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35話 ギルドマスターと怒れる親竜

 

 ギベニュ―の町、西側の商業地区の一角にある冒険者ギルド:ギベニュ―支部に、一人の衛兵が息を切らせて駆け込んできた。

 北門の通行審査をしているはずの新人衛兵であるローリーだ。



「あれ? ローリーさん、昼間からどうしたんですか?」



 冒険者ギルドの受付嬢である、マイナが不思議そうな顔をしながら尋ねる。

 まるで小学生のような小柄な体型に幼さが残る顔立ちと丸眼鏡。

 赤い髪の毛はボブカットに揃えられており、まるで大きなキノコの様だ。



「大変だ! 町に飛竜(ワイバーン)がやってきた! それも三匹だ!」



 ローリーは息も絶え絶えになりながら、先程北門を破壊して町に入り込んできた馬車と、それを追いかけてきたであろう飛竜について説明する。



「この森で飛竜(ワイバーン)? ですか? 先程の警鐘はまた中央広場で喧嘩でも始まったのかと……」



 ムエスマ大森林のような狩場が近い町は、比較的気性の荒い性格の商人や冒険者が多く、喧嘩も日常茶飯事だ。

 衛兵を呼ぶために、警鐘が鳴らされることもしばしばあった為、この町に長く滞在している人ほど。警鐘の事は気にも留めていなかった。



「衛兵長から、出動依頼の要請だ! 急いでギルドマスターに伝えてくれ! このままだと町が火の海になっちまう!」



 ローリーが大きな声を張り上げると同時に、冒険者ギルドの二階から降りてくる人影があった。



「なぁに? 騒がしいわねぇ……」



 スラリとした抑揚のない長身。

 琥珀色の長い髪を三つ編みに纏め、眠たそうな垂れ目をした見目麗しい女性。

 特徴的なのは、その先の尖った長い耳だろうか。

 右腕に持っているのは、根が絡み合って出来た、枝の先に碧色の宝石がはめ込まれた杖。

 彼女は碧を基調とする、煌びやか装飾がなされたエメラルドグリーンのローブを羽織っている。

 ギベニュ―支部のギルドマスターである、耳長族(エルフ)のフラウ=ヴィンセントだ。



飛竜(ワイバーン)ですってぇ? お山にいる空飛ぶ蜥蜴ちゃんが、なんでこんなところにいるのかしらぁ……?」



「ローリーさんの報告によりますと、町の中央広場に飛竜の卵と、幼竜がいるそうです。恐らく密猟者かと……」



 息も絶え絶えのローリーの代わりに、マイナが説明をする。



「いやぁねぇ、そういう事じゃないのよぉ。なんでわざわざこの町に連れてきたかって話よぉ」



 言われてみれば……とローリーは納得する。

 密猟者であるならばわざわざ町中に連れてくる必要はない。

 それこそ、森の中で受け渡しやらなにやらしたほうが、衛兵にバレることもなく安全なのだ。


「なんでそんなことするのかしら……ねぇ?」



 そう言って歩き出したギルドマスターの思慮に耽る横顔は、どこか憂愁を感じさせるものだった。





 ◇





 冒険者ギルド:ギベニュ―支部のギルドマスター『業風のフラウ』

 耳長族(エルフ)は手先が器用で、魔力の扱いに優れた一族である。また寿命は平均七百歳程で、その有り余る時間を自己鍛錬や趣味に費やすことの多い種族だ。それ故に優れた職人であったり、素晴らしい武芸者であることが多い。



 彼女も例外ではなく、三百年以上冒険者稼業を続け、富と名声を手に入れた。



 現役時代の冒険者等級は『A』である。

 『業風』と言う二つ名の由来である、彼女の風属性の魔法は、全てを切り裂き、全てを吹き飛ばす。



 しかし、そんな彼女でさえ、この町全体を、逃げ惑う人々を守りながら飛竜を三匹相手にするのは骨の折れる作業だった。



「これは……どう言う事かしらねぇ」



 経験豊富な冒険者であるフラウですら、目の前に広がっている光景には疑問を抱かざるを得なかった。



 横転した荷車、砕けた飛竜の卵、幼竜の死骸。



 当初の予想では、密猟者が飛竜の卵や幼竜を、その巣から盗んできたものの、間抜けにも親竜に見つかり、命からがら、このギベニュ―の町に逃げ込んできたものと考えていた。



 しかし、実際はそうではなさそうだ。

 広場の中心には、衛兵長と対峙する、草臥れたローブで全身を隠した人影が3つ。

 この三人は、恐らくこの騒ぎの首謀者だと思われる。

 その付近には荷車が横転し、飛竜の卵が砕け散り、荷車の周囲に四散している。

 百歩譲っても、荷車が横転したのならば、卵が割れることはあるだろう。



 であるならば、なぜ商品であるはずの幼竜が、土魔術の《アースニードル》で貫かれているのだろうか。

 しかもあの土魔術からは、三人の中で一歩踏み出しているあの男と同じ魔力を感じる。

 それはつまり、密猟者自身が商品であるはずの幼竜を殺したという事になる。



「密猟者……じゃあなさそうねぇ。いったい何が目的なのかしらぁ」



(まぁ捕まえてみれば分かる話ねぇ……)



