49話 静電気と階層主
迷宮《ロテックモイの逆さ塔》下層・第五階層。
迷宮に入り込んだ生徒を救出する為、この迷宮の第五階層を含む、第一から第四までの全ての階層全域を探索したが、生徒達の痕跡は発見する事はできなかった。
更に下の階層へ行くには、この階層のボスを倒さなければならず、そのボスもこの階層を未だ徘徊しているため、恐らく生徒達は迷宮から自力で脱出したものだと考えていた。
探索を終え迷宮を出ようとした頃、一緒に生徒の探索に来た教頭先生が、大か小か、どちらかわからないが催したいとの事で、それが終わるまで慎ましく待っている最中だ。
「うわあああぁああぁあ!!!」
「っつ!?」
角部屋から突然、教頭先生の絶叫が聞こえて来た。
俺が確認しに行くよりも早く、角部屋からは複数の魔物が飛び出してくる。
「「「「「カタカタカタカタカカタ」」」」」
『花ちゃん!魔物だ!』
『…………』
くっ! 一体どうしたんだ。
花ちゃんの反応は、いまだに無い。
(教頭先生は無事か!? 《探知》!)
な!?
近い!!
うしrーー!?
「ブゴアアアオアアアオアオアオア!!!!」
時すでに遅し。左半身に巨大な鉄球で殴られたような衝撃を感じ、俺はそのまま地面を跳ねるピンポン球の様に吹き飛ばされ、迷宮の堅い壁面に叩きつけられた。
「グハッ!」
殴打と激突、二つの衝撃で肺の酸素が全て吐き出された。
俺の肺は、言葉にならない悲鳴をあげる。
吸う事も、吐く事も、まともに呼吸する事もできない。
(くそ! 俺の左腕ついてるよな!? 内臓が熱い!
落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!)
「ゴホッゴホッ……。ゼェーゼェー」
何とか数秒で呼吸を整え、状況を確認する。
顔を上げると少し離れたところには、大鬼人や豚頭人なんて比較対象にならない程の大型の魔物が一匹。
その周囲には三十は超える数の鎧を着た骸骨の集団がカタカタと下顎の骨を鳴らし、今にも襲いかかってきそうな殺気を放ちながらこちらの様子をうかがっていた。
中心にいる大型の魔物は――双頭の醜い巨人。
五メートルはある灰色の肉の弛んだ巨体。
異様に発達した象のような下半身。
全身にニキビがあるかの様なその汚い身体の上には、申し訳なさそうに小さな頭部が二つ付いている。
その頭部も口以外の部位が何処にあるかすらわからない程に醜く、下半身に比べ心許ない上半身からちょろっと生えている腕には巨大な棍棒がしっかりと握られている。
(あれで殴られたのか……)
左手には飛龍の竜鱗盾が装備されていたお陰か、骨などに異常はなさそうだ。しかし、恐らくだが内臓をどこか痛めているかもしれない。食道から口腔内にせり上がってくる微量の血液がその証拠だ。
背後には花ちゃんが転がっている。
蔓が力無く波打つように動いているところを見ると、弱っているもののたぶん無事だ。
角部屋に居る教頭先生もなんとか息をしているようだが、《探知》では細かい外傷や体内の傷まではわからない。無事だと良いのだが。
(しかし、何で不死系の魔物がいるんだ……ここは大鬼人や豚頭人のような人型だけじゃなかったのか!?)
どうする? どうすれば良い?
魔物の数が多い。ざっと見ても三十匹以上はいる。
狭い室内でこの数の魔物を相手に戦った経験が無い。
倒しきるまでに電力と魔力が保てば良いんだが。
(取り敢えずは……燃費の良い《雷銃》で何とかしてみるか……)
小難しく考えている間にも、骨を鳴らしながら踊りかかってくる武装した骸骨達。
その頭蓋の窪んだ眼底は怪しく、そして赤く明滅しており、その手には粗雑な剣や盾が握られている。
即座に《魔力手》を二本展開する。
両腕と合わせて四本の腕で魔物の大群に向けて《雷銃》を放つ。
「くらええぇえぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
咆哮の開始と同時に機関銃のように放たれた雷の銃弾は、次々と鎧骸骨達を吹き飛ばしていった。
◇
私が彼の姿を確認したのは、丁度《醜怪な双頭の巨人》がその手に持った人の背丈ほどのある棍棒で、一緒に迷宮の中に入った彼を吹き飛ばす所だった。
まるで馬車にでも轢かれたかのように、二度と三度と地面に打ちつけられながら吹き飛ばされ、壁に激突した彼を見て、今のは間違い無く死んだと思った。
しかし彼は苦しそうに肩で息をしながらも、ものの数秒で立ち上がった。
高等級の冒険者とは何というタフな身体なのだろうか。
普通の冒険者があのギガントトロールの、それも地面をも割るであろう強力な攻撃を喰らえば、いかに棍棒での攻撃とはいえ上半身と下半身が泣き別れてもおかしくはない。
その直後私は更なる驚愕の出来事を目にする事になった。
(な、なな、なんだあの魔法は……!?)
