38話 静電気とギベニュー
「無事ですか。お嬢さん」
バチコンと右目でウィンクを飛ばす。
決まった。これは決まったぜ。
俺史上最高のキメ顔が決まった。
「え、えぇ、助かったわぁ」
あ、あれ?
このめちゃくちゃ美人なお姉さん、ちょっと反応が悪いな……。
状況的に結構イケてるんじゃないかと思ったんだけど。
花ちゃんが女性を解放し、俺の右肩に戻ってくる。
『パパ……戦ってる時はカッコよかったけど、今のはお顔がちょっと……ゴニョゴニョ』
『……え?』
ゴニョゴニョって何よ。
『んーと……傷つかないでね? 変なお顔だったよ?』
おうふ……。
パパ、ちょっとショックだよ。
颯爽と現れてヒーロー作戦、大失敗だよ。
『パパは普通にしてるのが一番良いよ!』
『あ、ありがとう』
フォローまできっちりありがとう。
調子こいてすいませんでした。
「貴方……もしかしてボラルスの《ブラッディローズ》じゃない?」
先ほどまでやや引きつった顔をしていた美女が、俺と花ちゃんのセットを見て、何か気がついたようだ。
「ヌウォルの村でも驚かれたんですけど、多分それって俺の事じゃなくて《花ちゃん》のことだと思うんですよね」
ボラルスの冒険者達には『花さん』って呼ばれてるもんね。どこの親分ですかね。花組?
「花ちゃんってこの子の事ね? 噂には聞いていたけど、話せる魔物なんて初めてだわぁ。ふふっ可愛いわねぇ」
やっぱり耳長族って植物と親和性が高いイメージなんだけど、その通りなのかな。
出逢ってから全然時間経ってないのに、花ちゃんとフラウに妙な絆を感じる。
「花ちゃんは特別なんですよ。それよりも町のことは良いんですか? 結構壊れちゃってますけど、住民の皆さんとか大丈夫なんですかね?」
最初の爆発があった場所には、一刀両断された飛竜が横たわっている。
その一刀両断された飛竜の直線上にある家々は、軒並み吹き飛んでいる。
どんな剣で切ったらこうなるのだろうか。
世界最強の剣士かこの人。
我が名はジュr……!なんつって。
うっかり背中から斬られなくてよかったぜ。
剣士の恥だもんな。俺は剣使えないけど。
「住民の避難は終わってるから大丈夫よぉ。ただ……私が吹き飛ばしちゃった建物の保証はしないとねぇ」
吹き飛ばしちゃったってことはこの人が犯人か。
翠色のローブに杖。魔法使いなのかな。
剣を持ってないってことは魔法で一刀両断か。
カマイタチ的な魔法だろうか。
「あぁ、やっぱり町が吹き飛んでたのは貴女がやったんですね。と、言うことは……貴女が《業風》?」
確かバルガスがそう言ってたな。
ライラには申し訳ないけど、バルガスの言う通りだな。めちゃくちゃ妖艶で淫靡なオネーサンだ。ただ少し胸元が寂しいけど。
「昔は良くそう言われてたわねぇ。でも今はしがないこの宿場町のギルドマスターよ……はぁ」
妖艶淫靡オネーサンこと、《業風》のフラウは、溜息をつくと、「お給料何ヶ月分になりそうかしら……」と頭を抱えている。
悩ましく溜息を吐くその姿も艶かしい。
「とりあえず、貴方のお話、色々と聞かせてもらいたいわぁ。後で冒険者ギルドに来てくださるかしらぁ?」
はい!喜んで!
綺麗なお姉さんに呼び出されるなんて胸熱。
顔に出さないようにしないとな。ぐふふ。
ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。
また花ちゃんに気持ち悪いって言われちゃう。
「わかりました。あ、飛竜の死体貰っても良いですか? 町の外に落ちた奴はもう既に回収しちゃいましたけど」
こんだけあればスケイルメイル作れるかなあ?
ヌウォルの村に帰ったら、聞いてみるか。
「倒したのは貴方。半分になっている飛竜以外はお好きにどうぞぉ」
そう言うと「じゃあまた後でねぇ」と、手をひらひらと振り、歩き出した。
後ろ姿も素晴らしい。特に尻がいいね。尻が。
プリッと張りがある。
飛竜が討伐された事を聞きつけたのか、南門に避難していた住人たちが戻り始め、次第に町は喧騒に包まれてゆく。
壊れた家々の破片の回収が始まったり、消化活動が始まったりと中央広場は衛兵やギルド職員で騒がしくなった。
三匹の飛竜に襲撃されて大変な目にあったはずなのに、町の人々の顔は下を向いていない。この世界の住人たちはバイタリティに溢れているようだ。
(さぁて、大騒ぎになる前に飛竜の回収をしておきますかね)
◇
俺は、飛竜をそそくさと回収した後、宿場町ギベニューの西側に建てられている冒険者ギルドへと足を運んだ。
冒険者ギルドに入ると、髪の毛の赤いキノコ頭の職員に声をかけられ、ギルドマスターの執務室へと案内された。
ドアをノックし、部屋の中に入ると、ボラルスの冒険者ギルドの執務室に似た光景が広がる。
革のソファに木製のテーブル、執務机の上に置いてある花瓶には綺麗な赤い花が一輪挿されていた。
ソファにはフラウが腰掛けており、ティーカップに注がれた何かしらの飲み物を、整った薄い唇へと運んでいる。
部屋には甘ったるい匂いが漂っており、美しい女性と部屋で二人っきりという状況も相まってか、脳が痺れるような感覚だった。
「それで、あの魔法は何かしら? 六属性のうちのどの属性にも当てはまらないと思うんだけどぉ?」
ソファに座り開口一番に質問を投げかけられ、意識を引き戻す。
ボラルスのギルドマスターや、C等級冒険者のリックにも聞かれた内容だ。この世界において、電力……雷魔法という存在はそれだけ異端なのかもしれない。
「それって言わないとダメですかね? と、言うか俺自身も良くわかってない所が多いんです。 ギルドマスターはどうやって魔法使ってるんですか?」
これは本当の事だ。この世界で使われている魔法の仕組みがわからない以上、何故俺がこの魔法を使うことができるのか、言葉でうまく説明できる自信がない。
「え? どうって魔力を詠唱で属性変換するだけじゃないのぉ?」
魔力を詠唱で属性変換?
