31話 静電気と新装備(予約)
脳が揺れる。
意識が混濁する。
自身の血液で、鼻腔内は塞がれ、喉の奥が満たされる。
朦朧とする意識の中で、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
あれ?
俺は何してたんだっけ?
思い出せない。
『――パ!』
『――丈夫? パパ!』
俺の体を何かが包み込んでいる。
柔らかい。なんだろうこの感触。
この右腕に絡みつく感触。
それにつるつるしてる。
素晴らしいさわり心地だ。
『パパ! 起きて!』
「……ん……あぁ……。おはよう花ちゃん。ってなんだこれ!」
無数の蔓に抱きかかえられている。
はなちゃんお姫様抱っこはないぜ……。
花ちゃんに抱きかかえられながら周囲を確認すると、あたりはもう暗くなり始めていた。
鬱蒼と草木が生い茂る地面には湿った空気が漂っており、肌に触る雑草の感触が気持ち悪い。
何だか、鼻がムズムズするし、鼻腔内もガビガビだ。
それに口の中は血の味がする。
花ちゃんに少し遅れて、煌めく銀色の髪を靡かせながらライラが駆け寄ってくる。
「ベック! 大丈夫なの? 上から飛び降りたと思ったら、急に鼻血噴き出して倒れるんだもん。びっくりしちゃったよ」
「鼻血? そういえば俺なんで倒れてたんだ? たしか飛竜を倒して……そういえばみんなは無事か!?」
そうだ。さっきまで飛竜と相対してたんだ。
《極限集中状態》のスキル化に成功して、試しに使ったら急に立っていられなくなったんだった。
このスキルはリスクがあるっぽいな。
頭は重いし、身体も全身筋肉痛だ。
「アンタのおかげで全員無事だよ。ったく無茶して!心配したんだからね!」
両眼に涙をうっすら浮かべながら「本当にありがとう」と言ってライラが抱きついてくる。
俺の顔面は非常に奥ゆかしいライラの胸に包まれる。
おっふ……おっふ。
未だ嘗て、植物の魔物にお姫様抱っこされながら、女性の胸に顔を埋めた冒険者がいただろうか、いやいないだろう――。
って、一人でナレーション入れてる場合じゃないな。
母ちゃん以外で初めての感覚だぜこりゃあ。
初おっぱい。
もう一回鼻血が出てしまうかもしれん。
「お父さん無事か?」
俺の呼吸を止めに来ていた、二つの小山の隙間から、皮革職人であるライラの父親の安否を確認する。
防具を作ってもらうためにここまで来たんだ。
無事でいてもらわなければ困る。
すると野獣のような厳つい顔をした、黒褐色の髪色をした蓬髪の男が、ライラに抱きしめられている俺を見ながら低い声で言った。
「助けてもらった事には感謝するが、お前に『お父さん』呼ばわりされる謂れはないぞ」
その声に怒気は感じられず、口元を若干歪めながら笑うように言うその様は、ライラを揶揄うような言い方だ。
何て言葉を返そうか悩んでいると、「その人は父さんのお客さんよ」とライラが若干顔を朱色に染めながら言う。赤く染めた頬はいったいどういう反応なんだろう。深く考えるのはやめておくか。勘違いが一番恥ずかしいもんな。
「なに? 俺の客だと? 生憎だが、今は仕事をしている場合じゃねえんだ。俺達は北西部の山岳地帯に飛竜の巣を確認している。これを何とかしてからじゃねえといつまで経っても落ち着いて仕事なんて出来やしねえよ」
ライラの父親は、まだ危機は去っていないと言わんばかりに、腰に革紐で括り付けた短剣を弄りながら、物騒な目つきで北西の方角を見やる。
「父さん、それって確かなの? だとしたら他の村も危ないじゃない……」
「確かだ、ミダスも一緒に確認した。昨日のことだ。これからどうするか決めようって時に村にいるはずのお前がここに現れ、ついでに飛竜も現れたってところだな」
ライラの父親が先程から横に立っていた男に「なぁ?」と同意を求める。
ミダスと呼ばれた長身痩躯で灰色の髪を首元で結ったこの男は、シフロム族の族長らしい。
