28話 静電気と森の民人 ③
すいません。遅れました。
昼食はまさに戦場だった。
テーブルに置かれた料理が瞬く間に無くなっていく。
朝食の時の陰鬱な雰囲気とは、また別の違う異様さだ。
「ベック、ちょっといいかな?」と、ライラが腕を後ろに回しながら声をかけてくる。
「アンタには本当に感謝している。ありがとう。ほら!アリアもお礼を言いな!」
そう言うとライラの背後から、マジックバッグから食料を出した時、一番最初に駆け寄ってきた女の子が出てくる。その右手はライラの毛皮のマントの端をぎゅっと掴んで離さず、何やら緊張しているようだ。
俺は目線の高さを合わせるため、膝を曲げて屈み、アリアと呼ばれる女の子の頭を軽く二回ポンポンとした。するとアリアは顔を赤くして、小さい声で「ありがとう」と言う声が聞こえた。
どうやらアリアは、ライアの妹のようで、大きくなったら姉に似て美人になりそうな顔つきをしていた。
(あと十年も経ったら、凄く美人さんになりそうだな)
俺は微笑みかけながら「どういたしまして」と言い、立ち上がった。
顔を俯かせながら頬を朱色に染めるその姿がなんとも可愛らしい。
「助けてもらったばかりで申し訳ないのだが、午後は一緒に父さんを探しにいってもらってもいいかな……」
「もちろん大丈夫ですよ。それで何か当てはあるんですか? 向かった先とか、方向とか」
この大森林をなんの当てもなく歩き回るのは非常に危険だし、途轍もない労力だ。
せめて何かしらの目的となりそうなものがあればいいんだけど……。
「父はある程度の目星をつけていたようなんだ。本来、森林大猿はムエスマ大森林の北西の奥地にいるはずの魔物で、こんなに東側に来ることなんてない。まして、東側と西側の間には魔法都市へ向かう為の街道があるから、よほどのことがない限り街道を超えてこちら側に来るなんて考えられない事なんだよ」
「と、言うことは何かしらの事態が、西側で起きてる可能性があるってことか」
「そう考えるのが自然だと思う」と、両腕を組み、頷きながらライラは言った。
その後俺たちはしっかりと準備をしてヌウォル村を後にした。
出発前にアリアちゃんが「おねえちゃんをよろしくお願いします」と涙ながらに送り出してくれたので俄然気合が入る。
ムエスマ大森林を西へ、西へとひたすら進む。
何があっても事前に対処できるように《探知》の範囲を今現状広げられる最大範囲である、半径三百メートルまで広げる。
やはり魔物の反応は多い、できるだけ戦闘で体力を消耗しないよう、魔物を迂回しながら進んでいく。
どうしても、迂回できなさそうな時は花ちゃんにこっそりと蔓を伸ばしてもらい、魔物が気が付く前に《接触|放電》《ディスチャージ》で痺れさせていく。今まで遭遇した大森林の魔物はすべて《接触放電》で何とかなることは確認済みだ。
いくら狩猟民族とはいってもライラの実力がわからない以上、無暗に戦闘することはできない。
それに村での会話で「複数人で森林虎を狩っている」というような話をしていた。
森林虎に苦戦するようだと、正直言って足手まといだ。
できるだけ危険を冒さない様に俺が配慮していくしかない。
アリアちゃんとの約束はしっかりと守るためにも。
西に向かうにつれて、大森林の様相も変わってきた。
其処かしこに生える腰の高さほどの植物を、手に持った鉈で切り落としながら歩く。
東側は正に森林といった感じで、落ち葉が地面に目立つ広葉樹林の様だった。
しかし西側に脚を踏み入れると、そこは様々な植物が自生する正にジャングルのような熱帯雨林が広がっていた。
歩きながら俺が五氏族について質問すると、今向かっている西側の氏族について説明してくれた。
「西側にはムエスマ大森林の五氏族が一つ、シフロム族の村があるんだ。恐らく父さん達はそっちに向かってる思う。シフロム族は鉄のように硬い牙をもつ森林猪の狩猟を生業にしてる一族でね、その牙を加工して武器などを作っている一族だよ。弓の扱いがとても上手くて、樹上に家を建てて生活してるんだ」
草木が地面を覆っているせいで、この地域の地面は常に湿気を持った状態になっている。
ほんの少し足を踏み入れただけで、履いている革長靴はあっという間に湿気を吸収し、その重さを倍増させる。
恐らくシフロム族は、この湿気から逃れるように、生活の拠点を樹上へと移していったのだと思う。
「この弓もシフロム族の村で買ったんだ」と、そう言って背中に背負った弓を大事そうに撫でるライラの横顔は無邪気な子供のように見えた。
ヌウォル村をでて三時間程立っただろうか、ライラが「ほら!見えてきたよ」と前方を指さす。
目の前に見えてきたのは、巨木と巨木の間の隙間を埋めるように立ち並ぶ木造建築物の集合体だった。
家々からは人が乗れる箱のような物がぶら下がっており、その上には幾重にもロープが張り巡らされている。
それはまるで木造の昇降機のようにも見えた。
「あそこがシフロムの村だよ!」
巨木の元へたどり着くと、木製の昇降機が軋むような音を立てながら地上に降りてくる。
そのエレベーターに乗り、樹上へたどり着くと、「ライラ!どうしてここに!」と大声をあげながら駆け寄ってくる、まるで野獣のような目つきをした蓬髪の男がいた。
「父さん!無事でよかった!ずっと心配したんだからね……」
「なぜお前がここにいるんだ。アリアはどうした!?」
「アリアは平気だよ。村のみんなと一緒にいる。それよりも何で一週間も連絡よこさないのさ!」
「すまない……。思ったより異変の調査に時間がかかってしまった。だが森の異変の原因がわかったーー」
突如周囲が闇に包まれる。
辺りが暗くなったことで、ライラの父親が言い終わるよりも前にその原因を知る事となった。
「また来たか……飛竜め……」
頭上には、三匹の飛竜が、口から業火を覗かせながら、その鋭い眼光でこちらを睨んでいた。




