なんじゃと」

「薬ってなんだ!?」

「…………そんな薬、存在するのかしら?」



 私の報告に皆様驚いているようです。



「現在その冒険者が持ち帰った薬の空ビンと、《岩山の迷宮》の魔族がいたと思われる部屋にあった資料を研究中です」


「つまり、魔族は確実にその場にいたってことじゃな。しかしよくもまぁ魔族と牛頭人王から良く逃げ延びたのぉ。運のいい冒険者じゃ」


「魔族は牛頭人に薬を打ち込んだ後直ぐ消えたようで、その冒険者はその場に残った牛頭人王を討伐しております。小鬼王の魔物災害の際にも小鬼王を討ち取った冒険者と同一人物のようです」


「なんじゃとぉ? だとしたら随分と腕の立つ冒険者のようじゃの」


「冒険者ギルドの報告によりますと、ギベニューの飛竜襲来時もその場に居合わせ、手傷一つ負わずに討伐。冒険者登録をしてからまだ一ヶ月と少しだそうですが、既にB等級に昇格している模様です」



 国王陛下、辺境伯共に驚いているようです。



「其の者の名前はなんと申すのだ」


「ベックと言うそうです。見た目は冴えない中年に見えるそうですが、それなりに名のある冒険者のようです。《ブラッディローズ》とも《雷騎士》とも呼ばれているようですね。何やら植物の魔物を従えているという報告を伺っております」


「《雷騎士》ってのは大層な二つ名だな。よくわかんねーけどよ。とりあえず強えって事だろ? 魔物を従えているってのも気になるし、是非手合わせしてみたいもんだぜ」


「その冒険者が魔族っていう可能性もあるんじゃ無いかの? 都合よくその場に居合わせすぎじゃと思うぞい」


「エゾット、他にその冒険者の情報はないのか?」


「国王陛下には先日ご報告させて頂いた石鹸の密造の件ですね」


「おぉ!ワシの可愛いペルシアが大層気に入ってたあの香りのする石鹸か! これは何としても会わないと行けないな!」



エゾット!と、王様の嬉々とした声が会議室に響く。

各地で起きてる魔物の活性化に、魔王崇拝者の影……。

はぁ……。また胃が痛くなりそうです。




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