45話 静電気と魔法都市
「荒ぶる火の精霊よ! 今こそ我に力を与え給へ! ファイヤーボール!」
「グギャアアアア!!!」
イキリ小僧が手に持つ、赤い宝石が付いた杖から、ソフトボール程の大きさの火球が迸る。
その火球は、緑の皮膚と醜悪な面を携えた子供程の体長の魔物に当たり、その胸にポッカリと穴が空いた。
灰になり死んでいく魔物の名は小鬼。
魔物の中でも最弱に分類される魔物だ。
「さすがコスムカバね!」
「コス様かっこいい……」
「コスムカバ君なら当然だよね!」
「…………スキ」
イキリ小僧に黄色い声援を送る四人の少女たち。
少女といっても、年の頃は十八ほどだろうか。
四人ともそれなりの美少女だ。
彼らは、俺が向かおうとしていた、魔法都市ソーンナサラムの中にある魔術学校の生徒たちらしい。
「ふっ。これくらい大したことないさ! それより君達、怪我はないかな?」
白い歯を少女たちに見せつけるようにドヤ顔をするイキリ小僧。
「大丈夫よ! ね? みんな?」
「コス様に心配されるなんて……」
「平気だよっ!」
「ハァ……ハァ……スキ……」
(こいつら全員目がハートだ。何しに迷宮にきたんだよ)
イキリ小僧こと、ナウソラエ辺境伯の息子、コスムカバ=ナウソラエと結んだ契約は《ロテックモイの逆さ塔》に入るまで同行するという内容のはずだった。
なので迷宮に入った後に、はいさようならと、違う道を進もうかと思っていたのだが、この迷宮の一階は残念ながら一本道のようで、仕方なく後方から彼らの尻……いや背中を眺める羽目になってしまったのである。
まぁコスムカバに黄色い声援を送る少女たちの、若い桃尻……いや、逞しい背中を眺めるチャンスでもあるので文句は言うまい。
彼らが着用している、ローブは魔術学校の制服のようだ。
白と紫のローブはかなり薄手のようで、先ほどから眺める桃尻にはローブ越しに下着の線が浮いている。
まさに眼福と言ったところなのだが、若干一名それが見えない少女がいるのが非常に気になってしょうがないが、そういう趣味なのかもしれないと納得する事にした。
「くっ! また小鬼か!」
本日四回目の小鬼との遭遇に悪態をつきながら、呪文の詠唱を始めた彼の杖先から放たれた魔法は、先程とは違う魔法だった。
「荒ぶる火の精霊達よ! 深淵なる業火の槍をもって、我が敵を貫き給へ! ファイヤーランス!」
コスムカバが詠唱を終えると、周囲に炎を撒き散らせながら放たれた炎の槍が、こちらに向かって走り出していた小鬼の頭部を貫く。
なかなかカッコいい魔法じゃないか。
周りの女子生徒四人組みも大興奮だ。
「先ほどから小鬼ばっかで物足りないな! 大鬼人や豚頭人でも出てこないものかな!」
はっはっは! と、軽快に笑いながらズンズンと大股で先に進んでいく魔術学校の生徒たち御一行様。
完全に調子に乗ってるな。
『花ちゃん、この迷宮って何階層まであるのかわかる?』
『うーんとねー。二十階層あるみたいだよ?』
「二十階層!?」
思わず声に出してしまった。
塔の高さが百メートル近くあるのに二十階層しかないのか。
「うるさいぞ! 魔物に聞こえたらどうするんだ!」
「「「そうよ!そうよ!」」」 「……スキ」
イキリ小僧に怒られてしまった。
言ってることはまともなので「すいません……」と素直に謝っておく。
だがお前らもうるさいぞ。
「ふん! 俺たちの後ろをついてくるのは構わないが、足だけは引っ張らないでくれよ」
いちいち言い方がむかつくなこいつ。
めちゃくちゃどついてやりたい。
だが俺は大人だ。我慢我慢。
その後も数匹の小鬼と遭遇したが、イキリ小僧は苦もなく倒していく。
ひょっとしてこのイキリ小僧、そこそこできる奴なのかもしれない。
「見ろ! 第二階層への階段だ! この勢いならこの迷宮を制覇するのも容易いな!」
イキリ小僧は前方にある次の階層への階段を見つけたようだ。
(あれ? なんで下に行く階段なんだ?)
