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40話 静電気と皮革職人 ①

 

「アンタ、本当にきたのか……。見ていて気持ちいいもんじゃないぞ。何せ生き物の生皮を剥がすんだからな」


 この数日間、ムエスマ大森林の魔物達に追いかけ回されたり、村や町を救ったりと色々な事あったが、当初、ムエスマ大森林に来た理由でもある《牛頭人王の頭付き毛皮》を、ようやくバルガスの手で、装備として加工してもらえることになった。


「はい、今日はよろしくお願いします!」


 ムエスマ大森林の五氏族の中の一つ、ヌウォル族の族長であるバルガスはこの大陸一の皮革職人らしい。彼が鞣した革や外套、バッグやポーチなどは、利便性を追求しつつも頑丈、しかも細かい飾り付けや見た目が素晴らしいとの高い評価を得ているようで、王都や大きな街では売り切れ続出の人気商品らしい。


「《牛頭人王の頭付き毛皮》は迷宮産だったな。だとしたら後回しだ。迷宮産の毛皮は脂肪を削いだり、ある程度乾燥させる必要がないからな。先に飛竜の皮を剥いでいくことにする。それじゃあ飛竜を出してくれるか?」


 俺はマジックバッグから飛竜を一匹取り出し作業場に置いた。


「相変わらず面白い道具だな。そのマジックバッグって奴は」


「あんまり知られたくないので、内緒にしてくださいね?」


「ふん、俺は皮革職人であって情報屋じゃねぇ。そんな事には興味はねぇよ。それより、外套とスケイルメイル以外に欲しいもんはねぇのか? 言ってもらえれば何でも作るぞ」


 欲しいもの……欲しいものか。

 あ、あれが良いかなぁ。


 今、俺の腰には裸の状態のマジックバッグが、麻紐でベルトに括り付けられている状態だ。


 このマジックバッグは神様製だからかわからないが、外部からの衝撃には滅法強い。


 腰に常にぶら下げているのにも関わらず、未だにほつれの一つもない。スーツが燃えても、このマジックバッグだけは傷一つつかなかったのだ。


 だが、一つだけ心配している事がある。

 耐久性には心配はないのだが、括り付けてある麻紐がいつか解けて、気がつかないうちに紛失してしまいそうで怖いのだ。


「このマジックバッグを中に入れられるような、ベルトに着けられるサイドポーチみたいなのが欲しいです!」


「サイドポーチか……。形や留め具の形状、大きさはどの位か、作るにしても色々あるんだが、まぁその前に飛竜の皮をまず鞣さにゃいかんからな。作り始めるのはそれからだ。まだ時間があるから、その辺にある売り物を見てどんな仕上がりにしたいか考えておいてくれ」


「それって完全にオーダーメイドって事ですよね?」


「ん? そうだが? もしかして金の事を気にしてんのか? だったら気にすんな。素材持ち込みなんだ。工賃はこの間の礼だからタダでいいぞ」


 バルガスはじっと飛竜を見つめながら、ぶっきらぼうに「これでも足りねぇかもしれないけどな」と言っていたが聞こえないふりをしておいた。


 ヌウォル村での事はライラに助けてもらったお礼のつもりだったし、シフロム村での事は飛竜という降りかかる火の粉を振り払っただけなんだよな。


 実際、依頼されて行った北西部の山岳部には飛竜は居なかったわけだし、そんなに感謝されちゃうと逆に困る。

 対等な立場でいたいのだ。


 若干気まずい雰囲気だったので、話題を変えるように「で、この飛竜をどうするんですか?」と質問する。


「これから皮を剥いでいくぞ。本当に見るのか? さっきも言ったが面白いもんじゃないからな」


「大丈夫です! お願いします!」


 これは命を奪った事に対する俺なりのけじめのつけ方だ。

 この世界に来た当初は、自分の手で命を奪う事にかなりの抵抗があった。だけど、それは前の世界で当たり前の様に、俺じゃない誰かがやっていた事だった。


 だからこそ俺は、この世界で生きていくと決めた時、その命の恩恵を余すところなくこの眼に焼き付けると決めた。


 必要な部分以外は出来るだけ自然に返す。

 そうじゃないものは余すところなく血肉に変えるとそう決めたんだ。


 だからこそ、俺はこの飛竜の行く末を、最後までしっかりと眼に焼き付けたいと思った。


「おめぇら、でけぇ仕事だ! 失敗るんじゃねえぞ!」


 バルガスが大声を上げると、職人達が「おう!」と声を張り上げ準備を始める。


「そこに居るとあぶねぇぞ」


 飛竜の側に立って居ると、腕で場所を開けるように指示され、バルガスの「掛けろ!」と言う声とともに、三メートルほどの高さの天井から鎖が降りてくる。


 それは職人達の手によって、手早く飛竜の脚に引っ掛けられ、天井からぶら下がる滑車にかけられた鎖が、数人の男の手で徐々に引き上げられ、その鎖は地面に刺さっている杭に固定された。


