34話 衛兵長と密猟者
「最近は魔物のせいで町に来る人がめっきり減ったなぁ……」
詰め所の椅子に座り、机の上に脚を乗せた行儀の悪い衛兵は、椅子の背凭れを利用し、大きくのけぞりながら喉の奥まで見えそうな大欠伸をしている。
ここ、ギベニュ―の町は長さ三メートル程の太い丸太を地面に差した柵によって囲まれている。
街の北と南には、入町するための門と詰め所がそれぞれ建てられており、そこにいる衛兵は日夜、この街に来る商人や冒険者、旅人などの通行審査を行っている。
町に危険な品物や犯罪者などが入り込まない様に、しっかりと積み荷や身分の確認をする為だ。
宿場町である、ここギベニュ―は、人の出入りが激しく、数時間座れない事なんてよくある通行審査の仕事だが、ここ最近は魔物の活発な動きのせいで暇な毎日が続いていた。
どうやら街道沿いで、頻繁に魔物が現れるようになったというのだ。
これまでは年に数回、森林狼が目撃されたり、街道沿いの巨木に森林猪のマーキングの痕跡が発見されたりと、比較的危険性の低い報告ばっかだったのだが、ここ二週間で既に十五件もの魔物遭遇報告が寄せられている。
それも危険な森林大猿や森林虎などの大型で危険な魔物の目撃報告だ。
それが原因で、このムエスマ大森林を両断しているムエスマ街道を通る人間が激減してしまっている為、この通行審査の仕事が暇になってしまっている。
ここからそう離れてない、ボラルスの街の近くにあるウルガ村でも、こういった魔物の活発な動きがあったと聞いているし、何かこの地域で、我々人間の与り知らぬ何かが起きているのかもしれない。
(なぁに感傷的になってるんだろうな。俺は……)
衛兵は机から脚を下ろし、しっかりと椅子に座りなおした。
そして自分の手を胸に当て、このなんとも言葉にしがたい気持ちについて思いを巡らせる。
ここ何日かは漠然とした、言いようのない不安感が胸の中で渦巻いていた。
何がそうさせるのか分からないが、感じるのだ。
胸の中心辺りに感じる蟠りはなんだ?
胃が裏返るような、まるでそこが心臓になったかのような焦燥感をずっと感じている。
(何も無ければいいのだが……)
しかし、衛兵の思いとは裏腹に、凶報は、長い長い一日を告げる鐘の音と共にやってきた。
「ん? 何だあの馬車は」
土煙をあげながら街道を勢いよく北門に向かって進んでくる一台の馬車。
どうやら馬車には三人乗っているようだが、ローブで全身を覆っている為顔はおろか、性別すら判断することはできない。
「おい、あれを見てみろ」
隣で逆方向を見張っている衛兵に声をかける。
「なんだ? あの馬車は随分急いでるな。まぁそのうち速度を緩めるだろ?」
そういうと南側に向き直す。
「そうじゃない! 土煙のさらに向こう側だ!」
北側の監視をしていた衛兵が慌てたように大声を出す。
「向こう側? ったく、それが何だってんだよ」
目を凝らす様に、土埃の奥に視線を飛ばす。
「なんだよ、空に鳥が三匹飛んでるだけじゃねぇか」
「いや、よく見ろ。なんかやけに……でかくないか……?」
「でかいか……? いやでかいな……」
「おいおい……。なんだありゃあ! 今馬車に向かって火吐いたぞ……」
「吐いたな……」
「そうだな……」
「あれって、あれだよな……」
「「…………」」
お互いが顔を見合わせる。
「ワイバーンだああぁああぁあぁぁぁぁあああっ!!!!」
町の中心に建っている、高さ十メートルほどの物見櫓から、けたたましく鳴り響く警鐘。
衛兵の叫び声を聞いた町の住人や滞在者たちが一気に慌ただしくなる。
町は瞬く間に悲鳴と叫び声で溢れかえり、我を失った人々達は恐慌状態となった。
警鐘を聞き付けた衛兵たちが北門に集まり、この事態にどう対処するべきかあたふたしている間にも、飛竜に追いかけられた馬車が見る見るうちに町まで近づいてくる。
