258話
討伐軍が決戦の地へ到着し、骨の城を目の前──と言うほど近くはないが──にしてから小一時間が経とうとしていた。
その間この地で聞こえるのは討伐軍一行の話し声と骨の橋の擦れる音、そして時折ガタガタと震えるスカルドラゴンの肉の削げ落ちた巨骨だ。
それが一度揺れ動くたびに冒険者、そして兵士たちは抜剣し戦闘の準備をした。
いつ始まるともわからない戦闘を前に緊張感は最高潮に高まっていた。
隊列を整え、号令が掛かるのを待つ。
目指すは魔王の城。
不気味に、そして静かに構える人類の敵。
相対するは一匹の骨竜。
人族などまるで意に介さない様子のその姿。
他に敵は見えない。
こちらには有名な冒険者や戦闘力に長けた辺境伯達、中には冒険王サイラス=カロボトムや竜殺しと言う二つ名のついたズール卿もいた。
そしてそのライバルとも言えるドリュウズ将軍もだ。
我々の戦力ならこの戦いは勝てるのでは。
そう兵士たちが思い始めた時だった。
「ぞろぞろと小汚い小蝿が湧いているようだな」
低い声が聞こえた。
声がするまで誰もが認識出来なかった。
整列する隊と隊の間に音もなく現れた。
いつの間にかその人間はいたのだ。
いや、そもそも人なのだろうか?
その何かを間近で見た男はその容姿を見て息を呑んだ。
黒い襤褸のローブ。
外套から僅かに見える顔は蒼白い薄皮を骸骨に貼り付けただけの様に見え、落ち窪んだ眼窩には赤い瞳が浮いていた。
腕に生気は感じられず、骨が浮き筋張ったそれは少しぶつけただけで折れてしまいそうだ。
その不気味な立ち姿は人と言うよりは不死者──もしくは死霊やら吸血鬼やらのそれに準ずるような化け物──にしか見えなかった。
ほんの一瞬、何か起きたか理解するのに時間が掛かった。
そしてその一瞬が命取りだった。
「「「......ッ!?」」」
いち早く気がついた冒険者の数名が、抜剣し周囲に警告しようとするが、声を出す暇もなく地面に引き摺り込まれた。
夜空より暗い水溜りが冒険者達を飲み込んだのだ。
「て、敵襲!!!!」
辛うじて巻き込まれなかった兵士が声を上げた。
しかし時既に遅し。
その声に大半の兵士が気がついた時には、低い声の主の周囲にいた冒険者や兵士達はこの場から忽然と姿を消していた。
「足元に気を付けろ! 引きずり込まれるぞ!」
状況をいち早く理解した冒険者が叫ぶ。
──が、それも一手遅かった。
空からスカルドラゴンが飛来したのだ。
グオオオォォオォオ!!!
空気が震えるほどの咆哮を上げながら人や獣の骨を編み込んだ翼で空を飛び、空中でバサッバサっとその翼を羽ばたかせた。
すると翼を形成していた骨が無数の矢となって空から降り注ぐ。
戦場は一瞬にして混乱を極めた。