29話 静電気と懺悔
巨大な影が空を支配し、俺の頭上を火球が飛び交う。
口から撃ち出される火球は、全てを焼き尽くす紅蓮の焔。
上空には、体長十メートル程の翼の生えた黒い蜥蜴が三匹。
蜥蜴と言っても四足歩行ではなく前足は翼と一体化している。
その皮膚はぬらっとしていて、まるで蛇のように滑らかだ。
奴らは「この空は俺達のものだ」と、言わんばかりに我が物顔で空を駆けている。
「飛竜だ! シフロム族の同胞たちよ! 弓を持て!」
族長だろうか、一際大きい弓を持った大柄の戦士が声を上げて戦士たちを鼓舞する。
「「「「「「おぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉおぉ!!!!」」」」」」
その勇猛な雄叫びに後押しされるように、シフロム族の戦士たちが、飛竜に向かい一斉に弓を放っていく。
俺は人的被害が出そうな火球を《雷銃》で打ち消しながら、「もしかして」と思い至った事をライラに投げかける。
「ライラ! もしかして大陸一の皮革職人って君のお父さんのことなの?」
「そう言われてるけど! こんな時にいきなり何言ってるのよ!」
「いや! 俺にとっては大事な事なんだよ! 君のお父さんに死なれたら困る!」
外套を作ってもらわないといけないのだ。
「この状況じゃアタシ達も一緒に死ぬわよ!」
「いや、誰も死なないよ! 花ちゃん! ライラやみんなを連れて避難させてくれ! 頼む!」
「ちょっと! あんたはどうするのよ!」
「俺は大丈夫! ライラはお父さんと一緒に花ちゃんと安全な場所へ移動してくれ!」
流石にこの炎の弾幕から大人数は守れない。
ワイバーンから放たれる火球は、シフロム族の村を焼いていく。
このままではいずれ、誰かが犠牲になってしまう。
『花ちゃん、まかせたよ!』
『花ちゃんがんばるー!』
花ちゃんはそう言うと、するりと俺の右肩から離れ、逃げ惑う人々や、飛竜に弓を曳く森の戦士達に無数の蔓を伸ばす。
「うおっ!なんだこの蔓!」
「新手の魔物か!?」
「くそ!飛竜以外にも!」
この状況だ、彼らに説明している暇はない。
蔓の波は一瞬にしてシフロム族を絡め獲り、彼らの叫び声と共に巨木を伝い離れていく。
花ちゃんを追いかけようとする一匹を《雷銃》で牽制して注意を引く。
飛竜の表皮は竜鱗と呼ばれる堅固な鱗で全身を覆われている、と本で読んだ。
弓の扱いに長けているシフロム族の攻撃でさえ、飛竜の堅固な竜鱗を傷つけるには至ってないようで、それは俺の《雷銃》も例外ではなかった。
(ライラに大見得切ったはいいものの、空を飛んでいる相手に《雷銃》が効かない以上攻撃手段がないな……)
普通の放電だと指向性はないから威力に欠ける。
牛頭人王を倒した《神の裁き》も《雷槍》を避雷針に見立てて全電力を撃ち込んだもの。
空を飛ぶ飛竜に《雷槍》が届かない以上攻撃はできない。
撃ち込まれる火球を《雷銃》で迎撃していく。
すると飛竜が急に高度を上げ、距離をとっていくのが分かった。
それはまるで昔テレビで見た、鷹が獲物を捕らえる時の行動に酷似していた。
嫌な予感がする。
そう感じた直後、大気を切り裂く風切音と共に、前方と両脇から凶悪な鉤爪が襲い掛かってきた。
(あ、やっべえ……)
◇
「いや、誰も死なないよ! 花ちゃん! ライラやみんなを連れて避難させてくれ! 頼む!」
「ちょっと!あんたはどうするのよ!」
この青年は何を言い出すのだろうか。
飛竜三匹に、人間が敵うはずがない。
まして、空を飛んでいるのだ。どうやって戦うつもりなのだろう。
シフロム族の作る弓は、扱いにくいが非常に強力な弓だ。その威力は岩をも砕く。
それに加え、彼らが使う矢は、鋼鉄並みの硬さを誇る森林猪の牙に、貫通力を上げる為の螺旋状の掘り込みがされたものだが、その強力な矢でさえ飛竜のその強靭な竜鱗に傷一つつけられないのだ。
分が悪すぎる。あれでは死にに行くようなものだ。
先程から運よく、火球がこちらに当たる前に爆発しているため被害はないが、いつか必ず当たってしまう。
無数の蔓が体に巻き付いてくる。
ベックの連れている魔物の蔓だ。
「うおっ! なんだこの蔓!」
「新手の魔物か!?」
「くそ! 飛竜以外にも!」
周囲いたシフロム族や、父さんも同様に巻き取られてゆく。
一瞬の浮遊感と共に瞬く間に、村から遠ざかっていくことがわかる。
「まずい!こっちに一匹向かってきてる!」
戦士の一人が叫んだ。