慌てた衛兵たちがすさまじい大声をあげて制止しようと叫ぶ。
「おい! そこのお前! 引き返すんだ!」
「聞こえているか! こっちへくるんじゃない!」
「ダメだ! こっちへ突っ込んでくるぞ!!」
「皆よけろおおおおおおっ!!!」
馬車は止まることなく、その勢いのまま、北門ごと破壊し、そこに居た衛兵たちを吹き飛ばしながら街の中に消えていった。
「衛兵長指示を!!!」
警鐘を聞き、駆け付けた衛兵長に、馬車に吹き飛ばされた一人の若者が叫ぶ。
「総員、戦闘態勢だ!! ローリー! お前は冒険者ギルドに応援要請を出してこい!! チャールズ!お前の部隊で町民を南門まで避難誘導させるんだ!!!」
「「はい!!!!」」
衛兵長と呼ばれた男が声を張り上げる。
その指示を受けてローリーとチャールズと呼ばれた若い兵達は各々の役割を果たすため走り始めた。
「残りのやつらは盾と槍を持て! ギベニュ―の町は俺たちで守るぞ!!」
「「「「「「「おおおおおおぉぉぉおおぉぉぉ!!!!!」」」」」」」
衛兵たちが雄叫びを上げる。
小さかった影はあっという間に大きくなり、三匹の飛竜は何かを探す様に街の上空を旋回し始めた。
その姿は、今にも口から火球が飛び出しそうな程、激高しているように見えた。
「なんだ? 飛竜は何を探している? あの馬車……まさか!」
衛兵長は一瞬だけ考え、何かに気が付いたかのように「そういうことか!」と叫んだ。
「馬車だ! 街に突っ込んできた馬車はどこ行った!!!!」
「町の中央です!!」
近くに居た衛兵が馬車の進んだ先を指さす。
馬車の後を追いかけて、町の中央へ向かうと、
町の中央広場には、横転した馬車と、三人の全身ローブの男、そして馬車の傍らには、割れた飛竜の卵と、今にも死にそうな幼竜の姿があった。
「貴様! 何を考えている! なぜこの町にそれを持ち込んだのだ!」
「……」
ローブ纏った三人組は沈黙を貫いている。
「静かなる大地の精霊たちよ」
真ん中に立っていた一際大柄な男の口から言葉が紡がれていく。
ちらりと視線が幼竜へ向けられた。
「!? よせ!」
「今こそ我に力を与え給へ……《アースニードル》」
それは魔術を発動させるための精霊の言葉。
幼竜の足元には紫色に輝く幾何学模様の魔法陣。
地面がうねり、魔法陣から出でたるは、岩で出来た巨大な槍。
その槍が無慈悲にも幼竜の胴体を貫く。
断末魔の声を上げる幼竜。
空に響き渡るは、飛竜の慟哭。
燃えるような赤い双眸には復讐の炎が灯る。
「なんてことを……これでもう取り返しがつかなくなったぞ!!」
衛兵長は腰に帯刀しているロングソードに手を掛けながら叫ぶ。
頭上ではまるで我が子の死を嘆くように飛竜達の絶叫が響き渡る。
「取り返しだと? 元よりそんな気はない。私はこの町を地図から消すつもりで来たのだからな」
男の顔はフードで隠れている為、口元しかわからないがその表情は笑っているようにも見える。
「何故こんなことをする! 何が目的だ!」
「……」
一瞬男は考えるように黙り込むと、「さぁな」と首を振った。
「俺の仕事はここまでだ。それより、自分の身を案じたほうがいいんじゃないか?」
ローブ姿の男が空を見上げると、衛兵長とローブの男の間に、飛竜の口から吐き出された灼熱の火球が落ちる。
肌に刺さるような衝撃と轟音、そして喉が焼けるような熱風に視界が遮られる。
熱から顔を守る為に当てた両腕をどけると、そこに三人の姿はなく、無残にも胴を貫かれた幼竜の姿と、無念と憤怒の炎を双眸に宿す飛竜の姿が目の前にあった。
衛兵長は大きく息を吸った飛竜の口元を見て、自分の死を覚悟した。
「ここまでか……」




