240話 休息
「まじかよ。あいつ砂の上走ってんぞ……」
「兄さんったらいつの間にあんな事できる様になったのかしら……」
その光景を見たニエヴェは驚き、ベックは思わず声を洩らす。
そして感心した。
(よくもまぁ、あんなに重そうなもんを脚につけたまま、この砂地の上を走れるもんだなぁ)
あっという間の出来事だった。
ノーチェは船から飛び出すと、瞬く間に前方へと駆け抜けていった。
彼の主武器である脚刃は脚甲に、三日月状の刃を付けた特注品だ。
脚甲は金属の塊の様な無骨なものだが、それだけに硬度や重量は凄まじい。
刃の部分は王都の有名な鍛治師に頼んだもののようで、大層な金額が掛かったと言っていたのを思い出した。
脚甲を受け取った当日。
自慢する様に家のテーブルの上に置かれた脚甲はカッコ良く、非常に中二心を刺激された。
思わず俺も何か武器を作ってもらおうかと考えたくらいだ。
その時持たせてもらった脚甲は、レベルが上がりステータスによる筋力補正が掛かっているにも関わらず、かなりずっしりと腕にきた。
そんな重い武具を身に付けたまま砂上走り、大砂蚯蚓を蹴り殺していくのだ。
嵐の様な大砂海
周囲の冒険者たちが気が付かないわけがなかった。
「おい、兎が砂上を跳ねてるぞ!?」
「兎ぃ? 新手の魔物か何かか?」
「ちげぇよ、よく見てみろ。ありゃ兎人族だ!」
「本当だ。ん? ……ありゃあ蹴兎だな」
「蹴兎? A等級の?」
「あぁ、間違いねぇ。ギルドで見た事ある」
「蹴兎ってあんな事できるやつだったか?」
「さぁな、蹴りが凄いくらいしか聞いた事がねぇが……」
「俺たちも負けてらんねーぞ!」
「今夜の晩酌は大砂蚯蚓の肝和えで決まりだな!」
「そいつは旨そうだ!」
「「がっはっは!」」
ノーチェに触発されたのか、大砂原を進む砂船から野太い声が上がる。
兎を見た冒険者たちは後に続けと大砂蚯蚓を狩り始めた。
(大砂蚯蚓の肝和え……。どんな味なんだろう。俺も食ってみたいぞ)
そんなことを考えていると、前方で舵を取るサンディが声を荒げた。
「おいおい! あんたらのお仲間がいっちまったぞ!? この船の防衛は大丈夫なんだろうなぁ!? 俺は今手を離せないからな!?」
するとサンディの言っていることを理解しているかの様に、複数の大砂蚯蚓が船へと迫る。
「お客さんが来たぞ、みんな! ノーチェに遅れを取るなよ!」
「もちろんです! お兄ちゃんには負けてられないもの!」
「大砂蚯蚓はなかなかの珍味らしいぞ、ベックよ。一匹も逃してたまるか!」
「操舵は任せてくれ!」
船は進む、大砂蚯蚓と共に。
§
「おっ待たせしましたぁ! サンドワームの肝和えとエールですぅ〜!」
猫耳給仕の元気な声を皮切りに、様々な料理が運ばれてくる。
木製のテーブルに勢いよく置かれたエールを、次次に置かれていく料理と同じ様な勢いで手に取っていく冒険者たち。
ここは砂漠の国ティラガードでも有数の、郊外にあるレストラン。
大砂蚯蚓を退け、砂漠を超えた冒険者たちが、この《砂漠の蠍亭》に一堂に集っていた。
郊外にあるこの店は今の状況にぴったりの店だった。
なにせ千人を優に超える冒険者の集団だ。
そんな大人数を、王都の近くにある小洒落たレストランの店内で捌けるはずもないのは解りきっていたドリュウズ将軍の提案で、この郊外にあるレストランの店外にビアガーデンのような広場が特設されたという訳だ。
何やら娘婿の経営するレストランとの事だが、そんな些細なことを気にする冒険者も、騒ぎ立てる役人もいない。
旨い酒と飯。
冒険者にはそれがあれば十分だし、あの強面でこの国の王とも親しい将軍に文句を言う奴はいないのだ。
全員にエールが行き渡ったところを確認したドリュウズ将軍が徐に立ち上がり、手に持った筒のような魔道具に声を浴びせると拡声された音声が広場に響き渡った。
「一時はどうなることかと思ったが無事に国まで辿り着けたな。だが残念な事に、滞在は1日だけだ。早朝には発たないといけない。この先には厳しい旅が待っているだろう。だから今日だけは飲んで食って騒げ! 我が王のご厚意により、金はこのティラガードの国庫から出されるからな! 皆存分に楽しむんだ! それでは、乾杯!」
「「「「「「「カンパ〜イ!!」」」」」」
樽ジョッキを打ち鳴らす音が響く。
キンキンに冷えたエールを煽り、思い思いの料理に手をつけていく冒険者たち。
盛り上がる会話に松明の灯りは揺れ、行き交う給仕の動きでその炎はきらきらと輝いている。
束の間の休息。
戦地へと赴く騎士や冒険者たちは会話に花を咲かせる。
やれ俺が仕留めた大砂蚯蚓のほうが大きかった。
いや、途中で現れた砂蜥蜴の方が強力な魔物だ。
俺の剣で絶命したんだぞ?
何言ってんだ。俺の斧に決まってる!
やんや、やんや。
喧々轟々。
男たちの怒声に面白可笑しく耳を傾けながら夜は更けていく。
ベックたちはエール片手に、大砂蚯蚓の肝和えに舌鼓を打つのであった。
コロナウィルス許すまじ。
忙しすぎてハゲそうです。
二週間お時間いただいてすいません。
この忙しさがちっともいい方向に向かない為、次回の更新も二週間いただきたいと思います。
次回更新は2020/03/13の予定です。
早く終息してくれると良いのですが……。