43話 静電気と噂話
とある街の冒険者ギルドの酒場の一角――。
「おい、聞いたか!?」
「あぁ? 聞いたって何をだ?」
「ギベニューだよ、ギベニュー!」
「ギベニューってムエスマ大森林の近くの宿場町か?」
「そうそう。そのギベニューだよ!」
「はいはい。そう興奮すんなよ。で、そのギベニューがどうしたって?」
「聞いて驚くなよ? なんと飛竜に襲われたんだってよ!」
「なんだそんな事かよ。やれ小鬼に襲われたー、やれ豚頭人に襲われたー、なんてのはよくある話だろうが。それにギベニューって言ったら、元A等級の《業風》がいる町じゃねぇか。それこそ飛竜なんぞ相手にならないんじゃねぇのか?」
「そりゃ一匹だけならな」
「なんだよ。もったいぶった言い方すんなよ。何匹いたんだ? 二匹か? 三匹か?」
「俺の知り合いの商人の話だとよ、五匹以上いたって言うんだよ。俺もそんな馬鹿なって思ったんだけどよ? なんでも、密猟者が飛竜の卵や幼竜を町の中に持ち込んだらしいんだよ。それで怒り狂った親竜達が攻めてきたって話らしい」
「胸糞悪い話だな。じゃあギベニューは火の海になっちまったのか……。《業風》も飛竜を五匹も相手にしながら町全体を守るなんて無理だろ。そこら辺の衛兵じゃ話にならないだろうし、冒険者が居たとしてもあの辺じゃせいぜいD等級のパーティが良いところだろ? そもそも山にいる飛竜が森にいること自体おかしい話なんだから対応なんてできないだろうしな」
「いや、それがさ。町にはあまり被害が出てないらしいんだよ。それに、まだ続きがあってな。ここからが面白い話なんだよ」
「被害が出てないって、だとしたら《業風》が全部何とかしたってことか? だとしたら元Aは伊達じゃねぇな。そんで続きってなんだ? もしかして飛竜以外にもドラゴンでも攻めてきたってか?」
「いや、流石にそこまでぶっ飛んだ話じゃねーよ。なんでもよ、聞いた話だとな? 空が光って、飛んでた飛竜が急に一匹森の中に落ちてったと思ったら、緑色の化け物みてえな馬にのった冒険者が町の中に入ってきてな? 《業風》を縛って痛めつけて屈服させた挙句、町を襲ってた飛竜を全て一瞬で首を刎ねて一掃しちまったみてぇなんだよ。それにな、その飛竜達の中の一匹は縦に真っ二つだったって話だ」
「馬鹿野郎! そんな訳あるかよ! ホラ吹いてんじゃねーぞ! 元A等級の冒険者だぞ? そんな簡単に屈服なんてさせられる訳ねぇだろ! A等級以上はそれこそ本物の化け物揃いなんだからよ。それに一瞬で首を刎ねただの、真っ二つだのってお前も冒険者ならわかんだろ。そんなことが無理だってことくらい。それこそS等級並みじゃねぇか」
「待て待て、俺が聞いたのはあくまで商人が見たって話だかんな? それにまだ続きがあるんだよ」
「まだあんのかよ!」
「《業風》は無事だったみてぇなんだけどよ。その緑色の化け物を連れた冒険者はよ? 《業風》を痛めつけた後、自分が首を刎ねた飛竜の亡骸に近づいてよ? なんと一瞬で飛竜を喰っちまったって話なんだよ。そんな事ってあると思うか? 飛竜を喰っちまうなんて、そんなの飛竜なんかよりよっぽど化け物みてぇな奴だよ」
「お前よぉ……。そんな話、本当に信じんのか? 緑の化け物って時点で訳わかんねーのによ。そのくせ飛竜を喰っちまう冒険者なんているはずないだろうが」