私はこの自身の双眸で捉えた出来事が信じられなかった。
なんと彼の身体から二本の半透明の腕が生えてきたのだ。
そして彼はその半透明の二本の腕と、自身が併せ持つ腕を目の前にいる魔物達に向け、咆哮を上げながら私が見た事もない魔法を放った。
それはまるで、我々魔術師が数百年かけても到達出来ていない領域、神のなせる御業である、《 雷 》を矢にしたような魔法だった。
更には、呪文の詠唱も行わずに放たれたその雷の矢は、脅威的な威力と連射性を備えていた。
五十体以上いたはずの鎧骸骨達が、あっという間に骨粉となっていった。
しかしその高威力の魔法も、脅威的な再生力と分厚い皮膚を持つギガントトロールには有効な攻撃ではない様だ。
「くっ……」
もう既に鎧骸骨は全滅している。
悔しいが、魔術師としての実力は彼の方がずっと上だ。
どうすればアレを仕留められるのだろうか。
早急に答えを見つけなければ……。
仄暗い迷宮の一室で相対してるのは、《双頭の醜い巨人》と《竜の鱗を身に纏った牛頭人》。
じりじりとお互いの距離を測るように、一人と一匹は睨み合っている。視線の交差する場所には火花が散っている様に見えた。
◇
(やっぱり《雷銃》じゃ大型の魔物には効果が低いか……)
本来、醜怪な双頭の巨人のような迷宮の階層主は冒険者たちが徒党を組んで戦うような魔物だと教頭先生が言っていた。
だからこそ出くわさない様に、常に距離をとって探索をしていたのだが……。
魔法都市にも冒険者のA等級パーティ、《デスソード》やB等級パーティ《フレイムナイツ》等の有名パーティーがいるようだが、そういった高位の冒険者達が、万全の準備をして挑むような魔物が階層主だ。本来は一人で挑むような魔物ではない。
角部屋に目を向けると、教頭先生がこっそりこっちを見ている。角部屋からアンデットが出てきたから心配だったが、どうやら無事だったようだ。
(くそ……体がいてえ……)
動かない花ちゃんの事も心配だ。
早く何とかしなくては……。
「《魔力手》!、《雷槍》!」
俺は左の《魔力手》で飛竜の竜鱗盾を持ち、残りの三本の腕で《雷槍》を構える。
双頭の醜い巨人は右手に持った棍棒を大きく振りかぶってくる。
これを《魔力手》でもった飛竜の竜鱗盾で一瞬だけ受け止め、そのまま左へ流す。
幸いなことに、この巨人の動きは鈍く、不意打ちさえ食らわなければ避けることは容易い。
巨人が態勢を崩している間に《雷槍》で右足を切り飛ばす。
「グオオオォォォォオオォ!!」
巨人が土埃を上げ尻餅を搗くが、ボコボコと音を上げ、切り飛ばされた足が再生していく。
再び立ち上がった巨人は横なぎに棍棒を振る、これを跳躍して躱し、後ろに飛び距離を取る。
その後も何度か接近しては、腹を突き刺し、腕を斬りつけるものの、巨人の身体は瞬く間に再生していく。
「ちっ!再生が厄介だな……、コイツ、魔魂石を壊さないとずっと再生するのか!?」
花ちゃんが、魔魂石は心臓の横にあることが多いって言ってたな。
教頭先生の眼があるが、本気で魔法を使うしかないか。
腕を前に出し巨人の胸、心臓付近に照準を合わせ、魔法を唱える。
巨人はその象のような巨体を揺らしながら、俺を踏み潰そうと距離を詰めてくる。
「《局部破壊放電》!」
轟音と雷光が巨人の胸を貫き、直径12㎜の雷の銃弾はその背後の壁を大きく崩す。
しかし、それでもなお、巨人の驚異的な再生力を前に胸に空いた大穴は瞬く間に塞がっていく。
(むぅ……コイツの魔魂石は何処にあるんだ? これ以上の火力といったら……いや、動かせなくするだけでも十分か)
胸の穴が塞がり動き出す前に、巨大な《魔力手》で巨人を包み込み、《電弧放電》で動きを止める。
その後も放電を続け、常に麻痺させていく。
「グガガガガアアアガアガアガガ!!!!!」
よし。足止めに成功だ。巨人は痺れて動けないようだ。
このまま《雷槍》で魔魂石に当たるまで滅多刺しにしてやる。
いや、まてよ? もしかしたら……。
掴めるんだったら、魔力を通じて直接電流を撃ち込めば!
体内で溜め込まれた電力を右腕に集中する。
その右腕からはゴロゴロと雷鳴が轟き、まるで雷を体現したかの様な青白い雷光は、放たれるのが待ちきれないのか、バチバチと不規則に迷宮の床や壁を打ち付ける。
「《神の裁き》!!」
弾ける様に俺から放たれた電力は《魔力手》を通じ、轟雷が巨人を包み込んだ。
現状、俺が放電できる最大電圧は五億ボルト。
落雷を遥かに超える電流が巨人を内側から焼き尽くしていく。
パキン。
何か硬質なものが割れる様な音がした。
身体のあちこちが黒炭になり、煙をあげる双頭の醜怪な巨人は、直立したまま武器をゴトリと取り落とし、だらりとだらし無く両腕を下げたまま動かなくなった。




