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41話 静電気と皮革職人 ②

 

 昼食は森林虎のステーキだった。

 厨房を覗くとそこには金網の上に置かれた肉塊。

 肉汁が焼き場の下にある炭へと垂れる事で、じゅうじゅうという音と食欲をそそる香りが鼻先を掠め、俺の身体を足早に食卓へと向かわせる。



 席に着いて数分。

 皿に乗って運ばれてきた、程よく焼けたミディアムレアの厚さ二センチほどの肉は、岩塩と胡椒のような風味の香草がまぶしてあるだけのシンプルなものだった。



 食事用のナイフなんて小洒落たものはなく、周りで食事を進める村人達も、皿の脇に置かれた木製のフォークを、荒々しく焼けた肉に突き立て口へと運んでいる。



 俺も周囲に倣い、木製のフォークを肉塊に突き立ててみると、そのフォークの圧力だけで肉汁が溢れ出し、皿全体へとひろがっていく。



 旨味のエキスがこぼれ落ちないよう、肉を皿ごと持ち上げ、肉汁ごとかき込むようにステーキに齧りつくと、程よい歯ごたえと、炭で焼いたような香ばしい香りが鼻を抜けていき、口の中は牛とも豚とも、鳥とも言えない、濃厚な旨味のある肉汁で溢れ返った。



 無我夢中で噛みちぎり、咀嚼を続ける事数回。

 森林虎のステーキは、あっという間になくなってしまった。

 それは記憶の中にある、現世で食べたどのステーキよりも旨く、俺の心は何とも言えない幸せな気持ちで満たされていった。


 幸せな昼食の後は、作業場にて飛竜の皮を剥ぐ作業を引き続き見学させてもらう。



 作業場に行くと、昼食前は感じなかった鼻を衝く異臭が充満しているのが分かる。



 職人たちが換気を行う事で若干だが臭気は薄れたがまだ臭いといえよう。



(たぶん、さっきまでは、初めての皮を剥ぐという作業を目の前に興奮して鼻が麻痺してたんだろうな……)



「それじゃ作業を始める。足首の周囲を一周切るぞ。ライラ、木槌取ってくれ」



「はい、お父さん」



 午後からの作業は、どうやらライラも手伝うようだ。

 ライラは迷うことなく木槌を手にし、バルガスへと手渡す。



「木槌?それって何に使うんですか?」



 骨の様な堅いものを切るわけでも無いのに、何故木槌が必要なんだろう。



「あぁ、喉仏から肛門まで切った時は、もう既に頭部がなくて、首の断面が見えてただろ? そのおかげで皮膚と肉の間に刃を入れることができたから楽に切り込みを入れられた。要は皮膚の内側から外側に向かって切っていってたんだ。基本的に、魔物の皮膚は外側、つまり毛生えている側とか、鱗が引っ付いている側って言ったらわかるか? そっちの方が遥かに強度が高いんだよ。その遥かに強度の高い皮膚を突き破るために、木槌でナイフの底を叩いて最初の切り込みを入れるんだ」



「だから、さっきのナイフは奇妙な形をしてたんですねぇ」



 そういう事だったのか。

 バルガスが昼食前に持っていた白銀色のナイフは刃渡り二十センチほどだが、形状がユニークだった。



 ナイフの切っ先がまるで鉤爪の様に半月状に曲がっていて、その切っ先を皮膚の下に滑り込ませ、内側から切り込みを入れていた。



 今持っている白銀色のナイフは小刀のように切っ先が鋭いが、ナイフの持ち手側の底は平べったく加工されており、どうやら底を木槌で叩いた衝撃で切り込みを入れていくようだ。



 切り込みを入れる部位によって、色々な刃物を使い分けるのか。



 バルガスは「ミスリルの特注品だ」と自慢げに語っている。



「足首周りは鱗がないからまだ楽なほうだ。あとでやるが、翼の付け根は大変だぞ? なんせ、内側から皮膚を剥がしながら、翼の根元の軟骨やら筋やらを切る必要があるからな。ちょっとでも刃がずれたら綺麗に剥ぎ取れねぇんだ」



