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50話 静電気と花汁

 


醜怪な双頭の巨人(ギガントトロール)をたった一人で……」



 醜怪な双頭の巨人が腕に持つ棍棒はまるで嵐の様な速さで振るわれていた。しかし彼はそれを事も無げに避け、受け流し、そして反撃を繰り返していた。そして最後の魔法……。



 私は底知れない恐怖を感じた。



 醜怪な双頭の巨人は危険度Aの魔物だ。

 A等級パーティの冒険者達がしっかりと準備をした上で挑んで勝てるかどうかという化け物。

 それをB等級の冒険者がたった一人で倒したなんて話誰が信じるだろうか。





 ◇






「教頭先生!大丈夫ですか!?」


「え、えぇ。 どこにも怪我はありません。貴方こそ大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫ですが、花ちゃんが動かないんです」


「それは大変だ! 私なら何かわかるかもしれません」



 そう言うと教頭先生は花ちゃんの元に駆け出した。

 良い人だ。俺も後を追うように花ちゃんに駆け寄る。



 俺は大丈夫とは口で言ったものの、辛い。痩せ我慢だ。

 高校の時に横断歩道を青信号で渡っていたにも関わらず、左折してきた乗用車に跳ね飛ばされた時くらいに痛い。

 あの時は全身打撲で全く動くことができず、二週間ほど入院したが、強靭な肉体のお陰か、何とかだが歩く事も話す事も出来る。

 レベル上げは大事。マジで。 



「これは……」


「ど、どうしました!?」



 花ちゃんのつぼみに触れた教頭先生は、眉間に皺を寄せ、深刻そうな顔だ。俺は思わずごくりと喉を鳴らす。



「どうやら、何らかの状態異常にかかっている様ですね……。これは治癒師に治療してもらわないといけません。幸い迷宮の外には治癒院がありますので、そこで治療していただきましょう」






 ◇





「先生……どうですか?」



 花ちゃんの容態を教頭先生に見てもらった後、急いで迷宮を抜け《ロテックモイの逆さ塔》の宿場の隣にある、治療院で花ちゃんの診察をしてもらっていた。



 ちなみに俺の怪我は、【花汁】で治療済みだ。

【花汁】とは、読んで字のごとく【花ちゃんの汁】だ。

 戦闘中は【花汁】の事をすっかり忘れていた。



 花ちゃんは魔物や普通の料理だけではなく、薬草や毒草、その辺に生えているキノコまでなんでも食べる大食漢だ。

 依頼で俺が怪我した際、花ちゃんが胴体である多肉植物ビアホップに似た葉っぱを一つ捥いで、その汁を飲む様に進めてきた。



 十センチ程の肉厚なラグビーボールの様な形をした葉っぱを折ると、中はアロエの様な半透明な葉肉になっており、この葉肉から絞った汁を飲むと、たちまち傷は塞がり、依頼で疲れた体力までもが回復したのだ。



 恐らくだが、花ちゃんが食べた薬草や魔物の成分、そして魔力が混ざり合い、回復薬の様な効果のある葉っぱへとなっているのだと思う。



 これは素晴らしい葉っぱだ。

 回復薬としての効果も素晴らしく、それでいて《娘を食べる》という、ある種の背徳的な気分を味合わせてくれる魔性の葉っぱといえよう。俺は変態か。



 それからというもの定期的に抜け変わる葉っぱを集めては市場で買った小瓶に入れ、大切に保管しているのだ。

 いざという時のために。



「《喪神(ブラックカーテン)》の状態異常だねぇこれは。迷宮でこの状態異常にあったとしたら、トラップにでも引っかかったのかい? それとも、十五階層近辺にいる、『吸血鬼(ヴァンパイア)』にでもやられたのかな?」



 トラップ? そんなものには引っかかって無いはずだし、吸血鬼にも会ってない。てかそんなもんいるのか……。いるか、ファンタジーだし。



「いえ、両方違います……。それで、花ちゃんは大丈夫なのでしょうか?」



「流石に魔物の治療はした事ないからねぇ。とりあえず《精神異常回復(イサニティヒール)》を掛けて様子見をしましょう。命に関わる様な状態異常じゃないから安心してください。それじゃあ処置を始めるから、外で待っててくださいね」



 部屋から出て行く際、「治癒師もいないパーティで迷宮に潜るなんて自殺行為だよ」と白衣の様なローブを着た初老の男性治癒師にチクリと言われた。



(確かにな……。今まで怪我らしい怪我は特にしてこなかったし、毒や麻痺などの状態異常系の攻撃をしてくる魔物にも出会ったことがなかった。だとしても花ちゃんを危険に晒してしまった事は事実だ。完全に勉強不足……)



 しばらくすると処置が終わって元気になった花ちゃんが、蔓をうねうねと器用に動かし、まるで喜びを爆発させる犬の様に飛びついてきた。




「《喪神(ブラックカーテン)》は薬でも治せるからね。冒険者なら状態異常についてもしっかりと勉強しておかないと駄目だよ?」


 自分の無知が恥ずかしくて、返す言葉もなかった。

 白いローブを着た治癒師は「もうこないことを祈ってます」と言い、手を振って送り出してくれた。



『パパ〜おはよぉ〜』


『良かった……。心配したんだぞ!』


『花ちゃん、寝ちゃってたの?』


『そうだよ。何か覚えてる事はあるかな?』


『ふわ〜んとして、とろ〜んとして、すっごい気持ち良くて! お腹いっぱいでもっと眠くなったの〜』



 お腹いっぱいで眠くなっちゃうなんて花ちゃんらしくて可愛い。あの状況で起きないのはびっくりだけど、本当に無事でよかった。



 でも、治癒師のおじさんは状態異常って言ってたよな。そもそも状態異常ってどういう事だろうか。身体に起きている異常を総じて状態異常と言うのなら、寝てる時も睡眠っていう状態異常になるのだろうか。こんな時、鑑定みたいなスキルがあれば便利だろうな。



「すいません、ベックさん。この後はどうしますか? 私としては一刻も早く魔術学校に戻って生徒たちの安全を確認したいんですが……」


「あぁそうですよね。すいません。でもこの時間って馬車あるんですかね?」



もう既に、辺りはすっかり暗くなり、空には星が輝いている。

宿屋の灯りと、酒場の灯りだけがその周囲を明るく照らしていた。


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