「これは……横にしているのとはまた違う迫力がありますね……」


 俺は思わず「ほう」と感嘆してしまった。

 海に釣りに行った人たちが大物を釣り上げた時、魚を吊って記念写真を撮っている事があるが、まさにそれを飛竜でやっているようなものだ。


「これは何で吊るすんですか?」


「単純に作業しやすいからだな。地面に接地している部分があると皮を剥がしにくいだろ。こんなデカブツ、おいそれと簡単にコロコロ転がす事もできねぇからな。皮を剥がしながら自分が動いた方が楽だろ?」


 成る程。


「まずは内臓を出していくぞ。 ここ、わかるか?」


 そう言うとバルガスは飛竜の首元、人間で言うと喉仏あたりを指差す。


「ちっと吊り下げ機が小せぇからな。少し首が曲がっちまっているが、頭部がないからまだ楽だな。この首の断面、喉仏の所から、肛門まで切り込みを入れていくぞ」


 飛竜の体調は頭から尻尾の先まで入れると十メートルはある。

 地面に接地している首は若干曲がっているものの、脚から吊るす事で何とかその巨体を吊るす事に成功していた。


「切れ込みを入れる時なんだが、飛竜やドラゴンって言われる魔物達の全身を覆っている竜鱗は非常に堅い。並大抵の刃物じゃ傷一つつかねぇ。だからこうやって、鱗に沿って刃を当てていくんだ」


 バルガスは手に持った白銀色の刃を首の断面に当てると、少しだけ皮膚と肉の間に滑り込ませた。

 少し剥がれたところで刃を抜き、浮いた皮膚を持ちながら、飛竜に対して垂直になるように、それでいて、鱗と鱗の間をなぞるように刃を進めていく。


「鱗であみだくじしてるみたいですね」


「あみだくじ? 何だそりゃ」


「何でもないです」


 作業場は飛竜の血液と、職人達の熱気で満たされている。

 普段なら即座に吐いてしまいそうな臭いや状況でも、不思議とこの場から去ろうとは思えない。

 昨日まではあんなにも臭いと思っていたのだが。


 バルガスは額から大汗をかきながら、切り込みを入れていく。

 一時間程かけて、白銀色の刃はようやく肛門までたどり着いた。


「次は胸骨を外していくぞ。これがあると心臓や肺なんかが取りにくいからな。まずこの肋骨と胸骨の間にある軟骨に刃を入れるんだ」


 ごりっという音と共に、一本一本肋骨を胸骨から切り離していくと次第に内臓の全容が見えてくる。


「おい!内臓取り出すから肋骨開いてろ!あと木桶と水だ!さっさと持ってこい!」


 職人達が肋骨の両端を持ち、開いた胸の中を良く見ると、心臓の右側らへんに淡く紫色に光る、握り拳程の大きさの鉱石があるのがわかる。


「これって魔魂石(アルマストーン)ですよね?貰ってもいいですか?」


「好きにしろ。この飛竜はまるごとアンタのもんだからな。頭の先から尻尾の先まで所有権はアンタにある。魔魂石もそうだが、心臓や肝、竜胆とかはどうだ? 滋養強壮剤として王都だと良い値で売れるようだぞ?」


 内臓は取り出した後、しっかりと洗って、高額で取引されるという心臓と肝と竜胆だけは貰っておいた。


 そのほかは花ちゃんが美味しく頂いた。

 用意した木桶と水が無駄になっちゃったな。

 花ちゃんのお食事風景は例の如く自主規制だ。

 飛竜の腹の中に入り込む植物と、職人達の引きつった笑顔を想像して察してくれ。


「ひとまずはここでひと段落だ。後は足首の所をぐるっと一周切り込みを入れて、肛門からそこまで鱗を避けながら切り込みを入れる。そうすれば次は皮膚と肉を切り離す作業に移る」


「翼はどうするんですか?」


 俺がそう質問した瞬間、ばっと作業場の扉が開き、ライラが入ってくる。

 飛竜の姿に動じる事もなく、「お父さん、お昼だよ」と声をかけてきた。


「ん。もうそんな時間か、良し。切りも良いからここいらで休憩するぞ。飯だ飯!」


 バルガスは「翼はもう少し後だな」と言って作業場を後にし、それに続くように俺も昼食へ向かうのだった。



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