24話 静電気とさらばボラルス
「え!? 花ちゃん、街を出ちゃうのですか?」
目の前で大きく目を見開いて驚いているのは、冒険者ギルドの受付嬢であるティリア。
背中まで伸びた、流れるような美しいブロンドの髪を右耳にかけた、色白で見目麗しい顔立ちだ。更に黒縁眼鏡をかける事で知的な印象も備わっている。全体的に細身の体系だが、出るところは出ている煽情的な身体つきをしている。
彼女は俺が初めて冒険者ギルドに来たときから担当してくれている受付嬢で、冒険者としてのノウハウや、街の案内など様々なことを俺に教えてくれた。会話をしている間にもコロコロと表情が変わる、感性豊かなはずの彼女の顔は、俺の一言で驚きの表情に固定されてしまった。
「花ちゃんがいなければ、前回の牛頭人王との戦闘で、俺はきっと死んでました。あれから毎日、訓練はしているんですが、俺自身がもっと成長するためにも本格的に魔法を学びたいって思ったんです」
アーウィンの心配も他所に、花ちゃんは街の人間達に受け入れられてきていた。
いや、寧ろ、俺以上に認められているし、可愛がられてもいる。
始めて冒険者ギルドにきた際も、しっかりと他の冒険者達に“挨拶”していたし、ここに出入りする冒険者の殆どは花ちゃんの事を「花さん!お勤めご苦労様です!」とみんな慕ってくれている。
花ちゃん曰く『みんないい人―!』だ、そうだ。
「それで、魔法の訓練ということは、魔法都市ソーンナサラムに行かれるんですね? 確かにあそこなら魔術学校もありますし、近くには『ロテックモイの逆さ塔』もありますので、ご自身を鍛えるには最適の環境かもしれませんね」
ティリアは右肩にいる花ちゃんを名残惜しそうに見やり「花ちゃんがいなくなるのは寂しいですねえ……」と呟き、俺の右肩にいる俺の娘もも『花ちゃんも寂しい……』と、ティリアの頬に蔓を伸ばす。
ぐぬぬ。
何か二人の世界が出来上がっている。
「何じゃベック。お主どこか行くのかの?」
振り向くと後ろには筋肉がいた。
相変わらずの巨体だ。
思わず見上げてしまう。
間違えた、アンブリックがいた。
俺が「魔法都市に、魔法を学びに……」と言うとアンブリックは苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。そのしわくちゃになった顔はしなびれた果実の様だ。
「ソーンナサラムに行くということは、ナサラム魔術学校にも行くのかの?」
「その予定です。俺は魔法の基礎とか全く知らないので、その辺を学びに行きたいと思います」
「お主、魔法を作れるのに、何でそんなこと知らんのか。つくづく訳のわからん男じゃのお……まぁよい……ちょっと待っておれ」
しばらく待っていると何やら丸められた羊皮紙のようなものを持って戻ってきた。
「魔術学校にわしの知り合いがおる。宛名は書いてあるから、魔術学校に行ったら職員にでも渡すんじゃの。さすれば、多少優遇してもらえることじゃろ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ気を付けていってくるんじゃぞ。花ちゃんも達者でな」
俺と花ちゃんは、アンブリックとティリアに別れを告げ、市場にて旅の準備を整えてから《猫の尻尾亭》に戻った。
「おいおい! ベック! 明日、出ていくんだって!?」
《猫の尻尾亭》に入ると、ちょうどリックに出会う。
冒険者ギルドに行く前に、ディーナさんに言っておいたので彼女から聞いたのだろう。その顔は少し寂しそうだ。
「今日までお世話になりました! 明日の朝、ボラルスの街を出ようと思います」
「そうか……なんか寂しくなるな。お得意様だったのによ! また泊まりに来てくれよ。もちろん花ちゃんも一緒にな!」
「猫の尻尾亭は飯も風呂も部屋も最高なんでまた泊りに来ますよ。もちろん花ちゃんも一緒に」
風呂も入ったし、飯も食った。
後はベットの中で明日の予定を決めるだけだ。
ボラルスから魔法都市ソーンナサラムまで行く道のりは、二通りあるようだ。
一つ目はフォレスターレ王国を通っていく道、二つ目はムエスマ大森林を通っていく道。
前者は安全だが、かかる時間が約二週間、後者は危険だが、かかる時間は約一週間。
どっちも一長一短だが個人的にはムエスマ大森林を通りたいところだ。何故ならばこの移動にかかる時間は、あくまで普通の馬車の速度の場合だからだ。恐らくだが、花ちゃんの蔓作り馬ならば三日ほどで着くことができると考えている。
どっちにするかなあ。
花ちゃんに聞いてみるか。
『花ちゃん、どっちの道通りたい?』
『うーん、花ちゃん森に行きたいなー』
『じゃあ森通って魔法都市行こうかー』
と、言うことみたいだ。
そうと決まれば、今日は早く寝て明日に備えることにしよう。
翌日の早朝、北門に翠の蔓作り馬が現れて騒然となった。
そういや北門って使ったことなかったな。
花ちゃんの変形を見たのは初めてか。
『パパ〜? 準備できた〜? 忘れ物ない〜?』
『ないよ! 出発しよう』
『しゅっぱーつ!』
驚く人々の脇を抜け、俺たちは走り出す。
まだ見ぬ世界をこの目に焼き付けるために。




