32話 静電気と密猟者
「ほら、あそこだ」
シフロム族の村を出て二時間。
ムエスマ大森林の切れ目、村から北西に進んだところにある山岳地帯までやって来ていた。
同行者はバルガス一人だ。
ライラが「一緒に行く」と言い張ったが置いてきた。
大人数で行っても、守りきれない。何より足手まといだ。
その点バルガス一人だけだったら、花ちゃんに護って貰えばいい。
難しく考える必要はない。
「巣穴は全部でニ……いや、三ですか?」
巣穴は断崖絶壁の中腹にある横穴の中に作られているようだ。
これならば、地上を歩く魔物に、卵などを奪われないで済むだろう。
崖下には飛竜の食べ残しだろうか、様々な動物の骨が落ちている。
「巣は全部で三だが……何かおかしい、やけに静かだ」
何か違和感を感じるのだろうか、バルガスは木の陰から崖にある巣の状況を確認し、「四日前には幼竜の声がもっとしたんだが」と訝し気に崖を見上げている。
確認の為に《探知》の範囲を洞窟の奥まで向けるが、魔物の反応はない。
「飛竜らしき反応はないみたいですが、どうします?」
「ちょっとまってくれ、俺が直接確認してくる」
バルガスがそう一言、俺に告げると、するすると崖を登り始めた。
狩猟を生業にしているだけあって、かなりの身体能力のようだ。
あっという間に飛竜の巣の傍まで登り切ってしまった。
巣穴は《探知》で魔物がいないことは確認済みだ。
このまま行かせても問題ないだろう。
しばらくして、巣穴の中に入ったバルガスが、怒りを露わにした表情で戻ってきた。
俺の前まで来ると「これを見ろ」と言い、足元に鋭利な鉄の塊を放り投げてきた。
「うわっと! 危ないじゃないですか!」
「いいからよく見てみろ……」
ん?なんだこれ。
「剣……ですか?」
足元に投げつけられたのは、白く変色した金属の短剣だった。
短剣……というよりも、大きい針のようなものだ。
「恐らくだが、密猟者だ」
「密猟者!? なんでわかるんですか? もしかしたら冒険者の可能性だってありますよね?」
某狩猟ゲームではよく卵狩りされてたよな。貴族の晩餐で「珍しい料理を振舞うのじゃ!」とかいう系の依頼のやつ。この世界にもそういうのあるんじゃないの?
「いや、冒険者の可能性はないとは言えんが、その可能性は限りなく低い。討伐依頼なら出ることがあるが冒険者ギルドが捕獲依頼を出す事はない。竜種の卵、もしくは幼生の捕獲は原則禁止されているからな。それにこの武器をよく見てみろ。形状と色だ。針みたいで先が白いだろ。その白いのは睡眠作用のある毒草の汁だ。恐らくだが、親竜がいない間に忍び込み、その投げ針で眠らせてから幼竜や卵を掻っ攫っていったんだろう」
バルガスは「だから冒険者じゃない」と鼻で笑いながら言った。
「飛竜は執着心が強く、臭いに敏感だ。もしかしたら密猟者はわざとシフロムの村の近くを通り抜けたのかもしれん。そうすれば自ずと我が子の匂いを追って飛竜が村を通るからな。奴らは俺達を囮にするためにそうした可能性が高い。こういった災害になる場合があるから捕獲は禁止されてるんだ」
「じゃあ昨日村を襲ってきた飛竜は、俺らが卵や幼竜を攫ったと思い込んで襲ってきたってことですか……」
やり口としては、オンラインゲームとかでよく聞く嫌がらせの一種、MPKみたいなもんか。
質が悪い奴だな。
「そう考えるのが自然だな。とにかく一旦村に戻るか……」
大森林の最初の異変は、飛竜が北西の山岳地帯に住み着いたことで、その周囲を生息場所としていた森林大猿などの魔物が、捕食者から逃げるように東側に移動してきたことが原因だった。
魔物災害と一緒で、これは言わば、自然災害と言えるだろう。
しかし、シフロム村が襲われたこの一件は、密猟者のせいで起きた災害だ。
犯人を捕まえて、幼竜や卵を回収しなければ、この密猟者が通った道はシフロム村と同様に火の海になってしまう。
それだけは何とか防がなくては。
行先の手がかりがないか、周囲を調べていると、等間隔に並んだ線と馬の足跡が森の中へと続いていた。
「バルガスさん、これって……」
「あぁ多分そうだな……荷車の跡だ」
予想通り、滑車の後はシフロム村へと続いていたのであった。