239話
「おい、今の見たか!? あの爺さんたちすっげーな!」
その光景を目の当たりにした黒兎は、大層興奮した様子でぴょんと飛び跳ねた。
それはまさに一瞬の出来事だった。
空を舞う大砂蚯蚓、そして砂下を潜航する大砂蚯蚓が、二人の老人の手によって屠られる。
吊り上げられた魚のように砂上をのたうちまわる大砂蚯蚓は次第に動かなくなり、砂中の大砂蚯蚓はほんのわずかな時間で己の血飛沫によって砂漠を紫色に染め上げた。
しかしその死体も、砂に流され早々に見えなくなった。
帆は風を受け、砂漠を切り裂きながら船を前へと運ぶ。
航行する船を追うように大砂蚯蚓は並走する。
大きく口を開け、砂を飲み込みながら砂中を泳ぐその様は、仲間の死に怒り狂っているように見えた。
この魔物に仲間意識が有るかは不明だが、怒りからか先程よりも動きが激しくなり、それに伴って大砂蚯蚓の行動パターンに変化が出始める。
闇雲に飛び掛かるのではなく、船の側面への強烈な体当たり。
地の利を生かした攻撃へと変化していったのだ。
「よっしゃあ! 俺っちたちも負けてらんねーぞ!」
船の右側には小さめの大砂蚯蚓が泳いでいる。
その姿を見たニエヴェは、ぐるぐると腕を回す兄に向かって言った。
「そうは言っても兄さんじゃ戦えないでしょ? 蹴る事しかできないんだし」
ニエヴェの言う通りだった。
兎人族であるノーチェの主な攻撃方法は、上半身と比べ大きく発達した脚部から繰り出される強力な蹴り技。
しかしここは足場の悪い砂地である。
充分にその攻撃手段を行使するには非常に心許なかった。
しかも悪い条件はそれだけではない。
目の前に広がる砂漠は、荒れ狂う大海原のように我々に牙を剥いているのだ。
砂地に足を取られれば飲み込まれるのは必至。
結果はわかり切っていた。
その事を踏まえ、続け様にニエヴェは言った。
「何するって言うのよ。魔法も弓も使えないのに」
現実問題、飛び道具さえあれば攻撃に参加することは出来る。
だが兄であるノーチェがそう言った類いの武器を使うのは余り見た事はなかった。
「妹よ。修行を重ねた俺っちを舐めるんじゃねぇぜ?」
しかし兄を想う妹の心配を他所に、ノーチェは揺れる船舶の縁に足を掛ける。
「ちょ、ちょっと!? お兄ちゃん!?」
「よっと」
気軽に、まるで植え込みを飛び越えるかのように船の外へと飛び出した。
引き留めようとニエヴェが手を出すも時既に遅し。
その身体は完全に大砂原の上にあった。
§
「こいつはたまげた」
驚愕の声を上げたのは《冒険王》サイラス=カロボトム。
鉱山都市アイアンフォードを治める領主だ。
彼には二つの顔がある。
西部辺境伯であると同時に、《冒険王》の二つ名を持つ第一線級の冒険者と言う側面もあるのだ。
デドステア山脈にある高難易度迷宮『地獄の門』。
彼が治める領地にあるその迷宮は、未だその全容はわかっていない世界有数の迷宮。
先代の当主が同迷宮の八十階層で命を落としてから僅か二ヶ月後に八十階層を踏破し、更にそこから二年後の今年、前人未到の九十階層を踏破したニュースは記憶に新しい。
今回の遠征にも、その時のパーティーメンバーである『白剣』の面々が参加していた。
サイラスは何匹かの大砂蚯蚓を、船上でパーティー名の由来である白い刀身の大剣でもって屠りながら、その光景を目の当たりにし、唸った。
「おいおい、サン、お前あれ出来るか?」
「あっしが? 無理言わないでくださいよ。同族みたいですけど、流石にあんな事は出来ませんよ。領主様なら出来るのでは?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。この鎧姿で出来ると思ってんのか? あと俺を領主って言うんじゃねー」
何となく腹がたったサイラスはサンを小突いた。
「あいてっ」
頭を小突かれて摩る灰色の毛皮の兎人族とサイラス。
二人の視線の先には、強風に煽られかなりの速度で航行する船に、まるで大砂蚯蚓のように並走する一匹の黒兎がいた。
サイラスは自問する。
サイラスの人生は自問自答の連続だった。
至って単純な考えだが、彼の自身に対する問いと答えは、
自分に出来るか、出来ないか。
親父が死んだ八十階層を踏破出来るか出来ないか。
その時の答えは《出来る》だった。
では今回はどうだ?
──鎧を脱いでもできるか?
いや、俺も身体能力には自信がある。
ただ単純に砂漠の上を走るだけなら、かなり辛いができるだろう。
だが、よしんば出来たとしてもやろうとは思わない。
何故なら砂漠の上をただ走るのと、走りながら戦闘をするのでは大きな違いがあるからだ。
ましてや相手は砂の中。
いつ強襲されるかわからない状況で、そんな冒険を犯せるわけがない。
今回はあの兎人族のようには出来ない。
今回の答えはこれ。
冒険王なんて大層な二つ名を貰ったが、できる事をやってきた結果、たまたまそうなっただけだ。
冒険しない冒険王。
それが俺だ。
遅れて申し訳ございませんでした。
ですが未だ仕事が忙しく執筆時間が取れないため、次回の更新は二週間後の2/28とさせてください。
宜しくお願いします。