駄目だ。多分前提から俺とは違うっぽいな……。
俺は自身で発電した電力を、魔力を動力源にして魔法を発動させている。魔力自体を何かに変えることなんて出来ない。
もしかしたらできるのかもしれないが、やり方がわからないのだ。
取り敢えずみせたほうが早いか。
フラウの目の前で、指先に電力を集中し、チチチチと放電してみせる。
「それがさっきの魔法? 全く魔力を感じないのは何故かしら……。不思議ねぇ」
「いや、これは魔法じゃありません。体質みたいなものです。俺がこれに魔力を使うとこうなるんですよ」
魔力で電力を様々な形に変える。
それは剣であったり、槍であったり、盾のような形や、丸や三角、四角などの図形にも変形させてみせる。
「……つまり……その指先から出てるものに魔力は使ってないってことなのぉ?」
「そういうことになりますね。この指先から出ているものを、魔力を使って形を整えたり、魔力を推進力に変えて飛ばしてるっていう感じなのです」
「563年生きてるけど、そんなの聞いたことも見たこともないわぁ。その魔法はオリジナルってことなのねぇ」
は?
聞き間違いか?
563歳とかやべえな。
「この話せる魔物と言い、飛竜を撃ち抜いた魔法と言い、色々と規格外ねぇ。それに冒険者になってまた一ヶ月ほどよね? ますます興味が湧いてきたわぁ」
俺を見る眼が怖い。
なにか面白いおもちゃを見つけた子供のような、そんな目付きをしている。
「もう実力的には、A等級はありそうだけど、Aに上がるには王都の冒険者ギルドの試験を受けないといけないのよねぇ。B級までは私たちの一存で昇級させられるから、B等級に上げてあげるわ。依頼達成数もそこそこだし、その実力でDは等級は勿体無いものねぇ。貴方は今日からB等級の冒険者よぉ」
「マジですか!ありがとうございます!」
なんか思いもよらない所でB等級になれたぜ。
しかしA等級以上になるには試験が必要なのか……。
こりゃあ名を上げるには、王都に行くしかないな。
俺が目標を達成する日も近いかもしれん。
魔法都市で色々学んだら、次の目的地はフォレスターレ王国にしよう。
「あ、そうだわぁ。B等級以上は有事の際王国から召集命令がかかるから気をつけてねぇ。無視したりすると、反逆罪に問われちゃうわよ」
なにそれ。
気をつけよ……。
「無視しなければ良いんですよね?」
「そうよぉ。等級が上がれば税金の免除とか、学費の免除とか、魔族領などの立入禁止区域に入るのに融通が利いたりとか色々便利な事もあるのよぉ? 責任は重くなってくるけど、等級は高ければ高いほど便利ね。S等級以上は王様と同等の発言権があるんだから。もちろん政治的な所以外だけどね?」
「王様と同等……。それってどういう時なんです?」
「そうねぇ。例えば、戦争とかかしら? 私はA等級だったし詳しいことはわからないわぁ。知りたかったらS等級にでもなるのが一番早いんじゃなぁい?」
「S等級ってモテます?」
「グイグイくるわねぇ……。今代の勇者、S等級のアキラ=ハカマダはいつも女の子を周りに連れてたわねぇ」
はい?
アキラ=ハカマダってもろ日本人じゃねーか。
俺の他に、この異世界に来てるやつがいるってこと?
しかも名前にめっちゃ既視感があるんだけども?
まさかあいつじゃないよな?
俺に仕事押し付けて性なる夜へと飛び込んだあいつじゃないよな?
「どうしたのぉ? 顔が怖いわよ?」
「あぁいえ……。聞いたことある名前だったんで」
「まぁ有名人だからねぇ。二十年以上前に起きた、アイアンフォードの魔物災害の時の英雄の名前だし、この世界で知らない人の方が少ないんじゃないかしら?」
二十年以上前?
俺がこの世界に来たのはほんの一か月前だぞ。
もしあいつだとしたら、あの日の夕方までは生きてたよな。
そうだとしたら時間軸が違いすぎやしないか?
俺は一ヶ月前であいつが二十年前?
駄目だ分からん。
神様そんな事なに一つ言ってなかったよな。
会ってみてーな。S級勇者。
そんなことを考えていると、一瞬、背筋が凍るような感覚を感じた。後ろを振り向くと、鬼のような顔をした先程のキノコヘアーの職員がドアの前で凄まじい威圧感を放っている。
どうやら壊れた町の設備や家々に関する請求書が届いたようで、ギルド職員にたじたじになっているフラウを横目に、俺は巻き込まれる前にそそくさとその場を後にした。
ドアを閉めた後、室内から鶏の首を絞めるような切ない声が響いたが、何も聞かなかったことにして、ヌウォルの村への帰路に着いたのであった。