「でもよぉ〜。最近色々と物騒じゃねぇか? ボラルスの街もよ、岩小鬼魔導王の魔物災害があったりしたじゃねぇか。 そういう変な噂の一つや二つも立つってもんだろ。そういや……ちっとまてよ? 確か、その魔物災害を止めたのも、緑の化け物を連れた冒険者だったって聞いたんだよな……ほら……なんつったけな……《ブラッディローズ》?」
「その名前は聞いた事あるな……。《ブラッディローズ》って言やあ、自分に懐いてる魔物に戦わせて、何もせずに見てるだけって有名なルーキーじゃねーかよ。二つ名の由来もその魔物の見た目って話じゃねぇか。飛竜の首を刎ねたのは緑の化け物じゃなくてその上に乗ってた冒険者なんだろ? もしそいつがその《ブラッディローズ》だとしたら連れてる魔物だけじゃなくて、そいつ自身も相当ヤベー奴じゃねーか」
「まぁそいつが《ブラッディローズ》かどうかはわかんねぇけどよ。そのギベニュ―を救った冒険者っていうのが六属性以外の魔法を使ってたって言うんだからさ更に驚きだよ」
「六属性以外だと? 火、水、土、風、光、闇以外に何があるってんだよ」
「雷だよ雷。何でも、雷の鎧を着て、雷の槍を持ってたって話なんだよな。商人達の間では《雷騎士》って呼ばれてるみたいだぜ?」
「《雷騎士》ねぇ……。 雷魔法なんて聞いた事ねぇしなぁ。そこまでいっちまうと、嘘にしか聞こえなくなっちまうよなぁ」
「ま、噂は噂だかんな。酒の肴にはちょうど良かっただろ?」
「まぁそうだな! ちげぇねえ!」
「「ガッハッハッハッハ!」」
◇
「ハァ……ハァ……ハックション! ……ハックション! ……ハァーックション!」
ズズ……。
誰か俺の噂でもしてるかな。
それとも単純にこの空き家が埃っぽいか……。
装備が完成した翌朝、長く滞在したヌウォル村を後にすることにした。
魔法都市ソーンナサラムに向かうためだ。
「くしゃみなんかして、風邪でもひいた?」
「いやたぶん埃っぽいんだと思う」
「失礼ね! ちゃんと掃除してるわよ!」
痛てて。そんなに叩かないでくださいライラさん。
「それで、もう出て行っちゃうんでしょ?」
「うん。ソーンナサラムに行く予定だよ。魔法の勉強をするためにね」
「そう……。ちょっと寂しいわね」
下を向き、伏し目がちになった彼女が考えている事は俺にはわからない。ただ好意を抱いてもらっている事だけはそれとなく感じている。
俺は飛竜の竜鱗でできた新装備の鱗の鎧に袖を通し、牛頭人王の黒外套を纏いながら、ライラにお礼を言う。
「ライラ、本当にありがとう。あの時、助けてもらえなかったらたぶんこんないい装備作ってもらえることはなかったと思う」
「助けてもらったのは私たちのほうよ! ベックがいなかったらシフロムの村なんて、滅びていたと思うわ。きっと父さんだって死んじゃってたかもしれない……」
しんみりした空気になりかけたがライラは「さぁ、父さんたちも外で待ってるわよ!」と俺が宿泊していた空き家の扉を開けて外へ出ていく。
「装備、似合ってるぞ。何か不具合があったら見せに来いよ。いつでも直してやるからな」
「あなたは命の恩人です。いつでも村に来てください。一族全員で歓待させていただきます」
バルガスとミダスも見送りに来てくれた。
『花ちゃん、いつものお願い』
『パパ、寂しくなるねえ』
『うん。いい人たちだったね』
『また来ようね!パパ』
花ちゃんの蔓作りの馬に飛び乗る。
「また必ず来ます!ありがとうございました!」
花ちゃんが駆け出す。
別れの際、ライラの眼には涙が見えた様な気がした。
頬に風を感じると、ヌウォルの村はあっという間に見えなくなった。