飛竜戦の時にシフロム族の戦士に檄を飛ばしたていた人物だ。
男が俺の顔を見ながら近づいてくる。
「我が村と民を守って頂いたこと深く感謝する。シフロム族の族長をしているミダスと言う。我々もヌウォル族と共に、この異変の調査をしていたのだ。北西から森林大猿がいなくなり、次に我々の生活の糧である森林猪が消えた。このままでは我々は飢えを待つだけだ。我が氏族やヌウォル族だけではとてもじゃないが飛竜を狩ることはできない故、討伐依頼を出そうかと話し合っていたのだ」
「丁度その時、貴方が来てくれた」と力強い目で見つめてくる。
「なるほど……。そういうことだったんですね……」
と、いうことは北西の山岳地帯にある飛竜の巣を何とかしないといけない。
装備を作ってもらうためにはこの問題を解決しなければ……。
飛竜が地上に下りてくれば《雷槍》で戦える。
地上まで引きずりおろすか、あの強靭な竜鱗を貫けるような魔法を作るしかない。
これから先のことを考えると、強力な遠距離魔法は必要になってくる。
「申し訳ないが飛竜からの被害を確認したい。それにいつ魔物が来るかわからん。ひとまず村へ登ろう」
出来るだけ火球は《雷銃》で相殺していたとは言え、すべてを防げたわけではない。
早急に村の状態を確認したほうがいいだろう。
ミダスが樹上に先に上っていたシフロム族の戦士に、木製昇降機を下すように指示をすると、複数の昇降機が下りてくる。
シフロム族の村は、飛竜の火球で所々燃えているものの、俺が戦闘した場所以外は被害は少ないようだ。シフロム族の戦士たちは消火活動や家屋の修理にいそしんでいる。
避難していた女衆たちも合流し、急ピッチで村の復興が進んでいった。
飛竜という厄災を退けたシフロム族の村の雰囲気は明るかった。
消火作業やある程度の修理が終わった後、村の中心にある広場でささやかな宴が催された。
幸い食料庫は無事だったようで、俺の食材提供も相まって、豪華な食事をご馳走になった。
食事も進み、何やら綺麗に着飾った女衆の催し物の踊りが始まった頃、難しい顔をしたライラの父親とミダスが俺の所にやってきた。
「そういえば俺の自己紹介がまだだったな。俺はバルガスだ。バルガス=ヌウォル。ヌウォルの族長だ。ライラから話は聞いた。村を救ってくれてありがとう。重ね重ね、お礼を言わせてもらう」
バルガスは胡坐をかいた状態で、頭を下げてお礼をしてくる。
「頭なんて下げないでください! 俺はライラさんに助けてもらったお礼をしてるだけです。むしろ俺が感謝しなくてはいけないんです」
「その話も聞いた。 だがアンタはライラに助けてもらわなくても平気だっただろ? 一人で飛竜を三匹まとめて相手できる人間が、ここら辺の魔物に後れを取るわけがねえ。B等級、いや、A等級の冒険者なんだろ?」
「いえ、俺はただのD等級の冒険者ですよ。ほんの一ヶ月前に、冒険者になったばかりですから」
胸元から首にぶら下げている認識票を取り出し、指で弾いて見せた。
するとバルガスは、俺の首元にある認識票を指先でつまみ、そこに刻まれている《D》の文字を確認すると「おいおい、まじかよ」と小さく呟いた。
「この際、冒険者等級なんてどうでも良いのだ。貴方の力を借りたい。我々森の民人の力になってはくれないだろうか? 一番近いギベニューの街の冒険者ギルドでも往復で三日はかかる為、依頼を出している間にも犠牲となる村が出てくるかもしれぬ。勿論、依頼として報酬も出させてもらう」
まっすぐに向けられるミダスの視線は真剣そのものだ。
「俺からも頼む! この事態が収拾したら、アンタの装備を最優先で作る!勿論代金なんていらねえ」
矢継ぎ早にバルガスが捲し立てる。
この二人に、ここまで頼まれて、断ったら男じゃない。
「わかりました。装備の事、忘れないでくださいね!?」