《ロテックモイの逆さ塔》の二階層目に行く階段は上へ昇る階段ではなく下へと降りる階段だった。
俺たちがいる第一階層は迷宮の頂上だが、建物の構造上、最下層でもあるはずだった。
だから本来ならば上に登っていく階段のほうが正しいはずだ。
(迷宮はなんでもあり、とよく聞くからこういうこともあるのかな)
マップの確認の為に《探知》を発動する。
(……ん? どういうことだ? 《探知》の範囲がめちゃくちゃ狭いぞ。この世界に来た時、初めてこのスキルを使った時よりも範囲が狭くなっている。これじゃあ全容がわからないな……)
意気揚々と二階層目へと降る魔術学校の生徒たち。
「冒険者! 来ないのか!? それとも臆病風に吹かれたのか!?」
なんでこいつはこんなに攻撃的なんだ。
『花ちゃんどうする? 先に進む?』
『花ちゃん、おなかすいてきたよぅ』
花ちゃんもまだまだお子様だなぁ。
でもまぁ、これ以上面倒くさい絡みされたくないから一回戻って、ソーンナサラム行ってもいいかな。
俺と花ちゃんが念話で会話している間に、生徒達はすでにいなくなっていた。
『じゃあ戻ろっか』
『うん! 花ちゃんおなかペコペコ〜!』
『迷宮の外の屋台でなんか食べよう!』
『美味しいもの食べる~!』
俺達は二階層目には行かずに、迷宮をあとにすることにした。
迷宮は逃げない。しっかりと準備してからまた来よう。
第二階層へ行った彼らが少し心配だったが、イキリ小僧の魔法も結構強かった。
苦戦することはないだろう。
◇
『パパ! もうすぐ魔法都市みたいだよ!』
《ロテックモイの逆さ塔》を出て1時間。
周囲を草原に囲まれた魔法都市ソーンナサラムに到着した。
魔法都市ソーンナサラムはこのオレガルド大陸で最も魔法の研究が盛んにされている場所だ。
数百年の歴史があり、この都市を作り上げたのは原初の魔法使いだと言われている。
他にも世界的に有名な魔術師や冒険者はこの都市にある魔術学校を卒業した者が殆どで、優秀な魔術師はこの都市にあるソーンナサラム魔術研究所で日夜研究に明け暮れているそうだ。
「次の方~ってっうお!」
通行審査の衛兵が右肩にいる花ちゃんを見て驚いている。
「あぁすいません。この子は人に危害は加えないので安心してください」
もはやデフォルトの挨拶になりつつあるな。
「肩に植物……。もしかしてお前は、《ブラッディローズ》か? いや、今は《雷騎士》か?」
「《雷騎士》? は、初めていわれましたが、《ブラッディローズ》とはよく言われますね。冒険者のベックです」
胸元から銀色の認識票を出して見せる。
「ん。確認できたぞ。ようこそソーンナサラムへ」
なかなか好青年な衛兵に「ありがとうございます」と伝え街の中に入る。
魔法都市ソーンナサラムは、ボラルスやギベニューのように商人や剣を携えた冒険者達よりも、杖を持った学者のような風貌の人々で溢れ返っていた。
街の大きさはざっとボラルスの三倍はありそうだが、街並みはそこまで変わらないようだ。
石造りの道に建物、視線をちょっと上にあげると、大きな城が三つほど建っているのが分かる。
『さすが魔法都市、みんな魔法使いみたいに見えるなぁ。花ちゃん、魔術学校ってどこにあるかわかる?』
まだ昼を少し過ぎた時間帯だ。
宿屋より先に魔術学校に顔を出したほうがいいかもしれないな。
『右に見える大きなお城みたいなところみたいだよ!』
花ちゃんが教えてくれた建物を目指して十分程、ようやく目的地である魔術学校に到着し、受付にいた女性にアンブリックから貰った手紙を渡す事が出来た。
一瞬目を大きく開いて手紙の内容を確認した後「ご案内します」と、古い豪華な木の扉がある部屋まで案内され、部屋の中へ通された。
部屋の中には如何にも魔法使いという風貌のしわくちゃな老婆が椅子に座っており、刺す様な鋭い視線でじろりと此方を見据えている。
俺を見ているのか、花ちゃんを見ているのか。
その視線でははっきりとはわからないが嫌な気分になる様な視線ではない。
受付の女性から手紙を手渡され、それを一瞥すると、老婆はしわがれた声でポツリと「あの子は元気かね?」と呟いた。
(あの子? あの子ってアンブリックさんの事か?)
「アンブリックさんの事でしたらとても元気ですよ」
「そうかい。元気かい」
干した果物の様な皺くちゃな顔では感情の抑揚が分かりにくく、どういった表情なのかもわからない。
「自己紹介がまだだったね。あたしゃソーンナサラム魔術学校の校長を務めているオンブリック=ベッケンバウアーさね。それで……ここに書いてある事は本当なのかい?」
アンブリックって名字ベッケンバウアーだったのか……。
どういう関係なんだろう? 年齢的に母と息子かなぁ。
ここに書いてあること? 何の話だろうか。
その手紙に何が書いてあるのかは知らないんだよな。
「私は冒険者のベックと申します。えーっと、申し訳ありませんが、私はそこに何が書いてあるか知らないんですよ。差し支えなければ教えて頂いても宜しいですか?」
「魔法が作れるって話さね。俄かには信じられないがねぇ」
あぁそういうことね。
「条件付きですが、そういったこともできます。例えば――」
それからしばらく質問攻めにあいながらも、自身のスキルと魔法についての説明を行ったが、オンブリックの口からでた言葉は俺にとっては衝撃の言葉だった。