241話 空飛ぶ黒兎
「いやぁ、サンドワームって美味いんだな。コリっとした食感が堪らなかったぜ」
昨晩の宴を思い出すだけで今にもヨダレが垂れてきそうだ。
焼肉でお馴染みのミノのような歯応えのある食感、ドロドロになるまで濾された濃厚な白いキモには、嗅ぎ慣れない香りの数種類スパイスが混ぜ込んであり、それがサンドワームの細切りされた内壁肉に絡まって酒の進む良いおつまみになっていた。
辛味と酸味が同時に味わえるのはタイ料理みたいだと思った。
こっそりライアから盗んだ──火属性と風属性の属性合わせをする事で発動できる──簡単な氷魔法でぬるいエールを樽型のジョッキの取手部分から冷やすと、辛みで熱くなった唇を落ち着かせるように表面がシャーベット状になりかけたエールをグビッといく。
キーンと冷えたエールは砂漠の熱に当てられ疲れた体に心地よく、思わずいつもより飲みすぎてしまった。
この世界に来てライアと行動をするようになってからというもの、自分の食の好みに変化が現れ始めた。
遠征時は専ら外食である。
彼女と行動すると必ず生温いエールとおつまみがいつの間にかテーブルに並んでいる。
以前であれば、炭水化物と塩っ辛いおかずが中心の食生活で、おかずを一口米二口くらいでささっと掻き込んでいたものだ。
食前も食中も、もちろん食後だって付き合いがある時にしか酒は飲まなかったのだが、ここ最近は炭水化物よりも酒の方が多いくらいだ。
この世界の食文化も影響しているだろうと思う。
米の流通は少なく基本はパン食だし、主食と言えるパンも一般家庭やその辺の店で売っているものはパサパサで美味しくないのがほとんど。
転移魔法で家に帰れば米も醤油も自家製マヨネーズもあるのだが、こう言った遠征の時にふらっと居なくなるのはあまり宜しくない。
なので仕方なく町の食堂や宿屋で食事を取るようになってからは、そう言った酒!肉!のような食事の仕方が中心になっていた。
そこに女!といかないのは言わずもがな。
それなりに大きい街ならば、少し暗い通路に入ればそういう店はいくらでもある。
猫耳、犬耳、兎耳。
巨乳、貧乳、右手に収まるNICEパイ。
モフ子もいれば、カチカチの鱗娘も。
それにもちろん、獣人ではなく人間もいるし、高級な所に行けば見目麗しい金髪エルフだっているのだ。
金銭的に余裕のある俺は言わばよりどりみどりと言えよう。
それに冒険者ギルド内でも「今日もあの子を指名しよう」「またかよ。お前も飽きねーな」など下世話な話をしている冒険者は少なくない。
ノーチェだって、ニエヴェに内緒でふらっと居なくなる時は大体そういうことだ。
決まって家にある香り付きの俺が作った石鹸で身なりを整えてからいくので非常にわかりやすい。
有名な冒険者は金払いも良いので店側からしても上客扱いしてくれるらしく、一度誘われたがそれはお断りした。
魔物の跋扈するこの世界では産めや増やせや。
貴族然り、農民然り、何人もの兄弟がいるというのは珍しくない。
そういった背景から比較的性に寛容なこの世界。
童貞を捨てるのは難しくないのかもしれない。
だが一歩踏み出すことが出来ないのは、俺が自分に自信のないただの臆病者だからである。
『あら、可愛い坊や♂ね。もう少し元気にならないのかしら』
そんな事言われたらどうしよう。
きっと立ち直れないと思う。
息子も立ち直れないと思う。
だから俺は本当に俺を好いてくれる人とそういう関係になりたい。
こう、なんというか、全てを包み込んでくれるような、こんな俺を許容してくれるような包容力のある女性と。
……。
襲いくる大砂蚯蚓や巨大な蠍を撃退し、無事に経由地であるティラガードに着いた。
到着が数時間遅れ、日の沈みかけた頃砂漠の国に着いた直後の宴会だ。
残念な事に、翌日はゆっくり観光……、なんて事にはならず、遅れた時間を取り戻す為ライメムトーへ向かう冒険者や騎士たちは既にティラガードを出立していた。
「そうか……? 俺っちはちょっと土臭くて苦手だったな。それに辛かったし……」
ノーチェは苦虫を噛み潰したような顔をして俺を否定した。
「兎人族なのに土が苦手なのか? 言われてみれば肉ばっかり食ってるよな。ノーチェは」
「おいおい、獣人を見た目で判断するんじゃねーよ。野菜嫌いの兎人族だっているんだからよ」
「ダメよ。兄さん。野菜はしっかり食べないと栄養が偏りがちになってしまうもの」
砂上の風にその長く白い耳を靡かせながらニエヴェが言う。
その言い草は野菜嫌いの子供に母親が言い聞かせるようなものだった。
実際にノーチェはニエヴェに対し、「お前はオカンか」とツッコミを入れている。
「それに昨日の夜、兄さん帰り遅かったけど、どこ行ってたのよ」
「えっ、え? き、昨日の晩? あ、そうそう昨日の晩ね!」
(そういえばいなかったな)
「き、昨日は、あーそうそう、サンディさんと二次会に行ったんだよ! ね、サンディさん!?」
「ん゛!? あ、あ〜、そうだな! 旨い店があるから紹介してたんだよ!」
砂船乗りのサンディはしどろもどろになりながらもそう答えた。
今朝のノーチェの鼻先のテカリ具合からして、昨晩はお楽しみだったんだろう。
サンディさんも人が良いから、上手い事あわせてくれたようだ。
「ふ〜ん。そんなに美味しい店なら、私も誘ってくれれば良いのに」
「いやいや、俺っちだって、たまには男だけでゆっくりと飲みたい事だってあるんだよ。お前もそろそろ兄離れしたらどうですかね!」
「はぁ!? 何いってるのよ。私は兄さんの保護者なのよ。ほ、ご、しゃ!」
二人のやり取りを見ていると、完全に理解した顔のライアが横から口を挟んだ。
「男、だけでねぇ……? ところで、ベックは一緒にいかなかったのかい? い、ち、お、う……お前も男だろう?」
(おいおい、とばっちりじゃねーか……)
目を細め女性陣二人の後ろにいるノーチェを見ると、すまんとばかりに手を合わせている。
ノーチェのテカテカした艶のあるその毛並みは、昨晩の充実した夜の狩りを象徴しているようでなんだか腹が立ってきた。
ここは一丁仕返しをしてやるか。
「いや、俺は夜抜け出してそう言ういやらしい店には行かないな……」
「いやらしいぃ〜!?」
それからの事は想像に容易い。
ニエヴェが船上で怒り狂い、サンディさんはやれやれと首を振る。
蹴兎の二つ名を奪うようなニエヴェの蹴りがノーチェを捕らえると、その黒く艶のある身体が砂上を舞った。
爆弾を投下したライアはどこか満足そうな表情で船内に消えて行った。
遅れて申し訳ありません。
次回更新も二週間後、2020/03/29となります。




