33話 密猟者とギベニュ―
「畜生! どこが軽い荷物運びの仕事だよ! 騙しやがったな!」
男は自分の運命を呪うように悪態をついた。
風の如く大森林を走り抜ける、自慢の馬と荷車。
その荷台には、人の頭部よりも二回りは大きい卵が数個と、大きな麻の袋に入れられた、成犬ほどの大きさの、翼の生えた蜥蜴が二匹乗せられていた。
荷車の背後に迫るのは、口から火を吐き、空を飛ぶ、体長十メートルほどの怪物。
一人、また一人と搭乗者が消えていく中、男は数日前までの自分を、殴ってやりたい気持ちで一杯だった。
◇
ボラルスの街から魔法都市ソーンナサラムの間には、ムエスマ大森林を両断する一本の街道、ムエスマ街道があった。
そのちょうど中心部分には、宿場町ギベニュ―が栄えていた。
人口は凡そ五百人ほどだが、定住者はその三分の一以下だろう。
ムエスマ大森林から得られる自然の恵みを目的に、はたまた、只の休息所として、日夜、商人や冒険者たちが大森林に入り、そして風のように去って行く。
いわばギベニュ―はムエスマ大森林とボラルスの街、魔法都市ソーンナサラムをつなぐ中継地点として存在する町なのだ。
そんな人の往来の激しい街で昼間から酒を煽る一人の男がいた。
「はぁ……。今日も今日とて、素寒貧のその日暮らし……」
男は賃金を貰って御者をする、いわば運び屋であった。
時には、荷を運び、時には、人を運び。
相棒の馬と荷車で各地を転々とする、流離の運び屋。
行った街、行った街で客を見つけては運び、そうして各地を転々としてきた。
しかしここ一週間程は仕事にありつけずにいた。
何時もならば二、三日もあれば次の客を捕まえて、目的地まで運ぶ仕事が出来ていたのだが、今回に限ってはそれが出来なかった。
なぜならば、タイミング悪く街道沿いに魔物が現れるようになってしまったのだ。
こうなったら、優秀な護衛でもついていない限り、移動しようなんて言う客は現れない。
手持ちの資金も残りわずか……そんな時に声をかけてきたのがあの男だった。
声をかけられて振り向くと、その威圧感に思わず喉が鳴ってしまう。
無毛の頭に黒い肌、頬に大きな傷のあるいかにも悪って感じのぼろい毛皮の外套を纏った男。
「外に停めてある荷車と馬はお前のか?」
「俺のだが……。仕事の依頼か?」
「そうだ。大森林の北西の山岳地帯に採取をしに行く依頼を受けた。荷物の運び屋を探している」
「お前さん、今、ムエスマ大森林がどういう状況か、分かっていってるのか? どこもかしこも魔物だらけじゃねえか。街道沿いですらそんな状態なのに、森の中に直接でも入ってみろ。あっと言う間に魔物の腹の中だぜ」
「安心しろ、この辺の魔物には後れを取ることはない。前金で金貨二枚、成功報酬で金貨4枚払おう。どうだ? 軽い荷物を運ぶだけの仕事だぞ?」
◇
「くそ!こんな仕事受けるんじゃなかったぜ! 俺に犯罪の片棒を担がせやがったな!」
飛竜の子供と卵を採取するなんてきいてねえぞ!
こんなことになるんだったら、まだ酒場で飲んだくれていたほうがましだったぜ!
「黙ってギベニュ―まで向かえ。お前は飛竜に食われたいのか?」
頬に傷のある男が静かに怒鳴る。
「ギベニュ―まで行ったらどんでもないことになるぞ! 街の人間を殺すつもりか!?」
「さぁな俺にはそんなことはどうでもいい。ギベニュ―まで飛竜を連れていけ、それがあの方の意志だ。聞けぬというならお前はここで死ぬことになるぞ? それにあの村に飛竜を半分擦り付けた時点でお前も同罪だろう?」
「……」
「お前が通れって言ったんだろうが!」と言い返してやりたいが、言い返せない。
確かに逃げるためとは言え、あの村に擦り付けたのは確かだ。俺も同罪だな。
今はなんとか巨木に隠れるようにして荷車を走らせているお陰で、何とか追跡の手を逃れられているがそれも時間の問題だ。
もう間もなく、街道に出てしまう。
そうなったらもう、ギベニュ―までは目と鼻の先だ。
このままだと飛竜を街にけしかける事になってしまう。
間違いなく、ギベニュ―は火の海になるだろう。
ギベニュ―が見え始める。
ボラルスとは違い、城壁などは存在せず、いくつもの木造建築が隙間を縫うように建てたられた町。
ムエスマ大森林を徐々に、徐々に切り開いて出来たこの街は、どこか雑然としているが、親しみやすい印象の街だ。
だがそれも今日で終わってしまう。
俺の隣にいるこの頬に傷のある男は、口元を歪めながら笑っていた。
「さぁ始まるぞ。すべては我が君の為に――」
ムエスマ大森林にある宿場町、ギベニュ―の長い長い一日が始まる。