 捕縛するための魔法を唱えようと、魔力を練り上げようとした時、上空より飛竜の口から放たれた火球が落ちてくるのが分かった。



「――ウィンドシールド」



 フラウは即座に魔法を唱える。

 目の前に、火球の衝撃から身を守るための不可視の風の盾が現れる。

 直後、中央広場に落ちた火球は爆発と共にフラウの視界を遮った。

 爆炎が引いた時、既に広場には三人組の姿がなく、変わりに今にも火球を放ちそうな、一匹の飛竜と衛兵長の姿があった。

 首謀者に逃げられたことに苛立ちを感じるものの、目の前の状況がその感情を即座に霧散させた。



「まずいわねぇ。ウィンドシールド!」


 

 飛竜と衛兵長の間に風の盾が現れる。

 衛兵長は盾を構えているものの、所詮は安物の量産品の盾だ。飛竜の火球には耐えられない。

 風の盾は火球を受け止め、周囲にその爆炎を受け流す。

 受け流され、逸れた爆炎は中央広場を囲むように建てられている、木造建築の建物に当たり、火の手が上がる。



「グルルルルゥウウゥ! ガァッ! ガァッ! ガァッ!」



 怒れる親竜は立て続けに三発火球を放つ。



「っつ! 相当ご立腹のようねぇ」


 

 吐き出された火球の分だけ《ウィンドシールド》を詠唱するが、周囲が炎に包まれていく。



(事後処理に頭を悩ませることになりそうねぇ……)



 風の盾のお陰で、火球が衛兵長に直撃することは何とか避けることが出来たが、町にはかなりの被害が出てしまっている。



 幸いな事に、住人の避難は終わっている為人的被害は出ていないようだが、上空の二匹の火球を防ぎながら、眼前の飛竜の相手をするのは非常に分が悪い。火球を防げば防ぐ程、町への被害は広がっていくのだ。



「ギルドマスター! 助かったぞ!」



 死を受け入れたような、生気を失った顔をしていた衛兵長だったが、こちらの存在に気が付き、駆け寄ってくる。しかし衛兵長の相手をしている余裕はない。



 衛兵長を無視し、間髪入れずに飛竜に向かって攻撃魔法を詠唱する。



「ウィンドカッター」



 駆け寄ってくる衛兵長の真横を通り過ぎ、かまいたちのような風の刃が飛竜を襲う。

 衛兵長から情けない「ヒィ!」という声が聞こえたが、気にせず二発目も打込む。

 しかしその二回の攻撃も、飛竜の竜鱗には効きにくく、鱗に小さな傷をつけるだけ。



(まずいわねぇ……)



 上空には火球をばら撒く飛竜が二匹。

 目の前には役に立たない衛兵長と、子供を殺されて怒り狂う親竜。



 火球を防ぐほど、町の被害は増えていく。



「衛兵長ぉ。貴方、邪魔だから住民の避難誘導でもしててくれないかしらぁ?」



「わ、分かった! ご武運を!」



 立場を弁えているのか、衛兵長は一言いうと南門に駆け出していく。

 これで足手まといは消えた。



「ちょっと、町が壊れちゃうけど仕方ないわよねぇ……」



 先程までは魔法名だけの詠唱だったフラウが呪文の詠唱を始める。



「流れる風の精霊達よ、猛り狂う風の剣よ、今こそ我が敵を穿ち、存在を証明せよ」



 彼女を中心に凄まじい暴風が吹き荒れる。

 その暴風は徐々に杖先へと収束し、碧色の巨大な風の剣となった。



 危険を感じた親竜は、身に降りかかる災厄を振り解こうとするかの如く翼をはためかせるが、その暴風に巻き込まれ天高く舞うことは叶わなかった。



「ストームソード」



 最後の句を合図に、質量を持った巨大な風の剣は、大気を切り裂き、唸る様な音と共に、恐ろしい速度で振り下ろされ、飛び立とうと苦心していた飛竜を一刀両断した。

 


 一瞬の静けさの後、其の場に立っていられないほどの大暴風。

 その威力は凄まじく、飛竜の背後に建ち並んでいた木造建築は瓦礫の山となった。

 正に地獄に吹き荒れる業力の風。

 二つ名《業風》の名に相応しい魔法だった。

 

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