その直後、こちらを標的にしていた飛竜の首元に青白い閃光が当たり、爆炎が上がる。
ワイバーンは何かに惹きつけられるように、その青白い閃光の放たれた先を睨みつけ、こちらに興味を無くしたように遠ざかっていく。
ベックが『花ちゃん』と呼ぶ植物の魔物は五十メートル程離れるとシフロム族やアタシたちを解放した。
「避難……させてくれたのか?」
「あの青年はどうなる! まだ戦っているぞ!」
「俺たちが逃げるわけにはいかない!」
ベックの元へ駆けだそうとする戦士たち。
しかし、『花ちゃん』が制止する。
蔓に触れるとまるで頭の中に直接声をかけられるような感覚を味わう。
『パパに任せれば、だいじょうぶだよー』
幼い子供のような声が脳内で木霊する。
その制止を振り切って走り出そうとする戦士たちは全員吊り上げられてしまった。
火球が当たらない飛竜達が、ついに痺れを切らし、その鋭い足の鉤爪でベックに襲いかかった。
三匹同時に強襲されたその場所は木片が飛び散り、衝撃で巻き起こった煙で何も見えなくなった。
アタシ達は彼の戦いを見ていることしかできなかった。
◇
(始めは……運悪く大森林に迷い込んで、運よく私に助けられた、情けない青年だと思ってた)
その日は父さんを探しに行くために、丁度村を出るところだったんだ。
日に日になくなっていく食糧。
村に周りには増え続ける魔物たち。
買出しにも行けず、居ても立ってもいられなくて、外に出た時、彼に出会った。
魔物に追いかけられて、間抜けな顔をして走っている姿は滑稽だった。
アタシ達の森林虎の頭付きの毛皮の外套に驚いて後ずさる青年を見た時、情けない奴、と思った。
だけど、そんな彼の外套の下からひょっこり出てきたのは、魔界草と呼ばれる魔物だったんだ。
《ブラッディローズ》
最近、ボラルスの街で名を挙げている冒険者らしい。
曰く、岩小鬼魔導王を単騎で撃破した。
曰く、岩山の迷宮の未発見の階層を発見し、迷宮内部の牛頭人王を撃破した。
曰く、冒険者ギルドの冒険者を、自身の使役する魔物を使い血祭りにあげた。
そんな話が、アタシ達が鞣した毛皮を買いにくる商人や冒険者たちの間で噂になっていたよ。
アタシは、アイツを利用しようと思っていた。父さんを探すのにちょうどいいって。
どうせ、たまたま強い魔物を従わせることが出来て、そのお陰で名を挙げている嫌なヤツだって。
だから、もし何かあっても気にする必要もないから、楽だって。
でも、実際は違ってた。
アイツは、めちゃくちゃいい奴だったんだよ。
アタシの妹が、本当に、本当に、小さな声で言った「もっと食べたい」という声を聞き洩らさなかった。
おもむろに立ち上がり、食堂をでると、そこにはいつの間にか森林狼や森林虎の山とパンをはじめとする食料が置いてあったんだ。
恥ずかしそうに「カッコつけさせてくれ」って。
これでしばらくは安心だって思った。
それと同時に、アタシは卑怯な奴だなって思った。
だから、アリアをだしにして一緒にお礼を言ったんだ。
そして厚かましくも、またお願いをした。
自己嫌悪に陥りながらも「父さんを一緒に探してほしい」って。
アイツは嫌な顔一つせず「もちろん大丈夫ですよ」って言ったんだ。
それも、疑うことを知らない赤子のような無垢な笑顔で。
西の森に向かう途中も、周囲に気を配ってたのもわかってたよ。
普通、三時間も森を歩いたのに、魔物に遭遇しないなんてことありえない。
きっとアタシが知らないところで魔物を倒してくれていたんだと思う。
だってアイツったら、時々光ってるんだもん。そりゃバレるよ。
アンタのおかげで、村は救われたよ。
アンタのおかげで、父さんに会えたよ。
アンタに心からお礼を言いたいんだ。
お願い。だから、死なないで。
「ベックウゥゥゥゥ!!!」
いつの間にかアタシは叫んでいた。
三匹のワイバーン達がベックに襲い掛かる。
衝撃と轟音と共に、パラパラと舞い散った木材が地面に落ち、土埃が舞う。
木片と埃で視界が悪い中でも、彼がいた場所には、燦爛たる蒼白い雷光が煌めいていた。
蒼白い雷光から一筋の迅雷が空へと落ちる。
それは真中に居た一匹のワ飛竜の頭部を貫いた。
青く輝く一匹の龍が舞踊る。
流れるように両脇の飛竜の首を落としていった。
一瞬だった。
そして蒼白い雷光は空に吸い込まれて消えていくと同時に、周囲に散っていた埃も地面へと落ちた。
ムエスマの大森林に静寂が戻った。
「終わったのか……」
誰かが言った。
『ね? パパって強いんだから!』
誇らしそうに、花ちゃんが言った。