25話 静電気と大森林
燦々と輝く太陽。移り行く景色。
時折すれ違う旅人や商人は、その異様な姿と、目も眩むような速さに驚き、そして畏怖する。
音もなく滑らかに動く、花ちゃんの移動用形態である、三メートル程の巨大な蔓作りの馬の上から「驚かせてごめん!」と謝るものの、瞬く間に小さくなっていく人影を見ると、聞こえていない事は容易に想像できる。
ボラルスの街を出てから数時間、もう間も無く、ムエスマ大森林にさしかかろうとしていた。
『花ちゃん、ここらで休憩しよう。ここから先は大森林に入る。魔物も多いみたいだから、休憩回数が少なくなってしまうと思う。だからしっかりと休んでくれよな』
『花ちゃん疲れてないよー!いっぱいいっぱいグルグルーって!どーん!ってするのー!それでーいっぱい食べるのー!』
花ちゃんは頼もしいなあ。
昨日からこのテンションだ。
余程大森林に行くのが楽しみらしい。
俺はと言うと、昨晩のうちに色々情報収集をした。
生息している魔物は森林狼、森林大猿、森林虎などの哺乳類に近い魔物が多いそうだ。
ムエスマ大森林にはいくつかの部族からなる狩猟民族の村があるそうで、彼らはこの森に潜むこれらの魔物を狩猟して生計を立てている。
特にムエスマ大森林の有力な五氏族の中の一つ、ヌウォル族には、毛皮を扱わせたら大陸一と言われるほどの熟練の職人がいるらしい。
今回の旅の主な目的は魔法都市ソーンナサラムで魔法学校に入って魔法を学ぶ事だが、大陸一と言われるこの熟練の皮革職人をこの森で見つける事を副次的な目標としている。
岩山の迷宮の四階層目で手に入れた、牛頭人王の頭部付き黒毛皮を外套に加工してもらうつもりだ。
せっかく手に入れたドロップ品。
しかも俺の《雷銃》を撃ち込んでもほんの少しの焦げ付きしか起きない優秀な素材だ。
あの魔族の男のような強力な敵が現れた際、きっと必要になってくる。
『さぁ花ちゃん。森林浴と行きますかねー!』
『おー!』
目の前に広がるのは鬱蒼とした森。
ひっそりと静まり返った暗闇の中には、数多の巨木や見たこともない草が生い茂っている。
『ここからは歩いて行くよー』
花ちゃんに声をかけると、彼女は蔓で優しく俺を下ろし蔓作りの馬をゆっくりと解いていく。
「《探知》」
おっと。
早速お出迎えのようですね。
森に入って十分程、早速魔物に遭遇する。
「グオオオォォォオオオォォオオォォン!!!」
目の前にいるのは、俺がいつか動物園で見た事のある虎の、優に三倍は超える途方も無く巨大で、エメラルドの様に綺麗な翠色をした体毛を纏った虎だった。
《雷銃》
虎の頭蓋を撃ち抜く。
良かった。
まだ《雷銃》はコイツには効くようだ。
『花ちゃん、お腹すいた?』
花ちゃん、蕾からヨダレ垂らすのやめて下さい。
僕の肩から煙出てるから。
◇
「ガウウゥゥウ!ガウガウッ」
「グルルウルルゥゥゥ」
「ウホッウッホウホホオオオ」
森林狼の群れに森林虎、巨大なゴリラの森林大猿、まるで動物園のようだ。
まるで魔物達が協力し合うかのように、前後左右から攻撃を仕掛けてくる。
「ったく、きりがねーな! 花ちゃん大丈夫か!?」
さっきの一匹を殺してからと言うもの、夥しい数の森の魔物に襲われ続けている。
唯一の救いは、《雷銃》がコイツらに通用する事だな……。
『まだまだ食べられるよー!』
いやいや!
一体何匹食べるんですかね!?
さっき大きなゴリラ食べたばっかじゃないですか!
どうする? これじゃあジリ貧だ!
「--!」
?
「こっちよ!」
なんだ?
「早くこっちに!」
やっぱ聞こえるぞ!
『花ちゃん!あそこに突っ込むぞ!」
声の元に――。
声がする巨木の根元に飛び込む。
「うわあぁああぁっぁああ!!」
浮遊感。
一拍も置かずに滑落感。
巨木の根元の奥には、翠色に淡く光る苔が点在し、それはまるで星空を滑落する滑り台のような体験。
滑り落ち、目を覚ました先に見えるのは、俺の顔を覗き込む大勢の虎達だった。