39話 静電気とヌウォル村
宿場町ギベニューから、逃げるようにヌウォル村へと帰路に着いた俺と花ちゃんは、森の中の巨木の上で一泊した後、ヌウォル村へと帰ってきた。
一泊した理由としては、花ちゃんの食料の確保と、薬草採集のためだ。
初めてこの森に入ってきたときのように、大量の魔物に襲われる事もなく、静かな夜だった。
どうやら北西部の山岳地帯に住み着いていた飛竜が居なくなったことで、ムエスマ大森林はいつも通りの姿を取り戻しつつあるようだ。
正門から入った俺たちは村の入り口に居た少年の案内で、革を鞣す作業場で汗を流すバルガスに再会した。
作業場は一言で言うと臭い。
鼻がひん曲がりそうだ。
周囲には魔物から剥がした皮が物干し竿のようなものに掛かっており、皮にはまだ脂肪のような白い塊がちょくちょく着いている。
周囲にいる職人達は額に汗を浮かべながら森林虎の皮を剥いでいる最中のようだ。
「よぉ!無事だったか!町の様子はどうだったんだ?」
皮を鞣す手を止め、真剣な面持ちで見つめてくる。
顔の厳つさもあってかかなりの迫力だ。
恐らくだが、小さい子供なら泣きだすだろう。
「バルガスさんの予想通り、三匹の飛竜が町を襲っていましたよ。その内一匹は死んでましたけど、建物が所々燃えていたり、吹き飛んでいたりと言う感じですね。住民などに被害はなかったみたいです」
両腕を組みながら「うんうん」と頷いている。
「で、密猟者は捕まえたのか?」
だよね。聞くよねー。
「それが、飛竜とギルドマスターが戦ってた時にはもう誰もいなかったんですよね」
正直に言うと新魔法《局部破壊放電》の作成と飛竜を倒す事で頭が一杯で、すっかり忘れてました。
なんでギベニュー行ったんだっけ?と、思い出したのは、昨日、木の上で花ちゃんと横になってるときでした。てへぺろ。
俺が着いたときはギルドマスターしか居なかったから嘘はついてない……と思うよ。
「そうか……。怪我人や死者が出なくて何よりだな」
「あ、でも飛竜の卵は割れちゃってたし、幼竜も死んでましたね」
「何? それは衛兵や冒険者がやったのか?」
「うーんと、状況的に言うとですね。荷車が横転してたんですよ。荷車の周りには卵が割れていて、幼竜は地面から突き出た岩の棘で一突きされて死んでましたね。で、密猟者達はもう既に居ませんでしたね。それがどうかしたんですか?」
バルガスが何か考えるように顎に手を当てるが、「いや、なんでもない。それより」と話題を変えた。
「装備を作るんだろ? 素材はあるのか? どの部位だ? 何が欲しいんだ?」
「そうですよ。装備を作ってもらいたくてこの森に寄ったんですから。まぁライラに会ってなかったら、バルガスさんにも出逢えなかったでしょうけどね」
あの時は《探知》使えば余裕だろとか思ってたけど、森が広過ぎてライラに会わなかったら迷子になっていたと思う。
すると後ろから「私を呼んだ?」とライラが声を掛けてくる。
「ベック、お帰りなさい。《業風》のフラウは美人だった?」
漫画だったら、ゴゴゴゴゴ……と言う擬音が聞こえてきそうな鬼の形相をしている。
《業風》のくだりは俺とバルガスしか知らないはずだ。このおっさん、なんか余計なこと言いやがったな。
バルガスの方を見ると、先ほどまでは俺を見ていたのに今は口笛を吹いて明後日の方向を向いている。
「な……何のことかな? 俺はギベニューの飛竜を倒しに行っただけだよ? ほら!みてよこれ!」
慌ててマジックバッグの中から首のない飛竜四匹、頭に穴が空いている飛竜一匹を取り出し、作業場の前に置いた。
「わっ!この間も思ったけどアンタどうやって持ち運びしてるのよ」
「企業秘密だよ」
ライラは「キギョウヒミツ? 何よそれ」と眼を大きく開けてきょとんとしている。
「それで? この飛竜の素材で何か作って欲しいのか?」
バルガスはしげしげと飛竜の状態を確認しながら「今倒したみたいに新鮮だな」と言う。ライラは何か言いたげだが、父親の邪魔をする気は無いようだ。
「最初に頼もうとしてたのはこっちなんですよね。飛竜の素材はスケイルメイルとかにして欲しいんですけど出来ますか?」
牛頭人王の頭部付き毛皮を出して、バルガスに手渡すと「噂は本当だったんだな」と言い、ニヤリと笑った。
「飛竜に関しては皮の部分は何とかなるが鱗の部分はシフロム族の方がいいな。あいつらは堅い材質の扱いには慣れている。ミダスに打診しておこう。それでこっちの牛頭人王の毛皮は何にして欲しいんだ?」
「じゃあ飛竜の方はそれでお願いします。毛皮の方はヌウォル族のみんなが着ているような、頭部付きの外套を作って欲しいんですよね」
「任せろ、最高の外套を作ってやる。飛竜の件もあるからな、全部作り終わるまで何日か時間がかかるがどうする? 特にもてなしなぞは出来ないが、この村に滞在するなら空き家を使えばいい」
どうするかなぁ。
特に急いで行かないといけないところも、やらないといけないこともないからな。
お言葉に甘えて、しばらくここに居させてもらおうかな。
どうやって装備が作られていくのか、皮を鞣す作業も気になるし。
「それじゃあしばらく滞在させていただきますね。もし、お邪魔じゃなければ、作業を見学しても良いですか?」
「……見学? 何にも面白いものなんてないぞ。それでもいいなら勝手に見ていけば良い」
そう言って、途中だった皮の鞣し作業を始めるバルガスの横顔は、何だか嬉しそうに見えた。