「なるほど……」



「お父さん、なんだか楽しそうだね」



「久しぶりの大物だからな。気合が入るってもんよ」



 二人はお互い楽しそうに笑いあっている。



 良いなぁ、ライラとバルガスの家族のやりとり。

 久しく感じてなかった家族間のほんわかした雰囲気がとても心地良い。



 食事時やこういった事で会話するときのバルガスの表情は、非常に優しい表情であることが多い。

 詳しくは聞いてないが、母親は既に亡くなっているようで、バルガスにとっては本当に大事な娘なんだろう。



 その後はカンカンと木槌の軽快な響き、小刀状のミスリルナイフが飛竜の足首に切れ込みを入れていく。

 刃が皮膚に入った段階で、鉤爪状のミスリルナイフに持ち替え、その刃先は足首を一周した。

 もう片方の足も同じように処理されていく。



「後は肛門から足首まで、鱗を避けつつ切り込みを入れていけば、次はようやく皮を剥がすところの工程だ」



 その後も淡々と作業は進んでいき、皮を剥がす所は残り、尻尾と翼だけになっていた。



 飛竜の肉ってピンク色なんだなぁなんて考えていると、作業を進めながらもバルガスが「決まったのか?」と声を掛けてくる。



「決まったのか、ってなんの話?」



 あぁそうか。

 午前中はライラは作業場に居なかったからな。



「バルガスさんに作って欲しいものの話だよ。ほら、大きさとか形状とか色々あるんだろ?」



「何それ!飾り付けや革への彫り物なんかは、アタシがやってるんだから一言言ってくれないと!」



「おぉ……すまんかった」



 バルガスも頭を掻いて、たじたじの様子だ。



 なるほどね。そう言う事だったんだな。

 作業場の中にある見本品はどれも綺麗な細工や彫り物が彫られていて、よくあのごっつい指でこんな綺麗な細工ができるなぁと感心してたんだが、その部分はライラがやってたのか。



 大陸一の皮革職人は二人で一人って訳だねぇ。



「それで!? 何作って欲しいのさ!」



 ライラがぐいっと顔を近づけてくる。

 まつ毛長いな。

 やっぱり美人だ。

 そう思ったら途端に恥ずかしくなった。

 美女とこんなに顔を突き合わせることなんてなかったからな。



「……マジックバッグを入れる頑丈なサイドポーチとスケイルメイル、それに外套が欲しかったんだけど、他に何か必要なものあったかなぁと思って今考えてるところかな」



「なるほどねぇー。剣とか持ってれば鞘とかも有りだったかも知れないけど、ベックは剣持ってないもんね」



「魔法でなんとかなっちゃうからね」



「切れ味抜群のミスリルナイフでも切るのに苦労する飛竜の皮膚を、鱗ごとばっさりだもんね。攻撃面で必要がないなら防具の強化をしてみたら?」



「防具の強化? でも鎧が出来ればそれも解消されると思うけど……」



「金属の鎧と違って、革の鎧は打撃攻撃に弱いって、昔来た冒険者が言ってたよ? その冒険者は速さを重要視しているみたいだったから革の鎧を欲しがってたみたいだけど、ベックは魔物の近くで戦うんでしょ? それだったら普通は盾とか持ってる人が多いから、飛竜の鱗とかで盾を作れば?」



 そうか。

 鎧自体は強力になっても、衝撃を吸収できる訳じゃないから、俺の場合は『鎧無事で中身瀕死』って事もあり得るのか。

 それを考えると、少しでも腕で衝撃を吸収できる盾っていう選択肢も悪くないな。



 魔法で狙撃して一撃で倒せれば良いけど、そうできない状況がこれから先でてくるかもしれない。

 俺の魔法はなまじ貫通力があるから、フレンドリーファイアの可能性もあるしな。



 そう考えると益々盾が欲しくなって来たぞ。



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