51話 静電気と違和感
本日二話目の投稿です
俺達は《ロテックモイの逆さ塔》の周囲にある宿場で一泊した後、朝一番の馬車で魔法都市ソーンナサラムに向かった。ごとごととゆっくり進む馬車の中で花ちゃんと昨日のことで話し合った。
『パパ~、昨日は休まなくても花ちゃん大丈夫だったよ?』
昨晩、教頭先生の話を聞いた花ちゃんは、『花ちゃん、元気だよ~』と言い、昨夜の内に蔓作りの馬で帰るつもりだったようだが、俺はそれを良しとはしなかった。
『自分では大丈夫だと思っても、そうじゃない事だってあるんだよ? 只でさえ迷宮に潜って魔物たちと戦ったんだから、あまり無理をしちゃいけないと思うんだ』
――『母さんは大丈夫だから、気にしないでね』
生前の母ちゃんがよく言っていた言葉だ。
花ちゃんの『大丈夫』という言葉に、思わず過労で死んだ母親の顔を思い出してしまった。
花ちゃんは物でも道具でもない。俺の大事な家族だ。
勿論、教頭先生が早く魔術学校に帰って、生徒の安否を確認したいというのは重々わかっていたし、その気持ちも分からなくはないが、俺はもう二度と家族を失いたくない。
母ちゃんの時のように、何かあってから後悔しても遅いのだ。
だから、今回のことは本当に反省しているし、二度と同じことを繰り返さない様にしなくては。
魔法都市には大きな図書館もある。しっかりと時間をかけて知識を身に着けよう。
『わかったよ、パパ。花ちゃんも気を付けるね?』
花ちゃんは本当にいい子だ。
◇
昼過ぎに魔術学校に着いた俺達は、オンブリックに状況を報告する為、馬車を降りたその足で校長室へと向かった。
驚いた事にそこには《ロテックモイの逆さ塔》で出会った、俺たちの探していたイキリ小僧と愉快な仲間達がいたのだ。
「見事に入れ違いでしたね……。あはは」
思わず俺は教頭先生と目を合わせながら、頭をポリポリと掻いてしまった。
「えぇ、ですが無事で……無事でいてくれて、本当に良かったです」
散々探し回って、振り回されたのにも関わらず、教頭先生は心の底から安心したような優しい顔つきで生徒達を見ている。
その教頭先生の優しい顔とは真逆な顔つきをしているのは、ソーンナサラム魔術学校の校長、アンブリック=ベッケンバウアーだ。
普段はどこに目があるかわからないような、萎びれた果物のような顔をしている彼女だが、その眼はカッっと大きく見開かれ、その老婆らしい背中の曲がった小さな身体の周りには、高密度の魔力がうねる様に揺らめいており、その怒りの程を表すかのように、彼女の周囲にある調度品や分厚い本がカタカタと小刻みに震えている。
「何か申し開きはあるさね?」
そのしわがれた声には、かなりの威圧感が伴っていた。
「「「「「…………」」」」」
余りの威圧感に、イキリ小僧と愉快な仲間たちは誰も口を開こうとしない。
いや、開けないのだ。生徒たちは皆ガタガタと震えてしまっている。
「黙っていてもわからないさね。 なんで生徒だけで迷宮に行こうと考えたんじゃ? 入学式でも話は聞いていると思うがの、校外に出るときは必ず許可を取ること。 校則にもそう書いてあろう? ましてや、生徒だけで迷宮に潜るなんてもっての外じゃ!」
オンブリックが怒りのあまり机を叩くと、「ヒィ!」と五人の生徒たちから小さい悲鳴が上がる。
その余りの迫力に観念したのか、ずっと黙っていた生徒の一人、ナウソラエ辺境伯の息子、コスムカバ=ナウソラエが口を開いた。
「……言われたんです……。『一年生であの塔を制覇出来た生徒はいない。もしその偉業を達成できたら、ナウソラエ辺境伯の息子として箔がつく』って……。それに魔法を見せろと言うので見せたら『素晴らしい才能だ!間違いなくあの塔を制覇できる』と、それで……挑んでみようと思ったんです……」
第二階層目まで潜ってみたものの、自身の魔法が全く通じずそそくさと迷宮を後にしたようだ。
一緒に居た女生徒たちの事をオンブリックに問われると、コスムカバは一緒に居た女子生徒たちの前に一歩踏み出し、「彼女たちは僕が誘ったんです。だから悪くありません!」と庇うしぐさを見せる。
イケメンかよ。
「そうかい……。それで、そんな事言ってあんたを唆した馬鹿はどこのどいつだい? そいつにも事情を聞かないといけないねぇ」
「白と黒のローブでしたので恐らく上級生だと思いますが……。顔も名前もわかりません……」
「教頭先生、どうやら三年生の中に、この子たちを唆した生徒がいるようさね。調査をお願いしたいんじゃがいいかね?」
「畏まりました。早急に調査いたします」
話は何とか終わったようだが、最後にオンブリックから五名の生徒に処遇が言い渡された。
「今日を以って、コスムカバ=ナウソラエを退学とし、他四名は一か月の謹慎とさせてもらうさね。コスムカバは荷物をまとめてとっとと出ていきな!」
「そんな!待ってください!退学だなんて!」
泣きながらオンブリックに縋りつくコスムカバ。
自信満々だった昨日とはうってかわって憔悴しきっているようだ。
「校長、いくら何でもその処罰は重すぎるのではないでしょうか……?それにナウソラエ辺境伯はこの魔術学校に多額の支援金を振り込んでいらっしゃいますので、揉め事になりかねないかと……」
「じゃあどうしろと言うんさね? えぇ? 教頭先生?」
オンブリックが緩めかけていた怒気が再び燃え盛る。
やっぱりアンブリックの親族だけあって、見た目は老婆でもめちゃくちゃ怖いな。
今回の一件は、俺にも責任はあるよな。ちょっとだけだけど……。
それに教頭先生が困っているし、コスムカバも少し哀れだ。少し助太刀してやるか。
「校長先生、俺からもお願いします。 俺が彼らの頼みを聞いてなければ、こんな大事にはならなかったんです。俺にも責任はあると思います。だから退学だけは勘弁してあげてもらえないでしょうか?」
コスムカバ達は俺の存在に気が付いていなかったようで、突然聞こえてくる擁護の声に驚き、そして俺の顔を見ると「なぜあの時の冒険者がここに?」という不思議そうな顔をしている。
「ほら、君たちも、もうこんな事しないよな? しっかりと校長先生に謝るんだ」
ブンブンと首を縦に振り、必死に肯定する女子生徒たち。
唯一、コスムカバだけが納得のいかないような顔をしながらも謝罪の言葉を述べる。
「すいませんでした……。もう二度とこのような事は致しません……」
「「「「ごめんなさい!!!」」」」
「処罰は追って連絡するさね。五名は自室に戻って待機しておれ」
イキリ小僧と愉快な仲間たち五名は下を向き、項垂れながら校長室を退出していく。
――お前さえいなければ
すれ違いざまに何か言われた気がしたが、よく聞こえなかった。
いったい誰が、何のために彼らを。いや、コスムカバを唆したのだろう。
結局その後、証言のあった白と黒のローブの生徒を探したが見つかることはなかった。
何かを見逃しているような漠然とした違和感だけが、俺の心の中でちりちりと音をたてて燃えるのであった。