37話 ギルドマスターと静電気
碧瑠璃の天を二分する一条の雷光。
その燐光は吸い込まれるように飛竜の頭部を捉え、力を無くした空飛ぶ蜥蜴は、無常の風となって町の外へと消えて行った。
その後を追うように、木々を薙ぎ倒す破砕音と土埃が舞うのが町の外に見える。
「今のは……なにかしらぁ?」
魔法……?
だとしたら、あんな魔法は見た事ないわ。
それに術者はどこかしら。
見えない程遠い距離から、飛竜の堅い鱗を突き破る威力。
「あり得ない威力だわぁ……」
首筋に冷たい汗が流れる。
《ウィンドカッター》は初級の魔法とは言え、私がこの魔法に込めた魔力は、初級のそれではない。森林虎でさえ、問題なく一撃で首を跳ねる事ができる。そんな魔法を至近距離で二連発撃ち込んでも、飛竜の竜鱗にはちいさな傷しかつかなかった。
先程の雷光は、そんな強靭な竜鱗を纏う飛竜を、遠くから、しかも一撃で頭部を撃ち抜いてみせた。
その正確さと威力には畏怖すら感じてしまう。
(……味方ならいいのだけど……)
気を取直し、意識を上空へと向ける。
空に散った仲間の死を嘆くように咆哮をあげる、魔物にも心はあるのだろうか、最後の一匹となった飛竜が、火球を放とうと焔の漏れるその凶悪な口腔を地面に向ける。
「しつこいわねぇ……ウィンドシールド」
遠距離攻撃魔法の《ウィンドカッター》が相手に通用しない以上、空を飛んでいる敵に攻撃する手段はない。最大火力の《ストームソード》は射程距離が短く、空を飛ぶ敵には当たらない。
本来なら魔術師は後衛の職業だし、冒険者は同じ目的を持った仲間たちと集まり会い、依頼を受けるものだ。
魔物の討伐依頼があったとしたら、盾を持った戦士が敵の攻撃を受け止め、剣士が遊撃を行い、魔法使いが高火力の魔術で敵を撃つ。傷ついた仲間は治癒師が治療を行う。
魔術師は一人で戦うような真似はしない。
魔術を使うにも詠唱が必要で、高火力であるが詠唱中は無防備になることが多く、取り回しが効かない事が最大の理由だ。
そんな魔術師であるフラウが、何故ここまで一人で戦闘が出来るのか。それは耳長族特有のユニークスキルである、《詠唱短縮》のお陰だと言える。森に住み、自然と共に成長して来た耳長族はごく稀に、先天的にそのスキルの発現する事があるのだ。
《精霊に愛された種族》とはよく言ったものである。
《詠唱短縮》は魔術の発動に必要な詠唱を一句節短縮することができるユニークスキルだ。このスキルのお陰で詠唱が一節だけの初級魔術などは魔術名の詠唱だけで発動することができる。《ウィンドシールド》や《ウィンドカッター》がこれに該当する。
魔術師にとっては非常に強力なスキルであると言える。
「ウィンドシールド……」
フラウは空を飛んだままの飛竜を恨めしく見ながら本日何度目かわからない《ウィンドシールド》で火球を防ぐ。
(どうしようかしらぁ……)
正直にいうとジリ貧だ。
魔力は無限ではない。
上空へ攻撃する手立てがない以上、こちらの魔力が尽き火球を受けるのが先か、あっちが諦めるの先かというところだ。
そんな事を考えていると、またしても先程の雷光が飛竜を捉える。
しかし今度は頭部ではなく、翼にある飛膜にあたり、バランスを崩した飛竜が、なんとこちらに向かって落下してくる。
「そこをどいてくれえええええぇええ!!」
飛竜の落下と同時に、北門から奇怪な姿をした翠色の馬と、安物の皮鎧を来た冒険者が叫びながらこちらへ突っ込んでくるではないか。
「花ちゃん! そこの女性を安全な場所へ!」
その声を合図に、白い水玉模様の赤い蕾をした植物が翠色の蔓を出し、私は瞬く間に絡め取られた。
『おねーちゃん! ちょっとだけ花ちゃんと一緒にきてねー!』
頭の中に直接声が流れてくる。
これって植物が喋ってるの?
「貴女、魔物なの? 何故話せるの?」
『花ちゃんは花ちゃんだよ! パパの娘なの!』
パパ? 娘?
もしかして、さっきのみすぼらしい冒険者の事?
「飛竜は一人じゃ無理よぉ。協力し合わないと……!」
『パパ一人で大丈夫だよ! パパは強いんだから!』
強い?
どう見ても冴えない冒険者にしか見えないわぁ……。
すると、その冴えない冒険者が聞きなれない詠唱を呟くと、彼の全身は一瞬にして、先程空を駆けた雷光と同じ色に包まれ、右手に展開された魔法陣から、魔法の槍のようなものが飛び出した。
眩く煌めくその姿は、まさに雷の騎士。
その冒険者は、地面に落下して動かなくなった飛竜の首を、いとも簡単に切り落とした。
「冗談……でしょう?」
飛竜の首をいとも簡単に切り落とすなんて、耳長族の宝剣並みの切れ味じゃない。
しかもそれを魔法で実現させているなんて……。
魔法を解除した冒険者が近づいてくる。
ねとつく視線と、にやけ顔が気持ち悪いわねぇ。
下心が透けて見えてるわ。
「無事ですか。お嬢さん」
ふふっ。お嬢さんですって。
でも私、今年で563歳なのよねぇ。
『パパ……お顔が気持ち悪い……』
あら。貴女とは気が合いそうね。




